カテゴリーアーカイブ:社会の見方

国内の学会と海外学会

2021年12月8日   岡本全勝

11月30日の日経新聞教育欄、恩蔵直人・早稲田大学常任理事の「人文社会科学の学会、世界での競争不可避に」から。

・・・国際的に活躍する研究者の中には積極的に海外学会で活動する人もいたが、言語や地理的な壁や研究テーマによって、国内学会と海外学会はすみ分けがされていた。
ところが近年、海外学会とのすみ分けが崩れ始め、海外での報告が優先されるようになっている。
グラフは、ある国内学会における研究報告件数である。報告件数は開催都市などによっても左右されるので単純に比較はできないが、10年前と比べて減少傾向にあることは確かだ。こうした傾向は、他の国内学会でも確認できる。研究者たちの間で、報告をするなら海外学会でしたいという流れがあるようだ。理由はいくつかある。
まず有益なコメントを得やすいこと。海外学会は世界から研究者が参加する。当該分野の第一人者が参加することも多く、有益で価値あるコメントは自らの研究のブラッシュアップに役立つ。
また、一部の研究分野では、学会報告が評価対象としてカウントされるという背景もある。この場合、同じテーマによる複数回の報告は制限されており、国内学会よりも海外学会の方が高い評価を得やすい。
さらに海外学会では、査読と呼ばれる事前審査があり、一定水準に到達していない報告は受け付けてもらえない。こうした制度が整っていることも、海外学会の支持に結びついている。競争は厳しくても評価が明確な場を求めるというのは、スポーツの分野において、一部のプレーヤーが海外での活動を選ぶのに似ている・・・

・・・海外学会での報告にしても海外論文誌への投稿にしても好ましい傾向であり、我が国の研究水準の向上には不可欠である。研究活動がいちはやく国際化した医学分野、理工学分野、経済学分野などでは、ここで述べたような問題は過去のものかもしれない。しかし、依然として国内での研究トピックが存在している多くの人文社会科学分野の学会は大きな転機を迎えているといえよう・・・

横山晋一郎・編集委員の付記
・・・日本の大学の世界ランキングが振るわない一因は、人文社会科学系の評価が低いことだといわれる。論文の多くが日本語で書かれ、研究対象も日本特有の事象が少なくないからだ。
大学の国際競争が激しくなると、いつまでも〝内弁慶〟でいることは許されない。海外学会志向の強まりは当然といえる。
問題は、それが国内学会の衰退を招きかねないことだ。全ての大学が国際舞台で活動するわけではないように、全ての研究者が海外学会に所属する必要もない。学会は若手研究者養成の貴重な場でもある。恩蔵氏の問題提起の意味は重い・・・

機能していない社外取締役

2021年12月7日   岡本全勝

声を上げない社風」の続きです。11月30日の朝日新聞「形ばかりのガバナンス改革 社外取締役、機能せず「お飾り」 相次ぐ企業不祥事

・・・みずほFGも三菱電機も東芝も、社外取締役が多数を占め、先進的なガバナンス体制といわれる「指名委員会等設置会社」だ。改正会社法により導入され約20年になるが、東証に上場する約3800社中、移行したのは約80社にとどまる。人事も報酬も監督も社外取締役を中心に進めるガバナンスの「優等生」に不祥事が目立つのはなぜだろうか。
みずほの社外取締役には元最高裁判事や元大手監査法人トップ、元富士通社長などそうそうたる顔ぶれがそろう。三菱電機や東芝も同様だ。繰り返す不祥事をみれば、金看板はただの「お飾り」になっていたといわれても仕方がない。
社長や業務執行を兼ねる取締役を監督するのが社外取締役たちの役目だが、社内にネットワークがあるわけではない。生え抜きの社長や会長らに情報が集まり、社外取締役との間に「情報格差」が生まれるともいわれる。むしろ、金看板は、社長たちの考えの追認機関となり、監督機能をきちんと果たしていないのではないか。

