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ライシュ著『コモングッド』

2025年2月13日   岡本全勝

ロバート・B・ライシュ著『コモングッド: 暴走する資本主義社会で倫理を語る』(2024年、東洋経済新報社)を読みました。考えさせられる本です。

著者が言う「コモングッド」は多義的に使われています。良識、共益、公共善の意味でです。著者は、アメリカ社会を支えていたこの良識が失われたことを嘆きます。資本主義の経済も、自由主義・民主主義の政治も、良識がなければひどいことになると指摘します。
規制の範囲内なら何でもやってしまう経営、いえ規制を破ってでも金儲けをする経営。政治も同様です。具体事例、行為者が描かれています。この本が書かれた2018年はトランプ大統領の時代で、彼の行動を批判した書として書かれたようです。

「勝つためなら何でもあり」の政治、「大もうけするためならなんでもあり」の経営、「経済を操るためなら何でもあり」の経済政策が、良き社会や良き経済を壊しました。
1984年と2016年を比較すると、一般家庭の純資産は14%減少しましたが、上位1000分の1の最富裕層が占有する富は、下位90%の人びとの富の総計とほぼ同じです。1972年から2016年の間に、アメリカ全体の経済規模はほぼ倍増しましたが、平均的勤労者の賃金は2%下落しました。所得増分のほとんどが、高所得層に向かったのです。2016年、金融業異界のボーナス総額は、法定最低賃金の7ドル25セントで働く正規雇用者330万人の年間所得総額を上回りました。
1940年代初頭に生まれたアメリカ人の9割は、働き盛りには両親よりも多く稼ぐことができましたが、1980年代半ばに生まれた人で働き盛りに両親より多くの収入を得ることができるのは5割です。(98ページ)「色あせる「アメリカン・ドリーム」

法や規制を破ることは論外としても、その範囲内で人を出し抜くことが続くと、市場経済も民主主義も劣化します。アダム・スミスも、『国富論』の前に『道徳感情論』を表し、共感(倫理)の重要性を指摘していました。
自由主義経済は個人の欲望を解放し、本人とともに社会を豊かにします。しかし野放しにしておくと、とんでもないことが起きるので、会社法や独占禁止法などの規制、他方で消費者を守る規制が必要です。
良識や倫理を捨てた経営や政治は短期的には利益をもたらすでしょうが、長期的には「弱肉強食」の世界になり、経済も市民社会も停滞することになります。

各国の憲法も、共感や倫理や良識が重要とは書いていませんが、それらを当然の前提としています。最低限の決まりを破った場合は刑法が適用されますが、倫理的行為と刑法との間には広い「空間」があります。政治にしろ経済にしろ、それを運用するには、一定の決まりが必要です。しかしそれだけでは不十分で、信頼などの社会共通資本が重要です。同じような民主主義、市場経済の制度を導入しても、国や地域によってその実態や成果には差が出ます。

そして特に政治家、国の指導者となる人には、これまでは高い倫理が求められたのですが。「気になる言葉

霞が関には期待できない

2025年2月13日   岡本全勝

時々紹介している「自治体のツボ」。2月9日は「地方行政にしか期待できない」でした。詳しくは原文をお読みください。

・・・行政に関心があるのなら、中央省庁を分析すべきではないかと思わないこともない。だが、霞が関は期待できないと感覚的につかんでいる。優秀でユニークな官僚はたくさんいるが、ひとつの省庁の枠を超えられる人はほとんどいない。

省益を軽々と飛び越え、政治としっかり議論し、国民のニーズに即した政策を打ち出す。霞が関の住人はそれができない。省益に縛られ、政治には面従腹背、最大多数の国民とズレた政策を打つ。借金も減らせず、閉塞感を打破できない・・・

締め切りがないと進まない

2025年2月12日   岡本全勝

総武線を往復する本と資料」の続きにもなります。
家と職場の机の上に、本と資料が溜まっています。読みたい、読まなければと思って取ってあるのですが、なかなかその時間が取れません。

時々、その「山崩し」をやります。
「おお、こんな資料もあったよな」「これは、読もうとしたんだ」と思い出しつつ、関心が薄れた資料は斜め読みして捨てます。本当はゆっくりと読みたいのですが。時には、連載やホームページを書くために取っておいた資料が見つかることがあります。

なぜ、資料は溜まって、整理されないか。それは、締め切りがないからです。原稿は締め切りが来るので、いやおうでも、書き上げなければなりません。追い込まれるのです。ホームページの記事は、毎日ほぼ2つを載せています。書きやすいのから載せるので、少しでも複雑な題材は後回しになります。反省。

『明るい公務員講座』で、仕事の進行管理と期日の決まらない仕事の進行管理を書きました。仕事なら追い込まれるのですが、そうでない「勉強」は、仕事のようにはいきませんね。

