今日は、自治大学校卒業生の同窓会に呼ばれて、行ってきました。昭和63年に、私が教授だった時の、第2部課程の学生さんたちです。その当時、寮の階が一緒だった人たちが、「フロアー会」と称して集まっておられます。今日は、一人が銀座の展覧会に絵を出されたことをきっかけに、西は岡山から、愛知県、富山、関東近県の方が、7人ほど集まりました。当時、幹部候補生でしたから、ほとんどの方が退職しておられます。副市長になられた方も何人か。それぞれ出世しておられます。
22年も前のことですから、一部その後もおつき合いのあった方を除いて、名前と顔が一致しません。それでも、顔を見た時に、「ああ、この方もおられたな」と思い出し、話をする内に、だんだんと思い出します。ありがたいことです。
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温度差15度
昨日の立川は、35度の真夏日でした。今日の東京は、大雨で気温は20度です。雷もなっています。一気に涼しくなりました。暑さ寒さも彼岸までとは、よく言ったものです。でも、差が激しくありませんか。たぶん、日本の各地で、このような会話が交わされているのでしょうね。
ところで、今年の夏の暑さは記録的でしたが、もう一つ感じたことがあります。夕立って、会いませんでしたね。昔は、もっと夕立があったと思うのですが。皆さんのところでは、どうでしたか。
河野昭さんをしのぶ会
今夜は、故河野昭さんをしのぶ会に、行ってきました。河野さんは、行政管理庁、総務庁、そして省庁改革本部事務局長を経て、初代内閣府事務次官を務められました。故人の意向でお葬式がなかったので、関係者で追悼論文集を出し、それを奥様とお嬢様にお渡しする会という形で、このような会がもたれました。
私は、省庁改革本部で、平成10年7月から13年1月6日の新府省発足まで、2年半にわたりお仕えしました。根は優しい人でしたが、仕事には厳しかったです。でも、あのような難しい改革を成し遂げるためには、必要だったのでしょう。政治家と渡り合い、反対する各省を説き伏せ、各省から集まった100人を超える官僚を束ねて、期限までに進める。今から振り返っても、大変なことでした。仕事以外ではお優しくて、よく飲みに連れて行ってもらいました。時には、ご自宅まで。
今夜は、当時の「しかられ3人組」、岡田秀一企画担当参事官(現・経済産業審議官)、井手憲文独立行政法人担当参事官(現・国土交通省海事局長)と私(減量担当参事官)も、そろって出席しました。もっとも、河野さんにしかられたのではありません。別の政府高官に、しかられました。節目節目に、官邸で顧問会議が開かれ、私たち参事官が進捗状況を説明する時に、いろいろあったのです(今となっては、笑い)。
私の仕事は、1,200ある課を1,000にすること、審議会を整理することなどでした。それは、霞ヶ関の全省庁を相手にするという、めったにできない経験をさせてもらうことであり、どのようにしたら改革が進むかを教えてもらう機会でした。
今夜は、いろんな省の方も出席され、故人の交遊の広さを物語っていました。私も、お世話になりつつ最近お会いしていない方々に、ご挨拶ができました。河野さんは、空の上からこの風景を見て、いつものように「かかか・・」と笑っておられるでしょう。
週末の講義準備と原稿書き
暑い夏
明日は、8月31日。8月も終わりですね。いつものことですが、8月は早く終わります。事前には、いろいろと計画を立てるのですが、なかなか実現しません(笑い)。
特に今年は、例年になく暑い日が続き、しんどい夏でした。皆さんは、大丈夫ですか。この暑さ、いつまで続くのでしょうね。