社外取締役の起用を求める2015年のコーポレートガバナンス・コードの導入で、独立社外取締役が全取締役の3分の1以上を占める東証1部上場企業は7割を超えた。ただ単なる数合わせでは意味がない。不祥事があった場合には社外取締役にも報酬返上を促すなど、企業統治の要として責任を厳しく問うべきだ。

内輪の論理が強くなり過ぎると、社会が企業に期待するものと衝突しかねない。その利害関係を調整するのもガバナンスの大切な役割だ。カーボンニュートラルなどの環境対策をはじめ、賃上げや投資の好循環、労働者の人権問題など、企業には持続的な成長だけではなく、より多くの社会への還元が求められるようになった。形ばかりのガバナンスを続けているようならば、やがて社会への「裏切り」を招くことにもなりかねない・・・

声を上げない社風

2021年12月6日   岡本全勝

11月30日の朝日新聞経済面、堀篭俊材・編集委員の「形ばかりのガバナンス改革 社外取締役、機能せず「お飾り」 相次ぐ企業不祥事」から。
・・・みずほフィナンシャルグループ(FG)が繰り返したシステム障害をめぐり、金融庁は26日、経営責任を明確にするように業務改善命令を出した。みずほFG以外にも、三菱電機、東芝と最近不祥事が発覚した大手企業は、いずれも見た目は先進的なガバナンス(企業統治)体制だが、その中身が伴っていなかったことを露呈した。形だけのガバナンス改革はもう限界なのではないか・・・

・・・今回のシステム障害は事後処理のまずさを考えると「人災」といえる。その原因について、6月に出た第三者委員会の報告書は「危機対応や顧客目線の弱さ」などをあげ、それが改善されない背景に「失点を恐れ自発的な行動をとらない企業風土があった」と指摘している。みずほは2002年と11年にも大規模なシステム障害を起こしているが、顧客よりも身内の論理や自分の立場を優先する体質は改まらなかった。

声をあげようとしない企業風土は、各地の製作所や工場で検査不正が発覚した三菱電機でも同じだ。
「『言ったもん負け』の文化がある」。鉄道向け空調機器などで30年以上も不正が続いた長崎製作所では調査委員会の報告書に従業員が証言した。社内で改善を提案すると、言い出した者が取りまとめ役になるために公の場では沈黙することが当たり前だったという。
東芝の場合は「お上頼み」の体質が明らかになり、取締役会の独立性そのものが問われた。株主総会の運営をめぐり経営陣が株主に圧力をかけた問題で、経済産業省の関与が指摘された。調査委の報告書は「行政に過度に依存せず自戒して行動することが極めて重要だ」としている・・・
この項続く。

業界が阻む中古住宅取引の電子化

2021年12月5日   岡本全勝

11月29日の日経新聞に「中古住宅、データは伏魔殿 不動産IDに既得権の壁」という記事が載っていました。詳しくは記事を読んでもらうとして。「電子化が進まないのは政府が悪い」というのが批判の定番ですが。ここでは業界が既得権を守るために、手続きの電子化と透明化が進んでいないようです。

・・・中古住宅の売買取引を透明化する官民プロジェクトが10年以上も迷走している。不動産業界がオープンな情報システムによって既得権を脅かされると警戒しているからだ。建物や土地を登記簿の番号で管理する「不動産ID」の構想も骨抜きの様相。閉鎖的な「伏魔殿」は改革されず、DX(デジタルトランスフォーメーション)の機会損失はふくらむ・・・

