21日に、奈良県知事に呼ばれて、十津川村まで講演に行ってきました。県内市町村長の勉強会です。市町村が直面している課題について、歴史的な背景や、国際的な環境から、お話ししてきました。知事さんをはじめ、皆さん熱心に聞いてくださいました。
十津川村は、高校1年生の時に、和歌山県新宮市で開かれた高校総体サッカー大会から、奈良交通のバスで帰ってくる時に通って以来です。この長距離バスは、大変な旅でした。ヘヤーピンカーブの連続です。最後部に座っていると、カーブではバスのおしりが振って、道路の上ではなく、崖の外を通っている(下は川が流れている)といった代物でした。
40年ぶりに行くと、道路ははるかに良くなっていました。村長さんの案内で、村内をいくつか見せてもらいました。といっても、琵琶湖や淡路島と同じくらいの面積がある、広大な村です。そのほとんどが、急峻な山です。熊野古道が、世界遺産に登録されています。
今週は、月曜と火曜日に自治大学校で講義。水曜日に慶応大学で講義。木曜日に十津川村で講演。さらに、行きと帰りの新幹線では、原稿を執筆。最近は車中では、本を読むか寝るかでしたが、締め切りが迫っているので、そうも言っておられず。携帯パソコンを持ち込み、こつこつと書きました。十津川村の温泉でも、早々と温泉につかってから、執筆。因果な商売だと嘆きながら、パソコンに向かいました。よく働きました(笑い)。明日は、日本大学大学院の講義です。
投稿者アーカイブ:岡本全勝
2010.10.22
20日は、慶応大学での講義。日本経済に占める地方財政の規模や、財政の役割を解説。さらに、地方自治体の収入の概要を説明しました。だんだんと、学問らしくなってきています。
公を支える官以外の主体
10月18日から朝日新聞夕刊の連載「生きている遺産、暮らしの知恵」が、歌や踊りでない無形文化遺産を取り上げています。一つの社会が受け継いできた、技術、制度、対処法などです。
18日は、スペイン、バレンシア平野の水法廷でした。灌漑水路にかかわる訴訟を、農家の代表が裁きます。会員は1万世帯あまり、1000年続く伝統だそうです。この裁判は、司法への市民参加、慣習的裁判所として憲法で認められ、一般の裁判所と同じ効力を持ちます。地域の制度資本ですね。
一方、日経新聞19日の夕刊「ニュースの理由」は、イギリスのキャメロン政権が、大胆な構造改革に取り組んでいることを伝えていました。「大きな社会」を掲げ、中央政府の権限を民間企業や地域社会、慈善団体に委譲します。サッチャー首相が進めた「小さな政府」は、政府の役割を縮小し市場経済に委ねようとしました。これに対し、キャメロン首相は、大きな政府を代替するのは市場ではなく、「社会」「家庭」「個人」としています。「国家対市場」でなく「国家対家庭」の戦いだそうです。
政府が拡大したのは、行政サービスを拡大したこと、そしてその背景には市場の失敗と家庭の失敗を引き受けたことにあります。民営化、民間委託は、政府が行政サービスに責任を持つが、執行は民間企業に任せることです。ごみ集めの民間委託を考えて下さい。
さらに、福祉サービスなどは、家庭や地域社会が担っていた役割を、国家が引き受けました。すると、その仕事を政府から委譲する場合は、相手は企業ではなく、家庭や地域社会、NPOに渡すことは合理的ですね。
民主制の機能、政治エリートの選別
10月17日日経新聞「民主主義を考える」は、宇野重規東大准教授でした。
・・代議制は国民の代表を通じて民意を反映させるためのものだが、同時に政治エリートを選別し、競争させる仕組みでもある。現在はまさにこの仕組みが機能不全を起こし、指導力のある政治家をうまくつくり出せないでいる。
問題は、政治エリートと呼べる人が今の日本にいるかどうかだ。政治学者はこれまで一部のエリートが政治を独占することを批判してきたが、今や批判する相手が見えにくくなっている。
政党が自らの価値観に沿って人材を養成して「さあどうですか」と人びとの前に差し出すのが政党政治だったのに・・ただ首相を替えていくだけでは、遠からず差し出す営業品目がなくなる・・
詳しくは原文をお読み下さい。
近過去の世相、ITバブル
10月17日の日経新聞「検証、ニッポンこの20年、長期停滞から何を学ぶか」は、「育たぬ世界級ベンチャー」でした。
詳しくは記事を読んでいただくとして、1990年代から2000年代前半にかけての「ベンチャーブーム」と、そのピークだったITバブルについて、書かれ ています。若い方は、ご存じないかもしれません。もう10年も経ったのですね。アメリカのシリコンバレーに対して、渋谷にITベンチャーの集積地をつくろ うという「ビットバレー」構想がありました。ベンチャービジネスと、若い企業家がもてはやされました。マスコミも、大きく取り上げました。その後、あれよ あれよという間に、しぼんでしまいました。その多くは、実体の伴わないマネーゲームだったようです。
成功した事業は、たくさん記事や記録が残ります。うまくいかなかった事業は、関係者も口を閉ざし、記録が残りません。このような検証記事は、後に続くものにとって、貴重です。