投稿者アーカイブ:岡本全勝

バチが当たる

2020年8月21日   岡本全勝

8月13日の読売新聞解説欄「バチが当たる 信じる本音は」から。
・・・読売新聞社が今年3~4月に実施した全国世論調査(郵送方式)で、バチがあたることが「ある」と答えた人が76%に上った。単純比較できないが、56年前の1964年調査(面接方式)では「ある」が41%で、半世紀を経て割合が大幅アップした・・・

・・・なぜ、バチがあたるべきだという意見が増えたのか。
近畿大の村山綾准教授(社会心理学)は、社会の仕組みが公正になってきたからだと説く。実際、戦後の社会は男女差別の撤廃など「公正さ」の実現を一つの目標としてきた。社会の仕組みが公正に近づくほど、「不正には罰を」という考えが強くなるというわけだ。
<がんばった人は報われる><悪事は必ず罰せられる>
不正を認めない根底には、多くの人に共通するこれらの感覚がある。社会心理学で「公正世界信念」と呼ばれる心理だ。
ただ、村山准教授は「公正さ」だけでは説明不足だとみる。
「世界は公正だという考えは一定程度成功している人に強く出る。一方、社会・経済的に報われない人は『世界は不公正だ』とみなす傾向があり、不公正な社会を作り出した人には罰が与えられるべきだと考えがちだ。バチが広く受け入れられているのは、不公正な社会への不満が含まれるからだろう」・・・

これだけでも興味深いのですが、次の事実も驚きです。
・・・世論調査結果を年代別にみると、若い世代の方が「バチがあたる」と考える傾向がみられた。18歳から50歳代までの各年代はいずれも80%以上になったが、60歳代は74%、70歳以上は63%だった。1964年調査の傾向は逆で、若い世代ほど「バチがあたる」の回答が減っていた・・・

そして、
・・・バチを信じる心には、格差への不満、他人への処罰欲求といった現代人特有の意識が隠れているのかもしれない。「バチがあたる」を「バチがあたれ」と読み替えられるならば、単なる迷信のなごりと軽く見ないほうが良さそうだ・・・
これだと、困ります。

憲法を改正できない国、その2。法律で制限しない

2020年8月20日   岡本全勝

憲法改正できない国」の続きです。こんなことを考えたのは、新型コロナウイルス感染拡大防止です。コロナウイルスは全世界に広がり、各国が対策を打ちました。その基本は、外出制限です。

日本では、外出制限を「自粛」で行うこととしました。そしてその効果があって、かなり蔓延を防ぐことができました。国民が、政府の自粛要請を受け入れる国なのです。
・都道府県知事により外出自粛要請、施設の使用制限に係る要請・指示・公表等
・一定規模以上の遊技場や遊興施設など多数の者が利用する施設に対して使用制限や催物の開催の制限等を要請。(新型インフルエンザ等対策特別措置法第45条)

ところで、諸外国では法律で外出規制をして、その違反に対して罰金や罰則もあるようです。それに対し日本は、コロナウイルス外出規制を、法律でなく自粛呼びかけで行う国です。そしてそれを、ほとんどの国民が守ります。これは一見すばらしいことです。他方で、法律で個人の行動を制限をできない国なのではないでしょうか。
新型コロナウィルスの蔓延は、国民の生命健康に大きな被害を与え、社会にも被害を与えます。よって、外出制限が求められました。外出という個人の基本的人権を制約するのですから、法律に基づく規制とすべきでしょう。自粛はあくまで本人の自由意思ですから、「私は守りません」という人が出てきたら、防ぎようがありません。それを、周囲の「監視の目」で抑制しようとするなら、これまた怖い話です。参考「コロナウィルスが明らかにすること2」「風営法によるコロナ対策の飲食店立ち入り」「マスク着用、みんなが着けているから

ここには、法律による行政ではなく、国民の自主規制による行政が見えます。一見、日本社会の素晴らしさと見えます。しかしそれは、憲法が目指した「法治国家」ではないでしょう。自粛しない人を制限できないのです。

また、日本は、国民が政府を信用してない国という見方もあります。例えば、税金です。「税金は国に取られるもの」という意識が強く、増税には強力な反対が出ます。しかし、近年の消費税増税に見られるように、その収入は社会保障に充てられ、国民に還元されるのです。ドイツで選挙の際、消費税増税を公約にした例を紹介したことがあります。参考「国民の信頼がない日本政府」「消費税増税議論」「もはや高負担でないスウェーデン

