カテゴリーアーカイブ:社会の見方

複数国籍を認めない国

2023年7月28日   岡本全勝

7月12日の朝日新聞オピニオン欄に「複数国籍認めない国」が載っていました。

宮井健志さん(政治学者)の発言から。
・・・複数国籍を何らかの形で容認する国は北南米、欧州、アフリカに多く、現在、世界では8割近くに上ります。欧州ではドイツやオランダなど複数国籍に制限的な国もありますが、EU加盟国出身者や配偶者などには認めています。
自国民が出生後に外国籍を取得した場合に国籍の喪失を定めた国は、1960年に62%を占めましたが、2020年には22%に減少しました。複数国籍の容認に向けた国際的な機運があったわけではなく、各国がそれぞれ判断した結果です。複数国籍を厳格に認めない日本はいまや少数派と言えます。

出生地主義や国際結婚による生まれつきの複数国籍は権利として広がっており、それについては日本も事実上、黙認してきました。一方で日本は、出生後に外国籍を取得した自国民に対しては例外なく日本国籍の喪失を定め、外国人が日本国籍を取得する場合にも原則的に国籍離脱を求めている。同様の規定は中国やインドにもみられますが、自由民主国家では例外的です。

複数国籍が個人の利益になるのは自明ですが、国にとってもメリットになり得ます。例えばフィリピンのように海外への出稼ぎが多い場合、自国籍を放棄されると送金が減るかもしれない。知識人層や富裕層が海外に流出した場合も、母国との結びつきと帰属意識を持ち続けてくれた方が国としては都合がいい。
さらに、母国の国籍を捨てないと外国人は国籍が取得できないとなれば、政治的権利を持たないマイノリティーが増え、円滑な社会的統合が阻害されかねません。
従来、複数の国家への帰属を認めるのはよくないことだとされてきました。例えば両国から兵役を課されたら、どうするのか。もっとも、徴兵の重複はルールで容易に回避できますし、そもそも徴兵制を採る国自体が減っています。社会保障費の重複支給なども個別の取り決めで対応できます。現状、複数国籍の容認によって生じる問題はほとんど残されていません・・・

『ルポ リベラル嫌い』

2023年7月24日   岡本全勝

津阪直樹著『ルポ リベラル嫌い──欧州を席巻する「反リベラリズム」現象と社会の分断』(2023年、亜紀書房)を読みました。勉強になりました。著者は、元朝日新聞ブリュッセル支局長です。駐在時代の取材を元に、書かれています。

日本が憧れ手本にした西欧が、政治、社会、経済で変調を来しています。それを紹介した代表的なものでは、ブレイディみかこ著『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(2016年、岩波書店)、堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』 (2008年、岩波新書) などがあります。
原因には、若者の高い失業率、所得格差の拡大があります。さらに本書では、豊かな時代に育った団塊の世代、彼らが進めたリベラルやヨーロッパ統合への反発が指摘されています。そこに、生活文化・伝統文化を異にする大量の移民が流入し、標的になります。

貧しい人や困った人を救ってきた左翼政党が、右翼とともに緊縮財政を進めます。ヨーロッパ連合に加入していること、統一通貨ユーロを使っていることなども、制約になります。ドイツなどは、緊縮財政を要求します。ところがそれに反発し、いくつかの国で、反緊縮財政が国民の支持を受けます。緊縮財政は、失業や格差を悪化させるのですから。新型コロナウイルス感染拡大は、さらにこの問題をこじらせました。経済は停止状態に入るのに、国民の生活を支える対策費は膨大になります。
緊縮財政を一時棚上げせざるを得ません。かといって、野放図な歳出拡大は、永遠には続きません。必要なのは、一時の財政出動と、その財源を将来返す計画でしょう。日本は、ヨーロッパ各国より、後者については無責任な状態になっています。

