カテゴリーアーカイブ:社会と政治

起業生む社会、政府の役割

2013年5月1日   岡本全勝

また、古い話で、恐縮です。4月17日の朝日新聞オピニオン欄「起業は日本を救うのか」、猪子寿之・ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」代表の発言から。
・・政府が成長分野を決めて起業させていくなんて、絶対できない。未来の方向が大まかにわかったとしても、ビジネスとして成り立つかどうか誰にもわからないからね・・
これだけ経済のグローバル化が進むと、一国の小手先のテクニックのような金融政策が、効果を永続できるはずがない。閉塞した社会構造を変えるイノベーションこそが、経済を成長させる唯一の処方箋でしょう。しかしイノベーションは政府の音頭で生まれるものではないし、業界の中枢とは少し離れたところから創業した人たちが起こしている。
それでは政府に何ができるか。立派な成長戦略を描くより、何事にも挑戦できる寛容な社会をつくることです・・

海外に日本を売り込む

2013年4月28日   岡本全勝

観光庁が、海外から観光客を呼び込む事業「ビジット・ジャパン」を行っています。畏友の井出憲文観光庁長官から、「ビデオが良くできているから、宣伝せよ」との命を受けました。
確かに、今の日本を紹介する、良くできた「宣伝」(約6分)です。定番の京都のお寺や舞妓さんもちらっと出てきますが、主題は阿波踊りです。回転寿司も出てきます。これには納得。でも、私のような日本人が見てもダメで、外国の方に見てもらないと。
そのほかにも、いろいろ動画が載っています。(2013年4月27日)
と書きましたが、4月28日現在、霞が関(復興庁のパソコン)では、フィルタリングがかかって、見ることができません。「業務に関係ない遊びのページ」と判断されたのでしょうか。

アジア主義から見た現在の中国

2013年3月31日   岡本全勝

朝日新聞3月29日オピニオン欄、中島岳志北海道大学准教授の発言「アジア主義から見た中国」から。
「アジア主義は、戦前日本の侵略思想だったのではありませんか」という問に対して。
・・利益や打算に基づく「政略」としてのアジア主義はそうです。大東亜共栄圏を目指す帝国主義の道具として利用されました。しかし当初、頭山満や宮崎滔天は西洋列強の侵略に、アジア諸国と手を携えて抵抗しようと訴えた。彼らの「心情」としてのアジア主義は、出発点から侵略を意図していたわけではありません・・
この観点で世界に目を転じたとき、頭山には欧米の帝国主義と国内の封建体制という二重の圧政に苦しむアジア人民の姿が見えました。古い王朝を倒し、近代化によって万民が救われる新しい政治体制をつくるのがアジアの王道である、と考えた。各国で闘っているナショナリストたちと盟友として組み、二重の圧政を打倒しようと踏み出していく。これがアジア主義の源流です・・
「そういうアジア主義者なら、今の中国をどう見るでしょう」という問に対しては。
・・一部特権層の圧政と格差社会に多くの人民があえいでいる、と見て取るでしょう。彼らを救おうと海を渡って、民主化運動を担う学生や活動家を支援して一緒に闘ったかもしれません。まさに宮崎が上海に渡り、私財をなげうって、日本に亡命して後に辛亥革命を成し遂げる孫文を支援したように・・
しかし、中国のナショナリズムは反日と重なっています。それでは支援も連帯も、難しいのでは」
・・二十一カ条の要求、満州事変、日中戦争という歴史をへたために、民主化を要求するナショナリズムが対外的には反日デモにもなる。そこがとても難しいところです。これは日本が自らまいたタネでもあります。かつて中国の主権を踏みにじった当事者なのですから、歴史をしっかり見つめ直すべきです・・
「歴史を持ち出されると、ものが言えなくなりませんか」
・・そんなことはありません。中国にも、かつてあなたたちが抵抗した日本帝国主義と同じ覇権主義の道を進んで一体どこに行くつもりですか、と問わなければなりません・・
詳しくは、原文をお読みください。

自分の命を、役所任せにしてはいけない

2013年2月26日   岡本全勝

朝日新聞2月26日、「釜石の奇跡」で指導的な役割を果たした、片田敏孝さんのインタビューから。
国や自治体による被害想定作りに関して。
・・・こう言っては何ですが、ハザードマップを信じてはいけません。想定を否定しているわけではありません。頼り切ることが問題なのです。マップの安全圏を信じて安心しきって、その結果、命を落とす事態が起きるのです。相手は自然だから、時にはずっと大きな災害もある。
危険な場所を地図に示すことを過度に求める、行政依存の体質が問題です。行政の肩を持つわけではないが、防災だけでなく何かにつけて行政責任を言う、日本の社会構造みたいなものに、根源があると思えてなりません。自分の命を守るのを、他人任せにしてはいけない。自己責任ですよ・・

安全神話を生んだ背景、それを許した社会

2013年1月23日   岡本全勝

1月11日の朝日新聞オピニオン欄、田中俊一・原子力規制委員会委員長のインタビューから。
・・これまでの規制行政は、間違いがないことを条件にする無謬性が前提となっていました。そのために、あとになって規制の判断の誤りがわかっても、それを認めて修正することがなかなかできませんでした。このことが、原発の安全神話を生み出したベースになっていると思っています。これからは、新しい知識や技術が出てくれば、常に反映させて前向きに判断を変えていくつもりです・・
これまでの事故対策が、安全神話の上に成り立っていたことは、指摘されています。では、そのような安全神話を作った人、それを前提に対策を講じた人は誰なのでしょうか。もちろん、原発の設計者、運転者、規制当事者、対策責任者に、第一次的な責任があります。しかし、それを許した、またそのような状況を助長した社会も、一因があると思います。社会と言っても、そんな実態が存在するのではなく、人々によって成り立っているのですが。
「おかしい」という発言をしなかった関係者、そのような発言を許さなかった社会。それぞれの責任です。山本七平さんの言葉を借りれば、「空気の支配」を生んだものです。