投稿者アーカイブ:岡本全勝

花形でない部署での経験

2025年2月18日   岡本全勝

1月21日の読売新聞「経営者に聞く」は、井川伸久・日本ハム社長でした。

・・・同じ食肉事業本部でも、国内ポークや輸入ビーフの担当者は入社2年目や3年目で数千万円、数億円の商売をします。惣菜課の僕は工場でモツを煮たり、スーパーで店頭販売をしたり。主任になるのも、彼らより遅かったですね。
でも、ほったらかしで何でもやらせてもらえた点は良かったです。誰も仕事を教えてくれないから、売り上げを上げる方法を自分で考えるしかありませんでした。「失敗しないレール」に乗ったエリートの人たちとは違い、失敗だってしました。

そんな環境だったので、上司にも「これは違う」「こうした方がいい」と好き放題言っていたら、営業部門へ異動になりました。2013年に関西フードサービス部の部長に就任した時、50歳を過ぎていました。商売相手は外食チェーンなどで、一度も経験のない現場営業です。
ここで工場勤務の経験が生きました。同じような商品を他社からうちに切り替えてもらうには、価格を下げる必要があります。たとえ買ってくれても、値下げすればもうかりません。だから、全く新しいメニューを提案しました。
僕は工場や原材料のことがわかっています。だから「今この原料は安いやろ」「これを20トン分作ってよ」と、工場と話ができるわけです。提案したメニューを採用してくれれば、相手にもうちにもメリットがあります。そうした手法をどんどん広げました。

加工事業本部長に就いた時は業績回復が課題となっていて、僕は「シャウエッセン」に目を付けました。23年度で746億円売り上げた看板商品ですが、「ボイルを推奨」などの社内ルールがあり、味も1種類だけでした。
なぜボイルにこだわるのか、なぜトレンドのチリ味を出さないのか、疑問に感じていました。看板商品なので変えにくかったのでしょう。僕は、売れなかったらやめたらいいだけだと割り切りました。社内で根回しをすると、思った以上に反対されました。
味自体を変えると反発が強いため、まずシャウエッセン入りピザを発売しました。ボクシングでいえば、ジャブを打ったわけです。それで翌年にはホットチリ味を出しました。この作戦がはまって利益がピューッと上がると、社内の雰囲気が変わりました・・・

中央省庁の定員管理

2025年2月17日   岡本全勝

季刊『行政管理研究』2024年9月号に、長屋聡・元総務審議官が「中央省庁改革以降の行政改革施策について(その2)」を書いています。紹介が遅くなってすみません。

その「はじめに」にも書かれているように、政府の機構や定員の膨張抑制は、長年、継続的に取り組まれてきたのですが、近年その解説がなかったのです。この論考は、その点で価値の高いものです。
定員合理化計画は、1968年以降、2025年度から始まる第15次計画まで続けられています。合理化計画で政府全体で定員を削減して、それを財源として必要な部署に割り当ててきました。よって、合理化計画の削減目標(多くは5年で5%~10%削減)が実行されても、他方で増員が認められるので、純減数にはならず、増える場合もあります。

このような努力によって、食糧事務所、林野、運転手などの分野で大きく削減し、それを財源として新しい分野に振り返ることができました。しかし、私も何度か書いているように、日本の公務員数は世界各国の中でも、極めて少ないのです。そして長期にわたり定員削減を続けてきたので、もはや限界に来ています。いえ、削減しすぎたと言えるでしょう。
他方で、東日本大震災対応、こども家庭庁、デジタル庁、新型コロナ対策など新しい行政分野での増員が必要なっています。ワークライフバランスを進めると、実労働時間が減り、その隙間を埋める必要も出てきます。それで、2019年度以降、政府全体では純増になっています。

組織管理の経過と考え方も書かれていて、有用です。
また同号には、植竹史雄・内閣人事局主査に「国の行政機関の機構・定員管理に関する方針の一部変更について」も載っています。

「その1」(2024年3月号)は、小泉内閣から岸田内閣を対象として、その間の行政改革の取り組みを整理しています。「第二次臨調以降の行政改革施策」(1、2)に続く、行政改革・行政管理の記録です。

日本政治で「第三極」に見えるもの

2025年2月17日   岡本全勝

2月13日の朝日新聞オピニオン欄は「「第三極」って?」で、砂原庸介教授の「政党の対立軸、なお不明確」が載っていました。

・・・いまの日本政治で「第三極」に見えるものは、議院内閣制のどの国でも起こりうる、過半数を得た政党がない「ハングパーラメント」と呼ばれる状態です。小選挙区制であっても、2大政党に集約されるのは、非常に限定された条件でしか起きないのです。
衆院で比較第4党の国民民主党が「第三極」とされますが、こういう政党が力をもつのは珍しくありません。議席数の関係と、政策的に自民党に近いのでピボタル(かなめ)政党になりやすい。その位置取りと、対立軸を作るような「極」は少し違う気がします・・・