西欧が世界の「先進国」であり、日本もその後を追いかけている(一部は先んじている)とすると、「今日のヨーロッパ」は「明日の日本」になるのでしょうか。

徴兵制

2023年7月24日   岡本全勝

7月7日の読売新聞「竹森俊平の世界潮流」「迷走の露 苦肉の徴兵」から。

・・・米国の本格的徴兵制度は1940年に始まったが、ベトナム戦争が長期化した60年代、この制度により米国の若者が自分の意思と無関係にクジ引きで選ばれてアジアの密林の戦場に送られたことが深刻な社会問題を生み、ニクソン大統領は就任早々、徴兵制撤廃を検討した。そうした状況で経済学者フリードマンと米陸軍参謀総長ウェストモーランドとの間で有名な議論が交わされた。
徴兵制をやめれば、金銭目的の貧困者だけが軍隊を目指すという意見のウェストモーランドはこの時、「『 傭兵 』による軍隊を自分は率いたくないので、徴兵制撤廃に反対する」と発言した。
それに対するフリードマンの反論がすごかった。「閣下、それではあなたは『奴隷』による軍隊をお望みですか」。米国自身の存亡がかかっているわけでもない戦争に意思に反して若者を駆り出す政策を、生粋の自由主義経済学者は「奴隷制度」に例えたのだ。

徴兵制度を実施する場合、「自分の意思と無関係に国民を軍隊に送る」ことは回避するべきだという認識は、歴史の中で定着していった。
そのような軍隊は戦闘能力が低いか、ローマ帝国時代の剣闘士の蜂起や1917年のロシア革命のように反乱の温床となるからだ。実際、徴兵された兵士中心の軍隊が誕生したのは一般市民に政治への関与を認め、国防の動機を与えたフランス革命の時だった。
19世紀以降、「敗戦」を経験した国々、1810年代のプロイセン(1806年のナポレオン軍への敗北)、1870年代の日本(1853年の黒船来航)、1880年代のフランス(1871年のプロイセンへの敗北)などでは徴兵とともに初等教育制度が大幅に拡充された。福沢諭吉が「学問のすすめ」で述べた「一身独立して一国独立する(国防の重要性を自分で認識できる知能のある国民がいて、初めて国の独立が可能になる)」という思想を政府が共有し、国民の意識向上の手段として初等教育を見直したからだ。

大経済学者にやりこめられたウェストモーランドだが、「徴兵制撤廃は傭兵による軍隊を生む」という予想は正しかった。1980年代以降、民間軍事会社(PMC)が拡大したのだ・・・

みんながするから、みんながしないから2

2023年7月22日   岡本全勝

みんながするから、みんながしないから」の続きです。

高校時代に、サッカーを少しかじりました。そこで「百姓一揆」という言葉を覚えました。下手なチームだと、ボールが飛ぶと、敵味方の選手が(ゴールキーパーを除いて)そこに集まるのです。みんなが集まる状態を指して、百姓一揆と呼ぶのです。押しくらまんじゅう状態になります。えさを投げると集まってくる、池の鯉と同じです。

戦術としては、空いている場所に展開し、そこでボールをもらう方がよいのです。みんなが同じことをしていては、いけません。ボールを持った選手からボールをもらうために、(パスが出るところに)近寄る選手も必要ですが、それは数人に任せておいて、誰もいない場所に走って、次のパスをもらうのです。

ボールを持った選手は、意識と視野が足もとに集中し、全体の状況を把握できません。「後ろの声は天の声」という金言もありました。後方の選手が全体を見渡し、ボールを持った選手に指示を出すのです。

みんながするから、みんながしないから

2023年7月21日   岡本全勝

「みんなが持っているから」というのは、こどもが、欲しいものをねだるときの決めぜりふです。よくよく聞くと、友達2~3人が持っているだけだったり。
服装や化粧品の宣伝で「あなたの個性を際立たせましょう。今年の流行は・・・です」という、矛盾したものもありました。企業が宣伝する流行に合わせれば、個性は埋没します。最近、電車の中で若い女性を見ていると、皆さん同じような化粧をしていて、区別がつきません。

周囲に会わせておけば無難で、自分で考える必要もありません。みんなと違ったことをすると、冷たい目で見られたりいじめに遭うこともあります。しかし、かつて「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というお笑いのネタもありました。自分の頭で考えず、みんなに従っていると、痛い目に遭うこともあります。

商売も同じでしょう。「みんながやっているから、私も始める。」そこそこうまくいくかもしれませんが、ある段階で、パイの奪い合いになります。みんながやっていないことに挑戦すると、うまくいかないこともありますが、大成功することもあります。
科学者も、みんなと同じことをしていては、大きな発見はないでしょう。