カテゴリー別アーカイブ: 自然科学

『科学者マイケル・ポランニー』

中島秀人著『科学者マイケル・ポランニー: 暗黙知の次元を超えて』(2023年、河出書房新社)を紹介します。宣伝文には「『暗黙知の次元』で科学哲学者として知られるM・ポランニーは、天才が集中的に登場した「ハンガリー現象」の中心で独創的な仕事をした物理化学者だった。その科学者としての足跡を活写」とあります。

マイケル・ポランニーは、ハンガリー生まれの化学者です。ハンガリー語は日本語と同じく姓名の順なので、本名はポラーニ・ミハーイです。一般には、著書『暗黙知の次元』で有名です。経済人類学で有名なカール・ポランニーの弟でもあります。

「ハンガリー現象」とは、1880年からの約20年間に生まれた世界的に有名な科学者にハンガリー出身が多いことです。アメリカの原爆開発にかかわったレオ・シラードやユージン・ウィグナー、また流体に生じるカルマン渦を解明したセオドア・フォン・カルマン、現在主流のコンピュータの原理を据えたジョン・フォン・ノイマンらです。「科学者としてのマイケル・ポランニーと「ハンガリー現象」【著者に聞く】
もっとも、この本を読んでも、なぜこの時期のハンガリーに集中したのかは、分かりませんでした。政治の抑圧が弱まり、経済が急速に発展した時期であったようです。それぞれの国に、経済、文化、科学が花開く輝かしい時代があるようです。

私がこの本を読もうと思ったのは、もう一つあります。著者が「暗黙知と訳されているが、ポランニーの原著では「暗黙の次元」となっていて、暗黙知とは言っていない」と指摘してたからです。『暗黙知の次元』は、途中で挫折しました。で、参考になると思ったのです。再挑戦しましょうかね。

縄文直系の子孫はいない

11月26日の読売新聞「縄文直系の子孫 いない ゲノム解析プロジェクト」は、驚きの内容でした。詳しくは本文をお読みください。

・・・縄文人や弥生人のことは小学校でも習う。私たちの祖先として、親しみを感じる人もいるかもしれない。しかし、彼らがどんな人たちだったのか、実はまだよくわかっていない。今年3月末まで5年間にわたった国の大型プロジェクト「ヤポネシアゲノム」で、国立科学博物館の篠田謙一館長は、遺伝情報(ゲノム)から縄文や弥生の人々に迫った。篠田さんが研究の過程で感じた「三つの驚き」を通して、新たに浮かび上がった彼らの姿を見てみよう・・・

・・・約1万6000年前から、弥生時代が始まる約3000年前まで続いたとされる縄文時代。この時代に日本列島に生きていたのが、縄文人だ。「彫りの深い顔立ち」が特徴とされる。
プロジェクトでは69体の縄文人のゲノムを解読した。ゲノムの特徴から近縁関係を分析すると、縄文人は、中国など北東アジアから東南アジアにかけての大陸の現代人とは、かけ離れた存在であることがわかった。北海道・礼文島北部の船泊(ふなどまり)遺跡(縄文後期)で見つかった約3800年前の縄文人のゲノムを、アジア各地の約50集団と比較しても、近縁な集団はなかった。
「東南アジアなど、どこかに縄文人の子孫がいると考えていたが、ゲノム研究で完全に否定された。縄文人はもう現代には生き残っていない。予想外の結果だった」と篠田さんは驚く・・・

・・・次に弥生人を見ていこう。九州北部で稲作が始まったとされる約3000年前から古墳時代(3〜7世紀)が始まるまでの弥生時代に住んでいた人たちだ。縄文時代から引き続き住んでいた人たちや、大陸から稲作文化を持ち込んだ渡来人たちがいた。
彼らのゲノムを分析して浮かび上がったのが、現代の本州などの日本人をしのぐ、驚くべき多様性だ。篠田さんは「現代よりもはるかに少ない人口だった弥生時代だが、遺伝的に由来の異なる集団が共存し、混血のなかで多様性が生まれたのだろう」と分析する・・・

