カテゴリーアーカイブ:社会の見方

単線、系統樹、網の目3

2018年6月5日   岡本全勝

単線、系統樹、網の目2の続きです。系統樹的な見方の問題点についてです。
問題は、もう一つあります。系統樹は通常、下に行くほど枝分かれしますが、これは現実を表していません。前回述べた「行き止まりの枝」と別の観点です。

あなたも私も、父親と母親から生まれました。ところが系図は、通常は父親の方で遡ります。「岡本家第何代目」です。母親側を遡ることは、めったにないでしょう。
多くの家で、母親の母親のそのまた母親と、3代・4代以上遡るのは難しいのです。
ミトコンドリアは、女性を通して子孫に引き継がれるのですが、多くの社会では男系で家の歴史を作ってきました。

一度、あなたを起点に、母親を含めてご先祖様を遡る「逆系統図」を作ってみてください。いろんな家の血が入っていることがわかります。1世代ごとに、母と父2人が必ずいます。
大きな川を想像してください。河口では一つになりますが、源はたくさんあります。通常は最も長いところが「源流」とされ、そこからが本流になります。でも、ほかの山々からも、たくさんの支流が流れ込みます。

これを社会に例えれば、今を終点とするなら、それらに入り込んだ要素は、とてつもなくたくさんなのです。系統樹をひっくり返したような図になります。

なぜ人類だけが生き残ったか

2018年6月4日   岡本全勝

更科功著『絶滅の人類史  なぜ「私たち」が生き延びたのか』(2018年、NHK出版新書)が読みやすく、わかりやすかったです。
・・・700万年に及ぶ人類史は、ホモ・サピエンス以外のすべての人類にとって絶滅の歴史に他ならない。彼らは決して「優れていなかった」わけではない。むしろ「弱者」たる私たちが・・・

私のホームページの「単線、系統樹、網の目2」で、ヒト属も、ホモ・サピエンス以外は死に絶えたことを書きました。しかも、ホモ・サピエンスが、強かったのではないのです。
ヒト属が、そもそも弱い類人猿で、森から追い出されたようです。もちろん、弱かったので、多くのものは肉食獣に食べられてしまったようです。道具を利用したり、頭を使ったりと進化しますが、それらはかなり後のようです。
弱いものが生き延びるために、さまざまな工夫をして、偶然うまくいった者たちが生き残ります。強くて、良い居場所を確保した猿たちは、そこで生き続けます。しかし、そこには、進化はありません。

私たちの社会でも、強いものは、その状態に安住します。弱いもので向上心のある人たちが、生き延びるため、地位を向上させるために、改革を試みます。そこには、失敗と成功があります。しかし、挑戦しない限り、地位は向上しません。親分の元で、その庇護の元に、隷属しつつ暮らすというのも、一つの生き残り戦術ですが。

ヒト属が生き延びたことは、奇跡に近いようです。そして、それは進化と同時並行で起きます。弱いものが生き延びる。パラドックスが起きたのです。
神様がお導きくださったのでもなく、知恵があったから繁栄したのでもありません。環境と他者との競争と偶然の結果です。

ところで、人類の脳は大きいといわれますが、ネアンデルタール人は、サピエンスより大きな脳を持っていたのです。それを何に使っていたか、よくわかりません。とてつもなく記憶が良かったとか? 無駄な器官を持つことは生存に不利ですから、何か役に立っていたのでしょう。

器官や機能は、使わなくなる、必要がなくなれば、退化します。将来AIが発達して、脳の代わりを務めるようになると、人類の脳は小さくなるのでしょうか。
その前に、乗り物をよく利用して歩かない人たちと、運動選手たちとで、筋肉の付き方が違ってくるでしょう。それが続くと、人類は2分化するように思えます。

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ

2018年6月2日   岡本全勝

フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロって、知っていますか。
ブルクハルト著『イタリア・ルネサンスの文化』 (1974年、中公文庫)を読まれた方なら、カバー表紙に出て来た、あの特徴ある横顔の人です。
15世紀、イタリア・ルネサンス期のウルビーノ公国の君主。傭兵隊長、屈指の文化人でルネサンス文化を栄えさせたことで有名です(ウイキペディア)。

ドイツの歴史学者による、『イタリアの鼻 ルネサンスを拓いた傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ』(邦訳2017年、中央公論新社)を読みました。この本のカバーにも、同じ肖像画が使われています。槍試合で右目を失い、鼻の上が欠けているのも、そのせいです。彼が描かせた絵が常に左の横顔なのは、そのような理由がありました。

