投稿者アーカイブ:岡本全勝

鎌田浩毅著『大人のための地学の教室』

2025年2月15日   岡本全勝

鎌田浩毅・京大名誉教授が『「地震」と「火山」の国に暮らすあなたに贈る 大人のための地学の教室』(2025年2月、ダイヤモンド社)を出版されました。

宣伝文には、次のように書かれています。
「東日本大震災によって日本列島は地震や火山噴火が頻発する「大地変動の時代」に入った。その中で、地震や津波、噴火で死なずに生き延びるためには「地学」の知識が必要になる。本書は、京都大学名誉教授の著者が授業スタイルの語り口で、地学のエッセンスと生き延びるための知識を明快に伝える」

いつもながら、わかりやすいです。400ページを超える本ですが、1800円(税抜き)です。今時、この値段でこれだけの内容の本は、めったにないでしょう。

後書きに、産業技術総合研究所の地質図が紹介されています。その一部(大分・熊本県境の宮原地域)は、鎌田先生が若き日に実査をして作られたとのこと。縮尺5万分の1の地質図を1枚作るのに、15年間没頭されたのです。

増えた大卒、希望する職とのずれ

2025年2月15日   岡本全勝

1月20日の日経新聞に「増えた大卒、職とミスマッチ 「事務希望」は17万人過剰」が載っていました。

・・・製造や建設などの現場が人手不足に苦しむ一方、"人手過多"となる職種が生まれるミスマッチが起きている。特に事務職は求職者が求人を17万人上回る。ここ30年で高卒就職者は7割減ったのに対し、大卒就職者が4割近く増えたことが一因だ。成長に必要な労働力を確保するには、働き手を増やすだけでなく求人と求職者のズレを埋める必要がある。

厚生労働省がハローワークの状況をまとめた一般職業紹介状況(24年11月、パートを除く)によると、「建設・採掘」は求人が11万2千人で求職者(1万8千人)の6.2倍、ドライバーなど「輸送・機械運転」は2.4倍、製造などの「生産工程」は1.7倍に上る。情報・通信技術者や看護師など「専門的・技術的職業」も2.1倍だ。
対照的に大卒文系の多い「事務」は求職者が30万5千人と求人(13万3千人)を大きく上回る。

背景には過去30年で新卒就職者の学歴構成が大きく変わったことがある。
学校基本調査によると、24年に就職した高校(全日・定時制)新卒者は12万9千人で1994年の45万9千人から7割減った。高卒は製造・建設業などの人材供給源だったが、同分野への就職者は直近で6万人程度と30年前に比べて6割減った。団塊の世代が2010年代に65歳以上となって退職が相次いだ影響もあり、人手不足が深刻化した。
大学新卒者は45万2千人で30年前(32万5千人)より4割近く増えた。以前から多かった専門職や事務職に加え、販売職やサービス職も増え進路が広がったものの、製造業や建設の現場を選ぶ人は少ないままだ。
きついイメージのある職が敬遠されやすいほか、賃金面の要因もあるとみられる。賃金構造基本統計によると、専門職の39万1千円、事務職の33万円に対し製造現場など「生産工程」は30万2千円となっている。

・・・労働需給のギャップは一段と開く。リクルートワークス研究所の推計で、ドライバー(輸送・機械運転・運搬)は40年に99万8千人が不足。413万2千人の必要人数に対し不足率が24%に達する。建設は65万7千人で不足率は22%。生産工程は112万4千人で同13%だ。

・・・相次ぐ大学や学部の新設もズレを広げた。大学数は1974年度の410校から2024年度は813校になり、学部数も2倍以上になった。
金子元久・筑波大特命教授(高等教育論)は「1960年代以降、法学や経済学、商学など比較的に低コストの分野の学部が増えた。企業側は採用後に自ら訓練するのが前提だったので大学での教育内容を問わなかった」と説明する。
少子化による生産年齢人口の縮小が進むなか、個々人の知識や技能、能力などを最大限引き出す「人的資本経営」の考え方が広がる。社会・経済に必要とされるのはどんな人材で、どう育てるのか。限られた働き手を生かすには、教育界と企業が向き合い"昭和型"の人材育成から脱却することが求められている・・・

ペットボトルキャップ運動

2025年2月14日   岡本全勝

ある事業所で聞いた話です。
自動販売機を設置してあるのですが、利用者が飲み残しをペットボトル回収箱に入れてしまうことがあります。業者が回収する際に、液体が飛び散り周囲のものが汚れる被害が出るそうです。
解決策として、キャップを外してペットボトルを回収箱に入れてもらう方法を考えました。ペットボトル回収箱のほかに、キャップ回収箱を置くのです。
そして、認定NPO法人「世界の子どもにワクチンを日本委員会」の支援活動『ペットボトルキャップ運動』へ参加することにしたそうです。