社会変革ができない日本

2020年8月20日   岡本全勝

8月6日の日経新聞経済教室「アフターコロナを探る」、星岳雄・東京大学教授の「未来先取りの改革、今度こそ」から。
・・・7月17日、2020年の骨太方針が閣議決定された。「世界が今、大きな変化に直面する中で、我が国は新たな時代を見据え未来を先取りする社会変革に取り組まねばならない」と指摘し、「『新たな日常』を通じた『質』の高い経済社会の実現を目指す」としている。
「大きな変化に直面」しているのは確かであり、これを機会に「質の高い経済社会の実現を目指す」という姿勢は大きく評価したい。しかし、ここ30年ほどの日本経済を振り返ると、大きな変化が「未来を先取りする社会変革」につながったことはない・・・

・・・日本経済は多くの変化に見舞われてきた。バブルの崩壊に始まり、1990年代終盤には金融危機を経験した。その10年後には世界金融危機の打撃を受け、その後東日本大震災も含めて数々のショックがあった。
このような大きなショックに襲われるたびに、見られたのは「新たな日常」のための変革を促す政策ではなく、「いままでの日常」を守るための政策だった。その特徴は雇用を維持するための政策に特によく表れた。それは、新しい状況に適するように、産業の再編や労働の移動を促進する政策ではなく、変化に抵抗して現存の企業を守ることによってその雇用を維持しようという政策だった。

一番わかりやすい政策は雇用調整助成金の制度だろう。75年に遡るこの制度は、変化に対応するための雇用調整を助成するのではなく、抜本的な雇用調整を行わずに休業などにより切り抜けようとする企業のための給付金である。
このような雇用維持の政策から、変化に対応するための労働者の移動を助けるような政策への転換の必要性が訴えられたこともあった。だが実際にはリーマン・ショックなどの大きなショックが起きるたびに、企業保護を通した雇用維持の政策へと逆戻りしてしまった・・・

・・・雇用を維持するために現存の企業を守るという政策は、2つの大きな問題を引き起こす。
一つは、本来は退出して新しい企業にとって代わられるべき企業までも保護してしまうことだ。その結果、先進国の経済成長にとって重要な新陳代謝のプロセスが妨げられる・・・
企業を守ることを通して雇用を守る政策のもう一つの問題は、守られるのが雇用の一部に限られてしまうことである。これは、雇用維持の政策が、終身雇用制度に代表される日本の雇用システムと結びついた結果だ。大企業に働く、多くは男性の正社員の雇用は守られるものの、終身雇用の対象から外れている非正規労働者や中小企業の労働者は守られない。男性と女性で分けると、守られない労働者は女性の方が多い。
さらに、現存する一部の雇用が守られる一方で、まだ雇用されていない若年層の就職機会が失われてしまうという問題もある。玄田有史・東大教授の研究などにより、90年代の日本の経済停滞が始まった時に、守るべき中高年の構成比が高かった事業所ほど、新規採用を止めるところが多かったことが明らかにされた・・・

使い捨て傘、年間8千万本

2020年8月19日   岡本全勝

8月16日の読売新聞科学欄「貸し傘アプリで環境貢献」に、ビニール傘の問題が取り上げられていました。この記事は、スマホを使って傘を借りる仕組みを紹介しています。使い捨てを減らす試みです。

それによると、国内で年間8000万本のビニール傘が消費され、そのうち5000万本が捨てられているのだそうです。この数字には、驚きました。800万本、500万本でも多いと思うのに、一桁違うのです。

しかし、捨てられる本数との差は3000万本です。それが毎年続くと、4年で1億本になります。これも、にわかには信じがたいです。各家庭に、ビニール傘があふれかえりますよね。

憲法を改正できない国

2020年8月19日   岡本全勝

先日で、戦争が終わって75年。その後、新しい憲法を作って、新しい国になりました。その憲法が、一度も改正されることなく、続いています。安定していると言えばそうなのですが。
日本が最古の憲法を持っていることは、知っている人も多いでしょう。日本国憲法より古い憲法を持つ国はありますが、他国はその後に改正しているので、法文としては日本国憲法が世界最古なのです。
第二次世界大戦が終結した1945年から2018年までに、アメリカは6 回、カナダは1867年憲法法が17 回、1982年憲法法が2 回、フランスは27 回(新憲法制定を含む)、ドイツは62回、イタリアは15 回、オーストラリアは5 回、中国は10 回(新憲法制定を含む)、韓国は9 回(新憲法制定を含む)の憲法改正を行っています。国立国会図書館「諸外国における戦後の憲法改正(第6版)

これを、安定しているとみるのか、それとも改正していない、改正できないとみるのか。私は、「改正できない国」と考えています。
日本の政治が安定している、日本国憲法が大まかで改定の必要がないという説もありますが、70年経って社会がこれだけ変わっているのに、全く改正しなくて良いというのはやはり変でしょう。
もちろん、基本的人権、民主主義などの根本は変えることはありませんが、人権の内容や統治の方法などについては、変えるべき点もでてきていると私は考えます。あるいは、憲法を変えなくても不都合がないようにできているのなら、これまた怖いことです。今後、憲法改正をしなくても、かなり重要な変更が可能になるということですから。この項続く