投稿者アーカイブ:岡本全勝

近過去を知る「平成の100人」

2017年12月19日   岡本全勝

月刊誌『中央公論』2018年1月号の「平成の100人」が勉強になります。政治、経済、社会・事件、文化、科学、スポーツの6分野で、それぞれ2人ずつの有識者が、平成を人物で表現するのです。科学では、鎌田浩毅・京大教授もでておられます。最後に、猪木武徳先生と北岡伸一先生による、総括的な対談が載っています。
「他にも、こんな事件もあった。このような見方もできる」という思いもありますが、短い紙面では、ないものねだりですね。

平成とは何だったかを問う、あるいはこの30年は何だったかを問う、良い試みです。
元号で時代が変わるわけではありません。昭和という時代が、戦前と戦後で全く違うものでした。平成も、バブル、その余韻、バブル崩壊と金融危機、そこからの脱出の試みと、いろんな経過をたどりました。しかし、平成という時代は、バブル崩壊とそこからの立ち直りの試みという時代に重なります。
その際に、特に、日本の政治と経済は何を目指したのか、そしてどれだけ成功したのか。その視点が重要でしょう。
近過去を知ることは難しいです。毎日のニュースはすぐに忘れます。つい最近のことは、本や教科書では整理されていません。このような雑誌記事や新聞の特集が役に立ちます。

ところで、56ページに、次のような、斎藤環・筑波大教授の発言があります。
・・・震災は様々な迷走を生むばかりでしたね。私が驚いたのは、国の原子力保安検査官が全員、現場から逃げ出したこと。しかも誰も処分されていない。信賞必罰が成立していない日本型組織の典型です。こういう組織に原発は任せられないことが露わになったと思うのです・・・

砂原庸介教授、国政と地方政治の関係

2017年12月19日   岡本全勝

昨日、砂原庸介教授の大佛次郎賞受賞を紹介しましたが、今朝(12月19日)の日経新聞経済教室「二大政党制を考える」で、「首長党の出現で競争激化」を論じておられました。
・・・民主党が衰退する一方で、10年代に存在感を増したのは地方自治体の首長が結成に深く関わる「首長党」ともいうべき地方政党だ。特に注目されたのが、橋下徹氏が率いて大阪府議会で過半数の議席を獲得した大阪維新の会、河村たかし氏が名古屋市議会のリコール(解散請求)の過程でつくりだし市議選で躍進した減税日本、そして小池百合子氏の下で東京都議選で大勝した都民ファーストの会だ。
これらの地方政党は日本維新の会、日本未来の党、希望の党という国政政党に関与する形で衆院選に候補者を立てた。だが野党第1党だった民主党・民進党に代わり、自民党に対抗する二大政党の一つになったわけではない。むしろ野党勢力を分裂させて、衆院選での自民党・公明党の大勝を助けたとの批判もある・・・

・・・現状を考えると、以前の民主党のように都市部で野党が育つのは難しい。乱立する地方政党は都市一般というよりも特定の自治体の利益を重視する傾向があるし、自民党が以前と異なり都市を重視する政策を打ち出していることもある。他方で、実績のない野党が安定して自民党を支持してきた農村部から支持を広げるのは困難が大きいだろう。
野党が分裂の困難を抱え自民党が大勝しやすい理由は、小選挙区比例代表並立制という選挙制度の効果だけではない。地方の政治制度が、都市部でのみ政党間競争を激化させ、農村部で自民党の優位を維持するように作用していることが大きい。自民党に対抗する野党が政党名で選挙を戦えず、それが可能な地域では首長党の参入が脅威になる。
現在の地方議員は当選に必要な得票数が少なく、それゆえに地域の個別的利益を志向しがちだ。個人ではなく、政党を単位として当選のためにより多くの有権者の支持を必要とする制度が求められる。政党が首長とは異なる地方の集合的利益を掲げ、それを軸に政党の名前で選挙を戦えれば、政党の支持基盤の安定に資するだけでなく、地方政治の活性化をもたらすだろう・・・

砂原庸介教授、大佛次郎賞受賞

2017年12月18日   岡本全勝

砂原庸介・神戸大学教授が、第17回大佛(おさらぎ)次郎論壇賞、を受賞されました。『分裂と統合の日本政治――統治機構改革と政党システムの変容』(千倉書房)です。
・・・二大政党制を目指した政治改革が行われたはずなのに、なぜ実現しないのか。本書はその原因を「地方」の政治ログイン前の続きや選挙のありようの中に探り、今の制度の中には有力な野党が育ちにくい構造があることを示した。与野党が公平に競争できる政治を目指し、改善の提言も行っている・・・
続きは、12月18日の朝日新聞をお読みください。

関西大学経済学部で講演

2017年12月18日   岡本全勝

今日12月18日は、関西大学経済学部で、講演をしてきました。テーマは、「大震災から7年-街をつくるということ」にしました。3年生が主なので、大震災は彼らが中学生の時です。
スライドを使って、被害の大きさと政府の対応、現地の復旧の様子を見てもらいました。そして、町のにぎわいを取り戻すには、インフラ復旧だけでは駄目で、産業の再開、コミュニティ再建が必要なことを、事例交えて説明しました。
皆さん、熱心に聞いてくれました。
大学から、「客員教授」の称号をいただきました。

「失われた20年」という命名

2017年12月17日   岡本全勝

12月12日の朝日新聞経済面コラム「波聞風問」、原真人・編集委員の「「失われた20年」だったのか」から。

・・・同じように、「失われた20年」という言葉の罪も小さくない。白状するが、これを初めて世に問うたのは私たち朝日新聞取材班だ。8年前、日本経済の四半世紀の変化を描いた連載をもとに「失われた〈20年〉」(岩波書店)という本にした。その後、この言葉を表題に盛り込んだ経済書の出版が相次いだ。
当時、表題をめぐって取材班と編集者でかなり議論になった。バブル崩壊後の経済低迷の長期化は「失われた10年」と呼ばれていたが、さすがに「20年」という認定はなかった。でも、私は推した。かつての日本経済の栄光、日本企業の強さを懐かしみ、それに比べ今は・・・という意識がどこかにあったのだろう。
二つのキーワードは「失われた」成長を取り戻すためならギャンブル的な政策もやむなしという空気を生んだ。そして低成長や低インフレのもとでも持続可能な財政や社会保障にしていくのだという、本来めざすべき道を見失わせてしまったのだと思う。いまは名付けを悔やんでいる・・・

全文をお読みください。