色あせる「アメリカン・ドリーム」

2025年2月12日   岡本全勝

1月19日の読売新聞、大塚隆一・編集委員の「色あせる「アメリカン・ドリーム」「「親より豊か」遠のく白人労働者/低成長時代へ 格差の是正必要」から。

・・・主要先進国の政権が次々と交代を迫られている。共通する要因は物価高への不満だが、底流には「子は親より豊かになれる」「明日は今日より良い生活が送れる」とは限らなくなった現実がありそうだ。様々なデータを手がかりに米国と世界の現状や問題の背景について考えてみた。

まずトランプ氏が大統領に復帰する米国の状況を見たい。
最初に紹介したいのは左上の二つのグラフだ。どちらも米ハーバード大の経済学者であるラジ・チェティ教授のチームが作成した。
二つのうち左側は成人後の子供が親の所得を超えた割合を示している。発表は2016年と少し古いが、話題を呼んだグラフだ。インフレの影響を除いた30歳時点の所得を親と子で比べている。
ご覧の通り、1940年生まれの子供は約9割が親の所得を超えた。その後、親より豊かになった子供の割合は減り続け、80年代生まれだと約5割に落ち込んだ。
このグラフを含む論文のタイトルは「しぼむアメリカン・ドリーム」。まじめに働けば、親より豊かになれる。家を買って子供を育てられる。老後も心配はない。そんなモデルが色あせてきていることを象徴するグラフとされた。
80年代以降に生まれた世代については親の所得を超える割合が再び増え始めたとする調査結果もある。問題はそれが幅広い層に等しく行き渡ってはいない点だ。

・・・このうち人種別の所得に注目した調査結果が右隣の二つ目のグラフだ。こちらは昨年発表された。ここでは子供世代の成人後の年間所得が1978年生まれから92年生まれまでの間にどう変わっていったかを調べている。分かったことは二つある。
まず親が低所得の白人と低所得の黒人の場合、成人後の年間所得の差は約1万3000ドルから約9500ドルに縮まった。次に親が高所得の白人と低所得の白人を比べた。すると所得差は約1万400ドルから約1万3200ドルに広がっていた。貧しい白人は貧しい黒人に差をつめられる一方、豊かな白人には差を広げられたわけだ。
チェティ教授は「人種間の格差は狭まり、階級間の格差は広がったことになる」と指摘する。

・・・「子が親より豊か」になる割合が減り、「米国の夢」がしぼんできた要因は二つある。経済成長の鈍化と格差の拡大である。
世界経済の成長率は左下のグラフで分かるように1960年代をピークに減少傾向に転じた。米国も同じ流れである。格差の拡大は右下のグラフから明らかだ。米国では90年代に上位1%が占める所得が下位50%を超え、差は広がり続けてきた。
他の先進国の格差は米国ほどひどくない。だが低成長に加えて高齢化もあり、豊かな暮らしを支えてきた年金や医療などの制度にほころびが出始めている。
今後は新興・途上国も低成長・高齢化時代を迎える。米国とともに国の指導者が「夢」を語るもう一つの大国・中国も成長の鈍化と格差の拡大に直面している。

では「夢」に与える影響は低成長と格差のどちらが大きいのか。
チェティ教授は米国のケースについて、「20世紀中盤の高成長+今と同じ大きな格差」と「今と同じ低成長+20世紀中盤の小さな格差」という二つの前提条件で模擬計算している。それによると、子が親の所得を上回る率は「高成長+格差大」だと62%にとどまった。これに対して「低成長+格差小」は80%まで上がったという。
教授はこの結果からアメリカン・ドリームの実現が難しくなってきたのは低成長よりも格差、すなわち「成長の果実の不平等な分配」が主因で、富の広範な共有が必要だと結論づけた。この主張はノーベル経済学賞を昨年受賞したサイモン・ジョンソン米マサチューセッツ工科大教授が説く「包摂的な資本主義」などとも重なる・・・

部下と戦う上司

2025年2月11日   岡本全勝

頭が良くて仕事ができるのですが困った上司に、部下と戦う上司がいます。

部下が上げてきた案を、細かく詰めます。それは案を良いものに仕上げるには、必要なことです。ところがその上司は、欠点の指摘をするのですが、それ以上の助言をしないのです。すると、わからない部下は、何度説明に行ってもその上司の了解を得ることができず、仕事は前に進みません。
また、部下を叱る上司もいます。「なぜこんなことができないのか」と言ってです。上司は自分が経験してきたことを基に、それと同じことができない部下を叱ります。

これは、上司が部下と同じ「平面」に立って、対等に戦っているからです。
部下は多くの場合、上司より経験が少なく、仕事の能力も劣ります。その部下を指導して育てることも、上司の任務です。
部下が考えた案について、欠点を指摘することは必要ですが、部下が難渋したらそれを助けるのが、上司の役割です。しかも急ぎの仕事なら、差し戻しを繰り返す時間はないはずです。

部下を叱る上司も、同じです。なぜ、部下はあなたのようにはできないのか。できたら、その部下が上司の席に座っているでしょう。
達観した上司は、仕事のできない部下を叱りません。「叱ったところで、仕事が進むわけではないわ」と考えるのです。それよりも、早く仕事を進めるにはどうしたらよいかを考え、次回は部下ができるようにするにはどのように指導するのが良いかを考えます。