カテゴリーアーカイブ:社会の見方

一身にして二生を経る

2023年5月30日   岡本全勝

「一身にして二生を経る」とは、 福沢諭吉の『文明論の概略』に出てくる言葉です。
一つの身体で二つの生涯を生きたということです。 福沢諭吉は、江戸と明治という二つの大きく異なった社会を生きました。
戦前と戦後を生きた人も、同様でしょう。天皇制・軍隊・家父長制の時代と、民主主義・戦争放棄・基本的人権の尊重の時代の二つを生きました。明治維新と敗戦は、革命的な転換でした。

さらに、私たちも二生を生きています。前二回と異なり、憲法は変わっていません。でも、昭和後期と平成・令和では社会の実態は大きく変わりました。
夫婦と子ども二人が標準家庭と言われましたが、今や最も多いのは一人暮らしです。夫は仕事に出かけ、妻は家庭を守るという役割分担も、過去のものとなりました。片働きより、共働きが多くなっています。
「日本とは日本語を話す日本人が暮らす国だ」というかつての通念は、農業、水産業、工事現場、コンビニ、飲食店などで多くの外国生まれの人が働くようになり、通用しなくなりました。

差別や人権侵害も大きく変わりました。私が就職した際の人権教育は、部落差別でした。現在では、女性(性犯罪・性暴力・DV・ハラスメント)、子ども(いじめ・体罰・児童虐待・性被害)、高齢者、障害のある人、性的マイノリティなどでも人権侵害が起きています「人権教育」。
女性に向かって「まだ結婚しないの」とか「子どもはまだですか」といった質問を、かつては平気で言っていました。
私にとって、また多くの昭和人間にとっては、これは革命的な変化です。その意識改革について行けない人もいます。その人たちが、職場でセクハラやパワハラを行います。

岸田首相は2月1日の衆議院予算委員会で、夫婦別姓や同性婚について「制度を改正するということになると、家族観や価値観、そして社会が変わってしまう課題なので、社会全体の雰囲気のありようにしっかり思いをめぐらせたうえで判断することが大事だ」と述べました。しかし、既に社会は大きく変わっています。

社会人への金融経済教育

2023年5月28日   岡本全勝

5月11日の日経新聞オピニオン欄、白根寿晴・日本FP協会理事長の「社会人に必須の金融経済教育」から。

・・・資産所得倍増計画達成の成否は、将来のために資産形成を迫られている社会人の金融経済教育と、その結果として得られるファイナンシャル・ウェルネス(生活の経済的な側面を効率的に管理できる能力やその状態のこと)の実現に深く結びついている。

学校教育段階では、すでに中学校と高校で金融経済教育が始まり、時間とともに実績の積み上げが期待される。しかし、社会人の中でも国内企業数の90%以上、被雇用者数の約70%を占める中小企業の被雇用者と個人事業主は大手企業との賃金格差が大きく、これまで資産形成に取り組む余裕がない人が多かった。
資産形成に必要な知識の習得や専門家との相談の機会にも恵まれていなかった。社会人になっても毎月の給与明細書や年末の源泉徴収票の内容を理解していない人も相当数いる。内容を知ることで所得税や住民税、健康保険、年金保険制度などの理解に結びつくが、住民、顧客の相談窓口を担う公務員や金融機関職員の中にも内容をよく理解していない人が少なからずいるようだ。

生活困窮者の自立支援に取り組むように、まず自治体が将来の「生活困窮者予備軍」の発生を防ぐことが重要だ。住民がファイナンシャル・ウェルビーイング(経済的幸福感)を享受するために、社会人向けに金融経済教育の場を提供する必要がある・・・

黎の字の成り立ち

2023年5月26日   岡本全勝

「黎」という字。黎明などに使います。この字の上の部分を、不思議に思っていました。上左は、のぎへんです。上右は、物の右に似ていますが、「ノ」が一本です。犂も、同じです。この分野に詳しい肝冷斎に教えを請いました。答えを要約して掲げます。

・・・まったく違う「図形記号」だからです。
「勿」は「ふつ」で、「不」と音が近いので「なかれ」と訓じられますが、本来は日月や灯・玉などから光が射しているすがたを表しています(後漢の「説文解字」では)。「物」(ぶつ)は神々しい(光が出るような)異様な特産の動物・物体をいうことばだったので、「勿」を使っています。

「黎」の方は、「犂」などと同じで、禾へんの右側(リ)は牛馬に曳かせる「すき」の象形です。人間が使う「すき」(「力」りき)とほとんど同じ形のものです。「利」の旧字です。
「黎」字は「黍(きび)」に「リ」が付いた、と説明されています。すきとキビでたくさんの実がなって「多い」の意味。「黎民」、多く人民が集まるとその頭が黒いことから「黒い」という意味になり、暗闇の意味を持ち、暗闇の中に明るさが兆すのが「黎明」だ、といわれています・・・

それなら、利にしてくれればよかったのに。

日本的思考パターンへの苦言

2023年5月26日   岡本全勝

川北英隆・京都大学名誉教授のブログ、5月18日の「日本的思考パターンへの苦言」から。詳しくは、原文をお読みください。

最近、1990年頃からの30年強の間、日本経済が何を考えてきたのかを、当時の指揮者であり識者だった人達にヒアリングしている。そこで分かってきたことが3つある。
1つは、90年以降の日本のバブル崩壊について、当時は何も知見がなかったことである。
2つに、日本の金融システムが揺らぐとは誰も考えなかったことである。政府の統制下にある金融というか銀行が不健全になるとは、想定外だった。
3つに、将来ビジョンを描く必要性である。
現実化したリスクに対処するには、リスクをある程度処理できたとして、その後にどのような世界を作ろうとするのか、そのイメージが明確でないと、リスクへの対処が行き当たりばったり、つまりパッチワークになる。この点は今の日本に一番欠けているというか、ほとんど誰も想定していないことではないのか。日本という経済社会の最大の抜けであり、課題である。

古語解説「灰皿」

2023年5月24日   岡本全勝

かつて、どの職場にもあった道具。たばこを吸う際に灰を捨てたり、吸いかけのたばこを置くための道具。灰を溜めるために、縁が盛り上がり皿状になっていた。またその縁に、火のついたたばこを置く溝があった。

幹部の部屋や個人宅の応接室の卓には、大きなガラス製のものが置いてあり、未使用のたばこ入れや、立派なライターがそろいで置いてあった。
会議室などでは、簡易なアルミ製の円盤状のものが置いてあった。これは時には、議論が激高すると投げつけれれ、宙を舞うことがあった。軽くて円盤状なので、よく飛んだ。この行為を「灰皿を投げる」と呼ぶ。
灰や吸い殻がたまった灰皿を洗うのは、若手職員か女性職員が朝に出勤して行う仕事とされた。

近年は、公共の場では喫煙が禁止され、灰皿も置かれなくなった。若手職員に聞いたら、「私が採用されたときには、灰皿はありませんでした。流し場の棚の上に置いてあるアレですか?」と答えが返ってきた。
古語解説「気配り