面白いです。「闘っては一度も負けず、とびきりの文化人で、領民にも優しい」というのが、彼の評判です。傭兵隊長として高額な「外貨を獲得し」、そのおかげで、領民から厳しく取り立てることがなかったようですが。
この本によれば、実際は、彼は兄弟を暗殺して領主になり、権謀術数を尽くして傭兵隊長として名を上げます。そして、その汚れた手を隠すためにも、有能な君主として見せるためにも、文化人として振る舞い、伝記作家にも「良いことばかり」を書かせます。戦争に負けても、「引き分けだった」とか「彼だからこのような結果で済んだ」と言うようにです。

中世イタリアは、大きく5つに分裂していました。教皇領、ナポリ、ベネチア、ミラノ、フィレンツェの5つです。それぞれが生き残るために、強いものが出てくるとみんなで叩きます。こうして、バランスオブパワーが保たれます。傭兵隊長としても、イタリアが統一されては困るのです。失業することになるのですから。
マキャヴェッリが、君主論を描く背景です。合従連衡、小競り合いは繰り返されますが、決定的な大戦争は回避されます。傭兵隊長に払うお金がなくなると、戦争は終わります。隊長にとって、部下の傭兵たちは重要な財産ですから、むやみに消耗させることはしません。闘うけれども、死者は出してはいけない。「大人」の世界です。
一般民からすると、その道のプロ同士がゲームをやっている、それを見物しているようなものでしょう。戦闘に巻き込まれると、えらい目に遭いますが。近代になって、国民が兵隊に取られるようになり、さらに現代になって、総力戦になって非戦闘員も戦闘に巻き込まれるようになりました。当時の戦争と現代の戦争は別物です。

このような社会(一定の枠の中の競争)が続くと、いろんな結果が生まれます。戦闘による競争とともに文化による競争、権謀術数の知恵とワザ。君主、軍人、文化人、建築家・・・。領民は困るでしょうが。
社会が人をつくり、人が社会をつくります。

単線、系統樹、網の目2

2018年6月2日   岡本全勝

単線的思考の続きです。ものごとの発展・進化の見方を、単線と系統樹と網の目に分けて議論しています(しばらく放ってあって、すみません)。今回は、系統樹的見方の限界について。

系統樹は、複数の路線に別れます。生物の進化の図が、わかりやすいですね。ある時点でも、複数の種が共存します。それぞれに、住む場所や食べ物を争いつつ確保するのです。
ところが、実際には、系統樹は枝分かれするとともに、行き止まりになる枝もあります。今につながるものたちだけが生き残り、ほかは死に絶えます。恐竜、マンモス、エディアカラ生物群などなど。
ヒト属(属名 Homo )も、現在生き残っているホモ・サピエンス以外にも、ネアンデルタール人などいろいろな種類がいたようです。でも、サピエンスだけが生き残ったのです。
ネアンデルタール人とサピエンスが共存していた時代があります。しかしその時点では、その後にネアンデルタール人が死に絶えることは想像できなかったでしょう。体つきは、ネアンデルタール人の方が頑丈だったらしいのです。

この話を、強引に拡大しましょう。
複数のものが同時に存在するとき、その先にどの枝が主になるか。その時点ではわかりません。「みんな仲良く暮らしました」とはならず、「勝ち残ったものだけが生き残りました」となります。そして、どれが勝ち残るかは、その時点ではわかりません。
すると、同時代の歴史、近過去の歴史を書くことは難しいのです。私たちが読む歴史は、済んでしまってから遡る歴史です。結果がわかってから書かれたものです。

私たちの持ち物のほとんどは、月に1回も使わない

2018年5月29日   岡本全勝

5月25日の日経新聞オピニオン欄、村山恵一さんの「シェア経済、小国が抱く大志」から。

・・・20世紀に社会にたまった非効率や固定観念を取り払う突破口にシェアはなり得る。久しぶりに訪ねた国でそう感じた。オランダだ。運河が目を引く首都アムステルダムを中心にシェアの試みが進む。
マイホイールズは25年の歴史を持つカーシェア会社だ。創業者はヘンリー・メンティンク氏、65歳。1980年代末、生産に膨大なエネルギーを使うという米国車の記事を読んだのが転機となった
放置せず、自分にできることから始めようと、車1台を隣人と3人でシェアした。輪は拡大し、いま5万人が3千台を使う。大半がシェアを申し出た個人の愛車だ。
大量生産・消費の象徴である自動車に挑んだシェア界のレジェンドに続けと若い起業家も動く。
ピアバイは工具やパーティー用品などを近所で貸し借りするサービスを担う。最高経営責任者のダーン・ベッドポール氏は火事で家を失い、友人らの助けでしのいだ経験を持つ。「私たちの所有物は月1回以下しか使わないものが80%」と所有という常識を疑う・・・

・・・オランダと「分かち合い」の風土は切り離せない。経済が沈み失業率が高まっていた82年、政労使の「ワッセナー合意」でワークシェアに踏み切り危機を乗り越えた。水害に直面しながら協議・協力して干拓地(ポルダー)をつくってきた国民の伝統が背景にある・・・