「責任者は何と戦うか」シリーズは、8月末から始まって、断続的に続いてきました。取り上げた敵は、事態の把握、周囲の評価、決める仕組み、身内、議会と世論、敵を見抜く、部下と続いてきました。
最後は、自分との戦いです。これまで取り上げた「敵」をご覧になって分かるように、私は、責任者の敵は正面にいるのではなく、実は後ろ(身内)にいるのだということを、主張したかったのです。そして、最後で最大の身内は、自分自身です。先に取り上げた敵のうち、事態の把握、周囲の評価、敵を見抜くことなどは、本人が正しい評価と判断ができていないことなのです。
周囲の意見に惑わされ、あるいはこれまでの固定観念や思い込みに縛られ、客観的な状況評価を誤り、正しい判断ができないこと。都合の良い解釈に従って、あるいは私情に左右され、厳しい決断ができないこと。困難をおそれ、決断を先延ばしにすることなどです。対立する意見の採択について、判断を先送りしたり、両論併記をしたり。
何度か、日露戦争と太平洋戦争を例に出しました。2つの結果を分けた指導者の違いは何か。それは、明治の指導者たちは、「日本は危うい」と危機感を持っていたのに対して、昭和の指導者たちは、「日本は強い」と驕りを持っていたことでしょう。そして、希望的観測に基づく戦略、負けた実績を隠す大本営発表が続きます。事実に基づく冷静な判断ができなくなっています。さらに、適性を考え司令官を更迭した明治海軍に対し、失敗した作戦の責任を取らせない昭和陸軍と海軍。
もちろん、「勝てば官軍負ければ賊軍」とやらで、勝った場合は全てが良く評価され、負けると全てが悪く評価されることも、考慮しなければなりません。
責任者は、その場限りの対処でなく、また保身でなく、「何が正しいことか」を決断しなければなりません。そしてその決断は、時には孤独なものです。威勢は良いが後先を考えない強硬派や、単なるゴマスリの取り巻きに、惑わされてはなりません。「評価は未来がする」と腹をくくり、歴史の審判を待つのでしょう。
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天網恢恢疎にして
「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉を、ご存じですか。私は、小学生の時に父親から聞いて、当時は意味はよく分からないままに、頭に残りました。その後、この言葉の意味は学習しましたが、社会人になって、この言葉が使われる場面に、いくつか違った局面があることに気づきました。
1つは、泥棒が、結局は捕まるという、勧善懲悪の場面です。神様は見ているのです。これが原義です。
もう一つは、がんばっている職員が報われず、うまく立ち回っている他の同僚が出世する局面です。この場合は、「神様、真実を見てください」という願望です。
私は、「最後は、神様が見ていてくださる」、あるいは、棺桶に入ったときに、神様に対して、「私は、正しいと思う道を選びました」と申告できるように、この言葉を信じています。(2013年10月2日)
昨日の記事「天網恢々疎にして」について、読者から、次のような便りがありました。
「天網は疏(疎)で、たまに漏らしてくださることもあります。そのおかげで、私は助かっているのかも知れません」と。
なるほど、そのような場合もあるのですね(笑い)。他方で、その網にひっかかって、天を恨んでいる人もおられるのでしょう。
処理能力を超える仕事と興味
1週間も、1か月も早いです。今日は、9月28日土曜日。あっという間に、1週間が終わり、9月も終わりです。
今日も、週末の定例行事、すなわち職場でたまった資料を片付けながら、ぼやいていました。ぼやきの内容は、いつもと同じです。「なんで、平日に、すべてが片付かないのだろう」「何で、こんなに時間が経つのが早いのだろう・・」。進歩がありません、反省。
勤務時間中に、「連続波状攻撃」をかけてきて、私に自由時間をくれない職員たちが悪いのか(八つ当たり、苦笑)。それとも、好奇心が大きすぎて、いろんな資料をため込む私が悪いのか。毎朝、1時間早く出勤して、自分の時間を持つようにしているのですが、メールへの返事を書いたり、急ぎの仕事を処理するだけで、過ぎてしまいます。夜は、残業はしない主義、というか異業種交流会などで忙しく・・。毎回、同じことを書いています。進歩無し。
