投稿者アーカイブ:岡本全勝

南相馬市、新しい段階へ

2017年12月4日   岡本全勝

今日は、南相馬市役所で、復興の課題を議論しました。小高区(市の南部)に出ていた避難指示が、昨年夏に解除されました。約3割の住民が帰還し、平常の生活が戻りつつあります。
市長は、「復興から発展へ、段階が進んだ。進めたい」とおっしゃっています。同感です。避難指示が解除されたことで、次の段階に入りました。また、課題も変わりました。
産業や商業など、まだ元に戻っていないものもあります。医療や介護なども、従事者が不足して、完全には再開していません。これらも、順次解決していきます。

しかし、元に戻すだけでは、次への発展がありません。
津波と原発事故という災害は、大変な被害をもたらしました。しかし、それからの復興を機に、新しい町を作ろうという挑戦が、多くの地域で行われています。
市長は、その際に「住民が主役になる必要がある」と主張されます。この点も、同感です。国も参加しますが、自治体と住民の取り組みが重要です。
市町村が、かつてない復興に取り組んだ経験は、大きな財産です。案を作り、住民の意見を集約し、国や関係者と協議して、実現していく。これだけ「大きな事業」を成し遂げた市町村は、日本中でも珍しいことです。これを、新しい街づくりに生かしてほしいです。

論文・復興に関する税制特例

2017年12月3日   岡本全勝

月刊誌『地方財務』12月号に、小栁太郎・前復興庁企画官の「東日本大震災に対する税制上の措置とその特徴」が載りました。
この大震災は過去に例のない規模のもので、発災直後から、法律改正を含めいくつもの税制の特例がとられました。
本稿は、それらの措置を時系列で整理するとともに、課題の変化に応じて何が必要だったかを分析してあります。被災者の税の減免の他、今回の特徴だった、復興特区税制、財源確保税制、原発事故特例も取り上げてあります。
年表と「時間の経過、課題の変化、税制上の措置を整理した表」がついています。これは、わかりやすいです。

たくさんの措置を整理するには、大変な労力が必要だったと思います。
将来への良い記録にもなります。ありがとうございます。

連載を振り返って10

2017年12月2日   岡本全勝

千里の道も一歩から
初級編が35回、中級編が42回。2年間にわたる連載でした。こんなに続くとは、思っていませんでした。

毎週締めきりが来るのは、けっこうな負担でした。鞄に書きかけの原稿を入れておき、新幹線の中や仕事の合間に、思いついたことを書き、書いた文章に手を入れました。土曜日曜には、朝起きて机に向かい、文章を練りました。
水前寺清子さんの「365歩のマーチ」でいえば、「一日一歩、三日で三歩」です。書いている途中で気が変わり、大幅に書き換えることも度々ありました。すると、「三歩進んで、二歩下がる」でした。

参考になるお手本がないことは、しんどかったです。「経験者なら分かっていることばかりだ」と言われれば、その通りです。でも、それを整理し活字にすることが、難しかったのです。いろんな本を読みましたが、それらをお手本にせず、一から書き下ろしました。

さて、これで初級編(一般職員向け)と中級編(課長向け)が、ひとまず完結しました。もちろん、私の書いたことが必要な知識のすべてではなく、また私とは違った考え方もあるでしょう。私の文章を基に、付け加えてもらえればうれしいです。

単行本『明るい公務員講座』に続き、本になっていない分を単行本にするべく、作業をしています。出版のめどが立ったら、お知らせします。

慶應義塾大学、地方自治論Ⅱ第9回目

2017年12月1日   岡本全勝

今日は、慶應大学で地方自治論Ⅱの第9回目でした。
地方交付税の果たしている機能について、説明しました。あわせて、戦後日本の発展について、政府の政策と効果についても。
1950年代以降、工業化の進展と経済成長にしたがって、太平洋ベルト地帯への人口集中が進み、過疎と過密が進みました。また、商工業と農業との所得格差も。
政府は、産業政策(米の買い支え、工場再配置)と、公共政策(公共事業、国庫補助金、地方交付税による均霑化)を行いました。これによって、地方でも働く場を確保することとともに、全国各地で一定水準のインフラと公共サービスを提供しました。しかし、過疎と過密を解消することはできませんでした。

もっとも、交付税による財源保障と財政調整がなければ、豊かな地域と貧しい地域で、もっと大きな差がついていたでしょう。
中国やアジアの国の政府関係者が、日本の交付税制度の勉強に来られ、説明したことを思い出します。彼らにとっても、切実な課題だったのです。「これらの政策で、どの程度成功したのか」とか「日本は、このほかに人口移動を制限していないのか」という質問もありました。

その後、国際化でこのような産業政策は無理になり、財政の逼迫で公共事業も削減が始まりました。
バブル崩壊とアジアの追い上げで、日本は、産業・経済・社会で新しい局面に入りました。その転機が、1990年~2000年代でした。社会の変化や国際化が、経済と財政に影響を及ぼすこと、そして行政の役割が変わることも、話しました。
教科書に書かれていない話、視野の広い話なので、学生からは「おもしろかった」との評価をもらいました。