カテゴリーアーカイブ:社会の見方

高校野球の入場行進

2023年3月17日   岡本全勝

3月18日から春の高校野球が始まります。17日のテレビニュースで、入場行進の予行演習風景が報道されていました。
でも、この入場行進と予行演習って、誰のために、何のためにやっているのでしょうか。きちんと整列して行進することは、球児たちにさほどの意味があるとは思えません。さらに、そのために前日に予行演習をするとは。軍隊を連想させます。
観客のためでしょうか、大会役員の自己満足でしょうか。

夏の大会では、あの炎天下で野球をすることも、非人道的ですよね。
私も野球は好きですが、これらの行事は、目的をはき違えているように思えます。ほかの競技や、他国ではどのようになっているのでしょうか。

日本市場の魅力、世界197位

2023年3月17日   岡本全勝

3月4日の日経新聞「日本株はよみがえるか⑤」「日本市場の魅力、世界197位」から。

・・・海外企業にとって日本の魅力は北朝鮮以下――。一見、冗談に思える。投資の世界では事実だ。国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、各国の国内総生産(GDP)に対する海外勢による累積の投資額(出資や設備投資、融資などの合算)の割合は、2021年時点で日本は5.2%。北朝鮮(5.9%)を下回り、200カ国・地域中197位だ。

1990年代後半まで他の先進国と比べて外資参入の規制が厳しかった影響はある。とはいえ、21年単年の投資額のGDP比でも日本は0.5%と、主要7か国平均の1.3%を下回る。
日本企業も国内より海外に投資の軸足を置いている。日本政策投資銀行(DBJ)の調べでは、日本企業による22年度計画の国内の設備投資水準は02年度比で8割にとどまるのに対し、海外は2.4倍に増えている。
市場としての日本の魅力が海外に見劣りしているためだ・・・

『古代豪族 大神氏』

2023年3月14日   岡本全勝

鈴木正信著『古代豪族 大神氏 ─ヤマト王権と三輪山祭祀』(2023年、ちくま新書)を読みました。

「大神」と書いて「おおみわ」と読みます。大和盆地の南西、桜井市に三輪山があります。その麓に、三輪山をご神体とする大神神社があります。桜井市は明日香村の隣です。大神神社には、子どもの頃に初詣にも行きました。それはそれは大変な人出でした。
「大神と書いて、なぜおおみわと読むのか」、不思議に思っていました。
三輪山の周辺には、箸墓をはじめたくさんの古墳があり、また初期の大和朝廷の宮殿が置かれました。でも、天皇家の崇拝する神社は大神神社でなく、はるか東にある伊勢神宮です。

大神氏という、三輪山をまつる豪族がいたのですね。物部、大伴、葛城、蘇我などの豪族の名はよく出てきますが、大神は知りませんでした。というか、出てきたのでしょうが忘れていました。
限られた古文書、それも後世に人の手が加わっています。それと出土した遺物から、歴史を組み立てる。一種の推理小説です。しかも小説と違い、「これですっきりした」とはなりません。

日本の中間層

2023年3月10日   岡本全勝

日本の経済発展によって生み出され、そして経済発展を支え、社会の安定をもたらした中間層。かつては「一億層中流」という言葉もありました。それが、この30年の間に崩れました。簡単にいうと、非正規労働者の増加によって、中間層が二分化されたのです。
それは、さまざまな問題を経済、社会、政治に引き起こしています。でも、中間層の重要性は、経済学の標準的な教科書には載っていないようです。

3月9日から日経新聞「やさしい経済学」で、田中聡一郎・駒沢大学准教授の「衰退する日本の中間層」が始まっています。第1回「分厚い中間層が重要な理由

時間を気にせず働く「昭和の男」社会

2023年3月9日   岡本全勝

3月1日の朝日新聞生活欄「「昭和98年」の女性登用2」、「「偉くなったら変えれば」我慢強いられ」から。

・・・4年前、2人の保育園児を抱えながら、地方の営業所でリーダーに抜擢された。数十人以上の後輩たちをまとめるポジションで、同期のなかでも早いほうだった。夫と相談し、家事や育児、互いの仕事のスケジュールをとことん調整することにした。
一分一秒が惜しくて、パズルのようにタスクを組み合わせ、仕事にあてられる時間を捻出した。
そこまでして仕事に打ち込んだのに、だんだん、会社にストレスを感じることが増えてきた。

理由の一つが、非効率的な「根回し」を求められることだった。新たな取り組みを始めたいと思っても、社内の各部署との調整に多大な労力を強いられる。「順番的に飛ばせないから」と、結果は同じなのに、何人もの人に同じ報告をしなければならないことも多かった。
「この面倒な作業がなければ、もっと仕事が進むのに」。上司には、現場の裁量をもっと増やせないか、確認フローの簡素化はできないか、いろいろと提案した。でも、そこで返ってくるのは、決まってこんな言葉だった。
「おまえが偉くなったときに、変えればいいんだよ」
「今」の話をしているのに、我慢を強いられる。相談していたはずが、いつの間にか「俺も若いときはさぁ……」と上司の武勇伝にすり替わることもたびたびだった。

そしてあるとき、気づいた。上司を始め、ほとんどの男性社員の妻は、専業主婦だ。「誰かが家のことをしてくれる」という前提での働き方が、違和感なく受け入れられていて、がくぜんとした。
この人たちは、終業時間直前に設定された会議に焦ることも、会社を飛び出したあとに「お迎え、間に合うかな」とひやひやすることも、ないはずだ。帰宅して寝かしつけるまでの怒濤の流れに、体力の限界を感じたことだってないだろう。そう思うと、なんだか力が抜けた。
自分の時間を「仕事」に使えることに、何の疑問も持っていないような人たちと闘うなんて、世界が違いすぎて無理だ、と感じた。

家庭を優先することを選んだ社員に、「あいつは、出世をあきらめた」とからかうような発言も聞いた。なぜ仕事も、家庭も、大事にしてはいけないのだろう。「私が、家族との時間を犠牲にしてまで過ごす場所は、ここじゃない」。管理職試験に合格してからすぐ、辞表を提出した・・・