へえ、と思いますね。でも、現代の日本人は縄文人と弥生時代に渡来してきた人が混血し生まれたする「二重構造説」は正しいようです。

生物学的なヒトの寿命は55歳

11月12日の読売新聞「あすへの考」、小林武彦・東大定量生命科学研究所教授の「老いて病む 人間の進化」から。哺乳類の総心拍数が種が異なっても同じという説は、「象の時間、鼠の時間」として何度か紹介しました。

・・・哺乳類の心臓は、総心拍数が20億回ぐらいに達すると終わりになるという仮説があります。60年生きるゾウも、2年しか生きないネズミも、トータルで約20億回は同じ。だからゾウの心臓はゆっくり2秒に1回ぐらい拍動するのに対し、ネズミの心臓は「トトトトトッ」と1秒間に10回ぐらいものすごい速さで打つ。
人間の総心拍数が20億回に達するのは、大体50歳前後です。また、がんで亡くなる人が55歳あたりから増えることや、女性の閉経年齢が50歳前後であることを踏まえ、私は生物学的なヒトの寿命は55歳ぐらいではないかとみています。

とはいえ、ヒトは最大で120歳ぐらいまで生きますよね。これは進化の過程で老いた個体、あるいは老いたヒトがいる集団の方が生存に有利に働き、選択されて長生きできるようになったためと考えられます。
もっとも、寿命にも限界はあります。世界中で115歳を過ぎた人は非常に少ない。どれだけ健康で体が丈夫でも越えられない壁がある。今なら120歳前後です・・・

・・・そもそも寿命がある、つまり「死」があるってことは、生物の進化に必要なんです。生物学的に考えると死があるから進化できた。古い世代が死に、新しい世代が生まれ、環境に適応するよう進化していくことで生物全体の生命が連続していく。ちょっと逆説的に聞こえるかもしれませんが、死ぬものだけが進化できて、今、存在しているのです。
進化は「変化」と「選択」から成り、変化は多様性であり、選択は、たまたまその環境で生きることができたものだけが生きてほかは死ぬということです。そこには意図も目的もない。キリンの首が長いのは、上のものを食べようと必死に努力したからではありません。変化により、たまたま首の長いのが誕生して、たまたまいい場所に葉っぱがあって、選択により、たまたま首の長いのが生き残った。生物学ではそう考えます・・・

遺伝による能力や性格の違い

10月28日の朝日新聞別刷り「サザエさんをさがして」「双生児 似ているのに、どこか違う」に、次のような記述がありました。

安藤寿康・慶応大名誉教授は、欧米の研究成果を踏まえた上で仲間たちと分析した結果、知能82%、学業成績52%、外向性や神経質46%などと、遺伝の影響を受けていることを突き止めた。
「遺伝の研究が進んだことで、同じ親からでも非常に多様な子どもが生まれる確率が高く、『トンビがタカを生む』は十分あり得るとわかった。科学的知見を知らないまま自分の無能さを嘆くよりも、『これは遺伝の影響』と受け止め、真正面から向き合う時代になった」。

年齢と体感時間

9月15日の読売新聞に「体感時間 年重ねるごとに短く」が載っていました。年を取ると時間が経つのが早くなると感じる話は、このホームページでも何度か取り上げました。

・・・ 「時計が刻む物理的な時間とは別に、人には内的な体感時間があります」
人の時間の感じ方などを研究する東京理科大非常勤講師、桜井進さんは説明する。「サイエンスナビゲーター」として数学を啓発している。大学での最初の授業では、20歳前後の学生にこう呼び掛ける。「体感時間でいうと、君たちは人生の7割近くを終えています」

説明に使うのがフランスの哲学者、ポール・ジャネが発案した「ジャネの法則」という仮説だ。桜井さんによると、生涯のある時期における心理的な時間の長さは、年齢に反比例する。1歳の1年間の体感時間を1とすると、10歳が10分の1、60歳は60分の1。感覚としては、60歳の人は、1歳児の60倍の速さで時間が過ぎ、1年が終わるのも早いと感じるわけだ。ある年齢までの体感時間を合計すると「人生経過率」がわかる。100歳が寿命なら、10歳で人生を折り返し、20歳で65%が過ぎる計算となる・・・