・・・実は不動産IDの構想は、08年の国交省研究会の提言にさかのぼる。このときは個人のプライバシー保護などを理由に不動産業界が賛同しなかった。都市計画や防災といった行政情報と、不動産業界の業者間データベース「レインズ」を連携させる「不動産総合データベース」も初歩的な試験運用をしただけで立ち消えになった。
中古住宅の取引データベースとして国交省が手本にしてきたのが米国の「MLS」だ。全米の約600の民間データベースで構成され、売り出された物件は不動産業者との契約から原則24~48時間以内に掲載されるルールになっている。過去の成約価格やリフォーム履歴、税金関係の公的情報も網羅され、掲載ルール違反には除名など厳しい罰則がある。
一方、日本のレインズはどうか。建設省OBで不動産流通に詳しい中川雅之・日大教授は「データの量や質が不十分だ」と指摘する。売主と一対一の専任契約をした不動産会社は5~7日以内にレインズに物件情報を登録する義務があるが、違反が少なくない。自社で買主も見つけ、売主と買主それぞれから仲介手数料が取れる「両手取引」につなげたいからだ・・・

・・・不動産サービス大手ジョーンズラングラサール(JLL)の20年の調査によると、日本の不動産市場の取引プロセスの透明度は世界38位と先進国では最低レベルに沈む。業界の利害調整にとどまらず、不動産40兆円市場の構造改革を議論すべき時期にきている・・・

日本はやさしくない国

2021年12月4日   岡本全勝

11月27日の朝日新聞夕刊、田中世紀・オランダのフローニンゲン大助教授へのインタビュー「日本は「やさしくない国」ですか」から。
・・・日本は、他人にやさしくない国――。海外で暮らした人たちが、比較してこう語ることがある。でもそれって本当かと思っていたとき、その点を論考した本に出会った。著者でオランダ在住の研究者、田中世紀さんの話に耳を傾けた。(宮地ゆう)

「日本の多くの政治家や国民は、この社会のあり方が当たり前だと思っている。でも、一歩国の外に出れば違う価値観があるという視点で、社会を見るきっかけになれば」
10月に「やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか」を出版した田中さんは、執筆の理由をそう語る。
田中さんは英国や米国で暮らし、オランダの大学で政治学を教えている。日本を離れたとき、「人と人との距離がもっと近い社会があるんだと気付かされた」。町で見知らぬ人同士がよく会話し、気軽に助け合う。
私も海外で暮らした人から「困っていると、知らない人が声をかけて助けてくれた」という話をよく聞いた。米国、ドイツ、カナダ、ブラジル、シンガポール、ベトナム……。比較に挙がった国はさまざまだ。

実は、こうした話を裏付けるようなデータがあると、田中さんはいう。英国の慈善機関が2009年からほぼ毎年行ってきた「人助け」に関するものだ。新型コロナウイルス禍前までは各国で調査をし、これまでに約160万人から回答を得た。
その質問は、「過去1カ月に、(1)見知らぬ人を助けたか(2)慈善活動に寄付をしたか(3)ボランティア活動をしたか」。
21年6月発表の調査結果では、日本は114カ国中、(1)「人助け」が114位(最下位)(2)「寄付」が107位(3)「ボランティア」は91位。これらを総合した結果でも、114位で最下位となっていた。
09~18年の10年間でみても、日本は126カ国中107位で、先進国で最下位。この慈善機関は「日本は歴史的にも、先進国の中で市民社会が非常に脆弱(ぜいじゃく)な国だ」と指摘している。
この調査には社会制度や文化の差なども影響しているだろう。田中さんも、この結果がすべてを物語っているわけではないとしつつ、「残念ながら、日本人は他人に冷たいという傾向は、他の調査でもみられます」。
米・調査会社が07年に実施したものでは、「政府は貧しい人々の面倒を見るべきだ」という項目に「同意する」と答えた人は日本では59%。47カ国中、最下位だった。英国は91%、中国は90%、韓国が87%だった・・・
・・・田中さんが注目するのは、日本は他の国に比べ、慈善団体、宗教団体、政治団体、スポーツや余暇の団体など、社会参加をしている人の割合が低いという調査結果だ。仕事関係以外に、社会と関わりを持つ活動の場がないというのは、いまも珍しいことではない・・・

連載「公共を創る」で議論している点の一つです。ムラ社会ではムラビト同士の助け合いや信頼は高いのに、よそ者には冷たい。組織外の人との付き合い方に慣れていないことが、背景にあります。「この国のかたち」を、どのようにして変えていくか。