・・・どちらに転ぶかわからない状態というのは、有権者の政党や政治に対する期待が「制度化」されていないことを意味します。政治のあり方が、政党などの組織ではなく、政治家個人というアクターに依存する状態になっている。これはいいことではないと思います。
いまの日本では、政党の対立軸が明確ではありません。安全保障政策などの伝統的な左か右かの対立軸はありますが、それ以外の対立軸が何なのか、社会的な合意がない。だから、「第三極」といっても、政策的にどう位置づけられるのかがはっきりしない。
求心力を持つ「極」が生まれる背景には、複数の政策の対立軸があると思いますが、日本ではそうでもない。社会が多様化しているのなら、政策や政党も多様化しそうですが、必ずしもそうはなっていません・・・

ただし、この記事は「3」についての議論で、国際的な第3極、二元論と三元論の違いと並べてあります。それぞれに興味深いのですが、焦点が絞りにくくなっているようです。

発掘された書類

2025年2月16日   岡本全勝

行政学者さんの研究会で、私の官僚経験を話すことを続けています。昔のことは忘れていますねえ。失敗や酒の場で繰り返し話していたような出来事は覚えているのですが、このような記憶も加工された形で覚えているようです。
残っていた手帳「40年間の手帳」、書いたもの、載った新聞記事の切り抜き(スクラップブック)などを引っ張り出して、思い出しています。2002年以降は、このホームページにも記録があります。

それらのほかに、省庁改革本部などは、当時つくった資料が封筒に入って、それらが段ボール箱に入って残っていました。忘れていたのですが、書斎の段ボールを開けてみたら、いろいろと残っていました。
もっとも、パンドラの箱を開けたようです。いずれ整理するかと考えて放置してあったので、整理されていないのです。読み返すのも、一苦労です。右上に作成年月日を書くようにしていたので、いつのものかはわかります。ただし前後の流れがわからないものもあり、解読が必要なのです。
それでも、よく残っていたものです。このような機会がなければ、二度と引き出さずに捨てたのでしょうね。いくつか、「ここにあったんだ」というような資料も出てきました。

余談ですが、文化庁が主催する「発掘された日本列島展」という展覧会があります。私は好きで、毎年のように足を運んでいます。

「高卒男子を囲い込む」政策の失敗

2025年2月16日   岡本全勝

朝日新聞ウエッブに「地方移住6年、劇作家平田オリザさんが語る「妻ターン」する街の所作」(2月2日)が載っていました。

日本の人口は減少を続け、現役世代が2割減る「8がけ社会」へと向かいます。その影響は真っ先に地方に及びます。劇作家の平田オリザさん(62)は芸術文化観光専門職大学の開学に関わったことを機に、2019年から活動の拠点を東京から大学のある兵庫県豊岡市に移しました。「アートと大学で、人口減に歯止めをかける」と話す平田さんに聞きました。地方は輝きを取りもどせますか――。

――地方の人口減少の背景に、若者世代の都市への人口流出があります。豊岡も例外ではありません。

日本の地域振興策はこれまで「高卒男子を囲い込む」政策でした。企業や公共事業を誘致し、地元に雇用を生む。当時の親の殺し文句は「車を買ってやるから残れ」でした。
男子を囲い込んでおけば、女子は地元の企業や役所で4~5年働いて、結婚・出産をするだろうという考えがあった。昭和はこれがあまりにも成功したため、平成の間、多くの自治体は思考停止に陥ってしまった。いまだに工業団地を作り、企業を誘致すれば、人口が増えると思っているわけです。
しかし、その間に何が起きたか。4年制大学への女子進学率の上昇です。豊岡で言えば、神戸や大阪や京都、あるいは東京で刺激的な4年間を過ごすことになる。そうした女性に「豊岡へ戻ってこないか」という問いかけは、18歳の男子に「地元に残らないか」と言うのと、質が違うんです。
若い女性は雇用がないから帰らないわけではなく、街が面白くないから帰らない。どうやって戻って来たくなる街を作るかが大事になるわけです。

――ここまでの取り組みを振り返って、人をひきつけることはできていますか。

アートセンターは国際化する城崎のシンボルになりました。20年から始めた豊岡演劇祭も規模が拡大しています。昨年の自由公演の申し込みは200件超。海外からも応募がありました。世界のダンスシーンでは、城崎・豊岡の名前が徐々に広がっています。
城崎温泉自体も、旅館の内装が洗練されたり、ブックカフェなどのおしゃれな飲食店が誕生したりと、イメージが良くなってきています。豊岡の市街地はまだまだ空き店舗がありますが、若い感性によるカフェなどができてきています。街並みの変化は、「戻って来たくなる街」に少しずつ近づいています。豊岡にUターンした人たちからよく聞くのが、「10年前に地元を出た時と豊岡が様変わりだ」「昔はつまらない街だったけど、今は色々なイベントが開かれ、都会と遜色がない」といった声です。最近、豊岡で増えているのが「妻ターン」です。

――UターンでもIターンでもなく「妻ターン」ですか。

豊岡を離れた女性がパートナーを連れて帰ってくるケースです。これまで故郷に戻る場合、夫の実家が多かったですが、夫婦で議論をした上で豊岡が選ばれています。
もちろん仕事があるから帰ってくるわけですが、決め手は「豊岡が面白くなってきた」ことだと思います。子育てしやすく、教育が充実した環境は当然ですが、そこにおしゃれな店ができたとか、演劇祭が始まったり大学ができたりして活気がでてきたというのが「戻って来たい」につながっています。