利用者の協力が得られれば、効果的な方法ですね。うまいことを考える人がいるものです。

世界でも珍しい日本の国会

2025年2月14日   岡本全勝

1月22日の朝日新聞オピニオン欄、野中尚人・学習院大学教授の「日本の国会、変われるか」から。

―日本の国会審議は、国際標準とは異なるのですか。
「1955年の保守合同で自民党や55年体制ができて以来、日本の予算案や法案は基本的に政府が与党の事前審査を受けて提出してきました。特に与党議員には賛否を縛る党議拘束もあり、いったん国会に提出するとめったに修正されず、審議が尽くされていなくても半ば自動的に可決されてきました。そうした自国の国会のあり方については知っていても、それが世界の民主主義国と比べてどうなのかは、国会議員や官僚もあまり知らないのではないでしょうか」
「たとえば、国会の本会議は日本では年60時間ぐらいしか開かれませんが、欧州諸国の議会では年1000~1200時間が標準です」

――日本の20倍とは……。
「ほら、そう感じるあなたも、日本の政治にどっぷり漬かってマヒしているんですよ。欧州だけでなく、台湾や韓国などどこに行っても、日本の国会本会議は年60時間だと言うと『それで議会と議員が役割を果たせているのか』と驚かれます」
「国際標準では、議員全員が参加できる本会議での全体討論が重要です。まず本会議で大きな枠組みを討論した上で、委員会で論点整理して議論を精緻にした後、また本会議に戻って十分に全体討論してから採決します。つまり、日本のように委員会に事実上任せるのではなく、全員が意見を言える本会議で全体討論する機会を確保するのが当たり前なんです。委員会はもちろん大変重要ですが、あくまで下準備なんですよ」
「だから審議時間は、重要法案を委員会で30時間やったら、大体そのあと本会議で50時間ぐらいやる感じです。ドイツでは委員会審議が重視されており、ほかの欧州諸国より本会議は短いですが、それでも年600時間と日本の10倍です」

―それだけ時間をかけて議論するということは、予算案が国会で修正されることも海外では当たり前なのですか。日本では28年ぶりでしたが。
「充実した議会審議の仕組みがある場合、政府提出の予算案が全く無傷で通るなんていうことは、ほとんどありません」
「ドイツでは、年によって増減はありますが、予算額全体の5%ぐらいが議決を経て修正されます。英国は、実は政府の主導権が極端に強い例外なのですが、それでも近年は議会の与党から注文がつけば、それに応じて政府が修正するパターンが増えています。欧州だけでなく、かつては政治制度上も日本の影響が強かった同じ東アジアの台湾や韓国でも、国際標準的な予算審議が行われています」

――具体的に、どのように予算案は審議されるのでしょう。
「まず議員への説明は、我が国のように与党の事前審査が先行するのではなく、議会プロセスに入ってから、与野党合同で行われることが多いです。当然、質問や意見交換がありますが、その後が重要です」
「どういう項目にどういう修正を要求するか、個々の会派や議員レベルで、項目ごとに修正案をつくります。昨年、調査に訪れた台湾で聞いたら、毎年700項目ぐらいの予算の項目のうち、相当な数のものについて修正要求が出てくるとのことでした。『これは絶対ダメだから削れ』とか、『この項目は実態を説明するレポートが出るまで凍結だ』といった具合です」
「本会議(台湾)か予算委員会(韓国)で最初に予算全体を議論した後、それぞれの常任委員会で各分野の予算を項目ごとに議論しているわけです。たとえば農林水産予算は、農林水産委員会で『この項目については、こういう修正要求が出ていますが、ほかに意見のある方はいませんか』などと、議会を挙げて1カ月ぐらいかけて項目ごとに議論し、そして項目ごとに議決していきます。もめる場合には『党団協商』(台湾)や予算委員会(韓国)で調整し、最後は本会議で討論のうえ、最終的に投票で決着をつけます」
「台湾の党団協商も与野党間の交渉のチャンネルですが、議会の公式の制度であり、いわば『表』のプロセスです。大事なことは、具体的な予算項目について公の場で議論をして、誰がどんな意見を出して予算案がどう変わったのか、あるいは変わらなかったのかが、公的な記録に残るということです」
「どの議会も、予算案は3カ月ぐらいかけてしっかり審議しています。それから考えると、日本の国会は本当に予算審議をしているといえるでしょうか」

―国会の本来の役割とは。
「国会の本質的な特徴とは、議論をした上で、社会の全構成員を拘束するルール、つまり法をつくれることです。話し合いをする組織自体はほかにもたくさんありますが、それらとは根本的に違うのが、まずそのことです」
「もう一つ、そのために意見や立場の異なる人が公開の場で討論をすることが、私は決定的に重要だと考えています。ところが日本の国会は55年体制が成立して以降、与野党による討論が実質的に行われていません。野党が政府を監視する、という重要な機能を果たしてきたことは忘れてはいけませんが、与野党の討論や熟議の場としては、役割を果たしていないと思います。これらは法律ではなく、戦後の55年体制の中で与野党でつくってきた、政治的慣習によるものです」
「日本の戦後を考えたとき、私は、自民党が与党であり続けてきた国会が本来果たすべき仕事をしてこなかったのに、民間・国民の努力と創意工夫で経済発展を遂げ、豊かさを蓄えてこられたのだと思っています。与党は公共事業や補助金の配分をコントロールすることが権力の源泉とされ、右肩上がりの時代には、それがうまく機能した面もあったでしょう。しかし、この20年以上、その蓄えを様々な分野で食いつぶしているのではないでしょうか。そして与党の政治家は、何か都合が悪くなったり批判を受けたりすると、官僚を悪者にする傾向を強めてきました」