急ぎでないので、「後で読もう」とか、「後で勉強しよう」と取ってある、切り抜きやコピーが、いけませんね。
急ぎの仕事や案件は、その場で即決します。あるいは、締め切りがあるので、何とか結論を出します。締め切りのない課題や、勉強資料の処理が、ずるずると後送りにされるのです。
半封筒から取り出すと、2か月や3か月前の切り抜きが、出てきます。時間があったら読もうと、鞄に入れて持ち歩いているので、半封筒もよれよれになっています。
資料には、ちゃんと赤線が引いてあったり。「う~ん、そういえば、これも考えようと思っていたな」「これも、ホームページで紹介しようと思っていたのに・・」
まあ、そのうちに時宜を失して、鮮度を失ったり、私の関心がなくなったら、それら資料は「化石」として捨てるのですが。同様に、パソコンには、書きかけの文章がたまり、書斎には読みかけの本がたまり・・。往生際が悪いです、はい。
ムラ社会を打ち破る
9月22日の日経新聞経済の日曜に考える「社外取締役、義務づけは必要か」。「社外取締役のいる企業の割合が東証1部で6割を超えた。企業統治の観点から上場企業に選任を義務づけるべきか、今まで通り各企業の判断に委ねるべきか」というテーマです。富山和彦さんの発言「ムラ型統治、打破を」から。
・・なぜ社外取締役が必要か、米国と日本では全く理由が異なる。米国では社内で最高経営責任者(CEO)の権限が非常に強く、高額報酬を得ようとして会計操作などの不正に走ることがある。2001年に破綻した米エネルギー大手のエンロンがそうだ。だからCEOが暴走したときに解任できるよう、全取締役の過半数は社外と(上場規則で)義務づけられている。
一方、日本では社長の権限はそれほど強くなく、暴走するほどパワーのある人も少ない。取締役会では社長以下のサラリーマン役員が互いの顔色を見て、空気を読みながら物事を決める。あつれきを避けようとするから、不採算事業からの撤退といった重要な意思決定を先送りする。こうした「不作為の暴走」を許す「ムラ型ガバナンス」が日本の大企業が抱える最大のリスクで、ムラの空気をかき乱すのが社外取締役の使命だ。
「少数の社外取締役で取締役会の意思決定を変えられますか」という問に対して。
・・日本の取締役会はしこりを残さないようにと事実上、全会一致が原則だから、少数でも社外取締役が反対すれば決議できない。だから量より質が重要で2人でも十分機能する。例えば不振事業の再建案が上がってきた時、社外取締役が「事業の存続は難しいと思う。撤退や売却を検討していなければ賛成しかねる」と述べれば差し戻しになる。私自身、社外取締役として似たような経験がある・・
後は、原文をお読みください。
労働者のメンタルヘルス
厚生労働省が、9月19日に「労働者健康状況調査」を公表しました。それによると、仕事や職業生活に関して強い不安・悩み・ストレスを感じている労働者は、全体の61%です。その理由は、職場の人間関係が41%、仕事の質が33%、仕事の量が30%です。やはり、人間関係ですね。
不安・悩み・ストレスについて相談できる人がいるは、90%です。相談相手は、家族や友人が87%、上司や同僚が74%です。実際に相談したのは74%で、相手は家族や友人が82%、上司や同僚が67%です。産業医やカウンセラーは5%に満ちません。そして相談して、悩みなどが解消されたのが33%、解消されなかったが気が楽になったが61%です。話を聞いてもらうと、楽になります。
私も、職員に対しては「悩みがあったら相談しよう」と、中間管理職には「部下の相談相手になろう」と勧めています。『明るい係長講座』。
また、1か月間の時間外労働について、100時間を超える労働者がいた事業所は5%、80時間~100時間が10%です。霞が関の各府省では、たぶん100%でしょう。
労働安全衛生法には、「長時間労働者への医師による面接指導制度」があり、事業主は、時間外・休日労働が1か月あたり100 時間を超え、かつ、疲労の蓄積が認められる労働者に対して、医師による面接指導を実施することが義務づけられています。また、80 時間を超える労働により疲労の蓄積が認められ又は健康上の不安を有している労働者に対しては、医師による面接指導等が努力義務となっています(初めて知りました。反省)。