カテゴリーアーカイブ:人生の達人

省庁改革本部、減量班同窓会

2018年8月10日   岡本全勝

先日、かつての省庁改革本部の減量班の同窓会をしました。
年に数回集まっているのですが、今回は発足20周年の記念の年なので、少々豪華に(といっても、しれてます。苦笑)。

2001年に実施された省庁改革、有名なところでは省庁再編です。その作業のために、私たちが事務局に集められたのは、1998年6月でした。私が参事官として担当したのは、組織や業務の減量です。その苦労は、日経新聞夕刊コラム1月25日に「鯉が包丁を持つ」で紹介しました。

その際に、2年半にわたり、一緒に苦労してくれた職員たちです。各省だけでなく、民間企業からも集まりました。「異業種」の人たちが集まり、一緒に苦労したので、結束が固いです。
また、労をいとわない幹事がいてくれるので、20年も続いています。それぞれに出世して、すなわち、その後も省庁や企業で苦労するポストを経験しています。その近況報告を、私生活とあわせて聞くのが、楽しみです。

20年は、過ぎてしまうと、あっという間です。私は、富山県総務部長から赴任しました。当時43歳でした。若かったですね。
この会は、まだ長く続きそうです。

中沖豊・前富山県知事をしのぶ会

2018年7月29日   岡本全勝

今日7月29日は、富山市まで、中沖豊・前富山県知事をしのぶ会に行ってきました。
私が中沖知事に総務部長としてお仕えしたのは、平成6年(1994年)から平成10年(1998年)までの4年間です。私は39歳から43歳、若かったです。いろんなことを経験し、そして学びました。

特に、知事の仕事に対する姿勢は、勉強になりました。粘り強く、そして熟考されます。ええ加減なところで結論を出してしまう私には、その辛抱強さは驚きでした。
もう一つは、富山に対する責任感です。天候や農作物の出来、さらには道路脇の景観まで。すべてのことに、知事としての気配りと責任を持っておられました。それらのいくつかは、総務部長に降ってくるのですが(苦笑)。所管分野だけをやり過ごすことが多い公務員としては、「責任者とはこうあるべきだ」と勉強になりました。
当時、読売新聞社が行っていた、県民の知事支持率調査では、常にトップでした。県民の知事に寄せる信頼がわかります。

性格も仕事の仕方も全く違う私を、4年間も使ってくださいました。
総務部長を終えて、内閣の省庁改革本部に転勤したら、早速訪ねてきてくだいました。そして、私を励ますだけでなく、私の上司に「岡本君を頼みます」と頭を下げてくださいました。

ミスター新幹線という名前がつくほど、北陸新幹線整備に心血を注がれました。3年前に新幹線が開通した時は、本当にうれしそうでした。
今日も、その新幹線で東京から富山へ行き、また帰ってきました。所要2時間15分です。便利になりました。
中沖知事は、空の上から、満足して富山と新幹線を眺めておられると思います。

あきらめの儀式

2018年7月18日   岡本全勝

習い事が成就しなくても無駄ではない」の続きです。
穂村さんは、続けて恋愛というより、失恋についても書いています。

・・・恋愛に燃え上がっている友達にはどんなアドレスをしても無駄、と経験的にわかっている。もう可能性がないことが周囲の誰の目にも明らかでも、本人は決して撤退しない。
あれは一縷の望みに賭けるというよりも、むしろ完全に駄目だということを確認するための行為なんじゃないか。その儀式が済むまでは「もしかしたら」という思いを消し去って前に進むことができないのだ・・・

これも名言ですね。
うまくいかないことが見えた時、どこで撤退するか。思いを断ち切る儀式は、重要だと思います。ウジウジと引きずらないためにです。

個人にとってはそうですが、組織の場合は、そのような感情の処理に時間と費用をかけず、サッサと撤退しなければなりません。
そこが難しいのですよね。創業者が苦労した事業だ、従業員が苦労した事業だ・・・と。損切りは、なかなかできません。情に対して、理や利をどのように納得してもらうか。「あいつは冷たい奴だ」と言われても。

少し脱線します。
昭和20年春、日本の敗戦が確定的になったときに、戦艦大和が沖縄に向けて出撃します。航空機の援護なしですから、途中でアメリカ軍の餌食になり、無駄になることはわかっています。
第二艦隊の伊藤整一司令長官は、無謀な作戦に抵抗します。しかし、連合艦隊の草鹿龍之介参謀長の「一億総特攻の魁となって頂きたい」との説得で、出撃に同意します。草鹿参謀長は、伊藤長官の後輩でした。理ではなく、情で納得するのです。
その結果、大和とともに約3千人の将兵が戦死します。伊藤長官は、出撃の前に、将来ある見習士官たちを下船させました。

習い事が成就しなくても無駄ではない

2018年7月17日   岡本全勝

7月4日の読売新聞夕刊、穂村弘さんの「蛸足ノート」は「無駄じゃないあきらめの儀式」から。

・・・私が子供の頃は、学習塾に行っている友達はまだ少なかった。放課後は原っぱや空き地に集まって遊んでいた時代である。ただ、習い事に通っている子はけっこういた。書道、ソロバン、英会話、スイミング、ピアノ、絵画、日本舞踊などである。
私も書道と英会話とピアノ、それに絵画を同時期にではないが習っていた・・・
・・・結果的に、私は親の期待をすべて裏切ることになってしまった・・・

・・・でも、無駄とは思っていない。何故なら、それぞれの方面において自分には才能がないことを確認できたからだ。何もやっていなかったら、もしかしたら自分にはピアノの才能があったのでは、などと後になって考えてしまった可能性がある。子供の頃に習わせてもらえなかったから開花しなかっただけなんじゃないか、と・・・

はい、私の経験を基にしても、納得します。多くの人にも、思い当たることがあるでしょう。
エジソンは、「私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ」と言ったそうです。もちろん、1万1番目に、良い方法を見つけたから言えるのですよね。
この項続く。「あきらめの儀式

朝日新聞連載「左遷」

2018年7月12日   岡本全勝

朝日新聞夕刊、7月10日から連載「左遷をたどって」が始まりました。今回は、外資系企業についてだそうです。11日の第2回は、「実力プラス要領の良さも」です。

・・・MBAや博士号などの学位を持つ人材が働いている外資系企業。一体、どんな人が出世するのだろうか。
ノリ・コーポレーション代表で、フォード自動車日本、ロイター・ジャパンなどで人事担当をしていた村上賀厚さん(58)は「一言でいえば、協調性があって、誰もがアクセスしやすい人です」。
仕事をする上での語学力や専門知識といった「実力」は欠かせない。しかし、実力だけでは生き残れない。
重要なのは、周囲とコミュニケーションを取って、組織の隙間に落ちる仕事を見つけて解決策を提案するなどの「要領の良さ」を持つことだという。
外資系企業は、職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)によって仕事内容が明文化されているため、自分の仕事以外は口を差し挟まない――。そんなイメージがある。
しかし、村上さんは「仕事は状況に応じて変化するため、『例外』が発生します。組織を俯瞰(ふかん)し、周りを巻き込んで『例外』に取り組む人は高く評価されていました。外資系も国内企業も、変わらないと思います」。
逆に怒りっぽく、人が寄りつかない人は、社内の情報が集まらずに孤立し、居場所を失うことが多かったという・・・

10日の第1回、12日の第3回も、参考になります。