カテゴリーアーカイブ:社会の見方

ノーベル賞受賞の反応、日本とイギリスの違い

2017年12月20日   岡本全勝

12月19日の朝日新聞「イシグロ氏ノーベル賞、沸く日本・静かな英国」から。
カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞。日本では連日報道され盛り上がりましたが、イシグロ氏の地元、イギリスでは様子が違うようです。

・・・英国では意外にも静かな反応だ。授賞式の翌日、主要紙デイリー・テレグラフ、ガーディアン、タイムズのうち、式典や晩餐会スピーチの様子を報じた新聞はなかった。文学賞の授賞が決まった時も1面で報じたのはガーディアンだけ。他紙は中の面で、日本のように読者、親類の反応まで報じる記事は見当たらなかった。
・・・ふつうは「英国人が受賞した」だけではニュースにならないようだ。今年は英国の研究者がノーベル化学賞に決まったが、翌日の新聞は全く伝えないところも。報じられても小さな扱いだった・・・

・・・日英の反応はなぜ違うのか。英国文化に詳しい北九州市立大の高山智樹准教授(文化研究)は「英国人は自国の文化に自信を持っており、海外の評価を気にしないからだ」とみる。本ならば、ノーベル文学賞より、英国最高峰のブッカー賞の方が話題になるそうだ。
日本にゆかりのある人などが賞を受けることに関心が集まるのは自然だ。一方で、日本のメディアや社会がノーベル賞だけでなく、「世界遺産」などでもにぎわうことについて、「科学・技術や理屈を重視する欧米主導の近代的な価値観に固執しているからだ」と経済学者の水野和夫・法政大教授は話す。「既に近代は終わろうとしているのに、欧米に追いつけ追い越せの価値観から抜け出せていない証しではないか」・・・

近過去を知る「平成の100人」

2017年12月19日   岡本全勝

月刊誌『中央公論』2018年1月号の「平成の100人」が勉強になります。政治、経済、社会・事件、文化、科学、スポーツの6分野で、それぞれ2人ずつの有識者が、平成を人物で表現するのです。科学では、鎌田浩毅・京大教授もでておられます。最後に、猪木武徳先生と北岡伸一先生による、総括的な対談が載っています。
「他にも、こんな事件もあった。このような見方もできる」という思いもありますが、短い紙面では、ないものねだりですね。

平成とは何だったかを問う、あるいはこの30年は何だったかを問う、良い試みです。
元号で時代が変わるわけではありません。昭和という時代が、戦前と戦後で全く違うものでした。平成も、バブル、その余韻、バブル崩壊と金融危機、そこからの脱出の試みと、いろんな経過をたどりました。しかし、平成という時代は、バブル崩壊とそこからの立ち直りの試みという時代に重なります。
その際に、特に、日本の政治と経済は何を目指したのか、そしてどれだけ成功したのか。その視点が重要でしょう。
近過去を知ることは難しいです。毎日のニュースはすぐに忘れます。つい最近のことは、本や教科書では整理されていません。このような雑誌記事や新聞の特集が役に立ちます。

ところで、56ページに、次のような、斎藤環・筑波大教授の発言があります。
・・・震災は様々な迷走を生むばかりでしたね。私が驚いたのは、国の原子力保安検査官が全員、現場から逃げ出したこと。しかも誰も処分されていない。信賞必罰が成立していない日本型組織の典型です。こういう組織に原発は任せられないことが露わになったと思うのです・・・

「失われた20年」という命名

2017年12月17日   岡本全勝

12月12日の朝日新聞経済面コラム「波聞風問」、原真人・編集委員の「「失われた20年」だったのか」から。

・・・同じように、「失われた20年」という言葉の罪も小さくない。白状するが、これを初めて世に問うたのは私たち朝日新聞取材班だ。8年前、日本経済の四半世紀の変化を描いた連載をもとに「失われた〈20年〉」(岩波書店)という本にした。その後、この言葉を表題に盛り込んだ経済書の出版が相次いだ。
当時、表題をめぐって取材班と編集者でかなり議論になった。バブル崩壊後の経済低迷の長期化は「失われた10年」と呼ばれていたが、さすがに「20年」という認定はなかった。でも、私は推した。かつての日本経済の栄光、日本企業の強さを懐かしみ、それに比べ今は・・・という意識がどこかにあったのだろう。
二つのキーワードは「失われた」成長を取り戻すためならギャンブル的な政策もやむなしという空気を生んだ。そして低成長や低インフレのもとでも持続可能な財政や社会保障にしていくのだという、本来めざすべき道を見失わせてしまったのだと思う。いまは名付けを悔やんでいる・・・

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若者の恋愛離れ

2017年12月15日   岡本全勝

12月12日の朝日新聞オピニオン欄「若者の恋愛ばなれ?」から。
牛窪恵(世代・トレンド評論家)さんの発言
・・・若者の恋愛観を、実際に当事者に話を聞きながら調べ続けてきました。今の20~30代は、恋愛を必需品ではなくて嗜好品と捉えており、手間やリスクを考えると割に合わないもの、と考える人が多くなっていると感じます。
21世紀に入り、まず変わったのが男性の恋愛観です。景気低迷と将来不安の高まりから、無用な消費を嫌がり、わざわざ恋をしてお金や時間を使いたくない。初めから男女平等の教育を受けており「男が引っ張る」感覚も弱い。
それでも、少し前まで女性には恋愛願望がみられましたが、最近は男女を問わず「恋愛は面倒」という声が多くなりました。おそらく最大の理由は、常にスマホでネットや人とつながっている「超情報化社会」になったことです・・・

トミヤマユキコさん(早稲田大学助教)さんの発言
・・・とくに女子は保守的で、「成功したい」ではなく「失敗したくない」が基本。就職で社会への出方でつまずいてしまう危険があるように、恋愛も失敗するとレールをはずれ、いずれ「社会的死」につながるものと考えています。彼女たちには「恋愛に全てをかけた結果、失敗してもゼロに戻ればいい」という選択肢がないようなのです・・・
・・・こんな女子学生の話を聴きました。憧れの先輩がこっちを振り向いてくれず、でも怖いから告白もできない。とりあえず嫌われていない状態で様子を見つつ、余ったエネルギーを出会い系アプリに振り向けている。そこでゲーム感覚で「いいね」をもらえることに喜びを見いだす。かといってそこから関係が進むわけでもない。
生身の人間相手の重いコミュニケーションは難しいので、アプリを媒介にした軽いコミュニケーションで承認欲求を満たし、二つの関係を行き来しながら自分の気持ちをなだめているのです・・・

現金が使われなくなると

2017年12月14日   岡本全勝

日経新聞12月5日の「グローバル・ウオッチ」に「デンマーク 脱現金 屋台も投げ銭も」が載っていました。
デンマークではお店での現金払いは約2割、日本は逆にカード払いなどキャッシュレス決済が2割です。
・・・コペンハーゲンでは、あらゆる場所で現金が姿を消しつつある。中央駅の有料トイレでは5クローネ(約90円)の入場料もカードで支払う人が多い。街角でギターを奏でるミュージシャンの足元には、スマホ決済の送金先を示す電話番号の案内板。路上の「投げ銭」にまで「脱・現金」が押し寄せる・・・

詳しくは本文をお読みください。
私も、コンビニなどはスイカを使い、本屋や飲食店ではカードで払います。お札は財布に数枚しか入っていませんし、小銭は持ち歩きません。ときどきカードが使えない店があって困ります。赤い羽根募金などの時もです。