投稿者アーカイブ:岡本全勝

社会活動家の見た政治の中

2012年4月2日   岡本全勝

社会活動家の湯浅誠さんが、内閣府参与を辞任され、その経験を語っておられます。「ブラックボックスの内部は『調整の現場』だった」毎日新聞3月30日夕刊

・・90年代にホームレス問題に関わっていたころ、社会や世論に働きかけて問題を解決したいという思いはあったが、その先の永田町や霞が関に働きかけるという発想はなかった。
こちらが投げ込んだ問題は、ブラックボックスを通して結果だけが返ってくる。「政治家や官僚は自分の利益しか考えていないからどうせまともな結論が出てくるはずがない」と思い込み、結論を批判しました。
しかし参与になって初めて、ブラックボックスの内部が複雑な調整の現場であると知ったのです。

(ブラックボックスの内部では、政党や政治家、省庁、自治体、マスコミなど、あらゆる利害関係が複雑に絡み合い、限られた予算を巡って要求がせめぎ合っていた。しかも、それぞれがそれぞれの立場で正当性を持ち、必死に働きかけている。)
・・以前は自分が大切だと思う分野に予算がつかないのは「やる気」の問題だと思っていたが、この状況で自分の要求をすべて通すのは不可能に近く、玉虫色でも色がついているだけで御の字、という経験も多くした。
・・政府の中にいようが外にいようが自分は調整の当事者であり、「政府やマスコミが悪い」と批判するだけでは済まない。調整の一環として相手に働きかけたが結果が出ない--それは相手の無理解を変えられなかった自分の力不足の結果でもあり、工夫が足りなかったということです。そういうふうに反省しながら積み上げていかないと、政策も世論も社会運動も、結局進歩がないと思う。
・・物事を解決していくには、複雑なことの一つ一つに対応していく必要があります・・

新社会人の皆さんへ

2012年4月1日   岡本全勝

今日から新年度。東京では、桜も咲き始めました。明日、入社式を迎える新社会人も多いでしょう。大きな期待と少しの不安で、今晩を過ごしておられるのでしょうか。前途に幸多かれと、祈ります。
5年前に娘が社会人になる際に、「社会人の心得」を書いて渡したところ、「自分ができなかったことを、書いたでしょ」と反撃を食らいました(2007年4月2日の項。笑い)。
私も若いときに、先輩からたくさんの「金言」をもらいましたが、ほとんど覚えていません。「ヤカンは熱いですよ」と言われても、触ってやけどをしないとわからないのと同じです。自分で失敗してからでないと、身につきませんね。反省。
と言いつつ、先日、「全勝さんなら、どんな助言をしますか」と問われたので、次のようなことを話しました。いつも、同じことを言っていますが。
一つ、明るく。
これが、職場で気持ちよく働くための、初歩であり全てだと、私は考えています。だいたいのこと、多くの失敗も、これですみます。私はこれで、34年過ごしてきました。
一つ、辛抱。
職場では、意に沿わないことや、腹が立つことも多いです。でも、しばらく辛抱しましょう。これは、私ができなかったことです。
一つ、天地に恥じない行動を。

人様から、後ろ指を指されるようなことをしない。また、人生を終えるときに、神様と自分に対して「私は全力を尽くした」と言える人生を送りましょう。これについては、現在実行中です。
まだまだいろいろありますが、3つ以上は覚えられませんよね。続きは、『明るい係長講座』を読んでください。

被災者生活支援本部、勤務姿の記念

2012年3月31日   岡本全勝

被災者支援本部の勤務姿(平成23年3月)と、復興本部の勤務姿(平成23年7月)を、当時、職員が漫画に書いてくれました。職場の壁に貼ってあります。 記念に、掲載しました。
この表紙に付けてある「フルート中年の似顔絵」と大違いですが、部下職員には、このように見えていたのですね。写真より、状況を伝えているかもしれません(笑い)。(2012年3月31日)
写真は、被災者支援本部のホームページにつけてあったのですが、ホームページがなくなり、国会図書館のサイトで保存されています。

被災者支援本部勤務の頃(2011年3月)、職員が書いてくれた、私の勤務姿です。職場の壁に貼ってありました。大変な頃の思い出です。記念に残しておきます。

次は、復興本部勤務の頃(2011年7月)、同じく職員が書いてくれた、私の勤務姿です。何でもかんでも仕事を引き受け、部下の仕事を増やしていたことを、揶揄したものでもあります。彼らの、ささやかな「抵抗」です(笑い)。
大臣から、「ブラックホール」というあだ名を、頂いていました。「何でも飲み込む」という意味です。さらに、次は何をしなければならないかを、事前に考え取り組んでいました。既存の業務だけでも忙しい職員にとっては、次々と新しい困難な仕事が降ってきて、たまったものではありませんね。ごめん、反省。
でも、被災地の状況を考えると、誰かが対応しなければならないのですから。

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次のような写真もあります。被災者生活支援本部事務局の様子
平成23年7月29日19時15分の職場(復興対策本部事務局)の様子

記者会見、記者の役割

2012年3月31日   岡本全勝

大臣の記者会見に同席していて、気になることがあります。記者の皆さんが、下を向いて一心不乱にパソコンを打っているのです。大臣の発言を、直ちに記事にしているのでしょう。
でも、記者会見の場は、テープ起こしの場ではないですよね。質問をして、その答えに対して次の質問をする(再質問、突っ込みを入れる)。そして政治家の考えや、まだ公表されていない将来に向けての課題や方向を探る貴重な場です。
大臣秘書官や総理秘書官、さらには県の総務部長を務めて、「次はどのような質問が来るかな」「こう答えたら、次はどのように突っ込みが来るかな」と、考える癖が付きました。もちろんこれは、記者会見だけでなく、国会答弁や講演会での質疑応答でも同じです。
記者さんたちが、質問をしない、ありきたりの質問しかしない、答があったらそれで納得して再質問をしない。この状況を見ていると、「おいおい、そんな答弁で納得していてよいのかい」「もっと、こんな質問をしてくれよ」と、がっかりします。
当局側からすると、その方が楽なのですが。一国民としては、「もっと鋭い質問をしてくれ」と思います。それが、政治家の力量を明らかにすることであり、記者の力量を明らかにする場です。会話を通じた「真剣勝負の場」でしょう。国民代表として会見に出席し質問の機会を与えられているのですから、それにふさわしいやりとりをしてほしいですね。もちろん、事前に質問とさらには再質問を、考えておく必要があります。
視線がパソコン画面に向かっている限りは、鋭い質問や再質問はできないでしょう。政治家の表情を読むことも重要です。マイクの横には、ボイスレコーダーを置いているのですから。テープ起こしは後にして、政治家の表情を読み、次の質問を考えた方がよいと思うのですが。どうかな、H記者、H記者、K記者。

福島特別法成立

2012年3月30日   岡本全勝

今日30日に、福島特別法が、参議院本会議で可決成立しました。関係者の方が審議を急いでくださり、3月中に成立しました。ありがとうございます。本会議後、関係議員の方に、お礼の挨拶に回りました。皆さん、一緒に喜んでくださいました。
我が事務局の法制班は、これで1年間に、復興基本法、復興特区法、復興庁設置法、そしてこの福島特別法と、4つの新法を作りました。この少ない人数で、良くやってくれました。職員は、徹夜と休日出勤の連続です。感謝します。

休ませてあげたいのですが。
法律が成立したので、直ちに、福島県と一緒になって、実行に移すための「方針」や「計画」を作る作業に入ります。福島県全域の復興計画と、避難が解除された区域の再生計画です。これは、結構大変です。準備行為は、既に始めていました。
挨拶回りを終えて、18時過ぎに職場に戻ったら、S参事官とS補佐が、「方針案を作ったので、見てください。分量が多いので、土曜と日曜に見てください」といって、どさっと資料をおいていきました。おいおい!