投稿者アーカイブ:岡本全勝

復興の主役 官から民へ

2019年3月11日   岡本全勝

3月10日の日経新聞1面に「復興の主役 官から民へ」が載っていました。

・・・東日本大震災の発生から11日で8年を迎える。原発事故の影響はなお色濃く残るが、巨額の政府予算の投入で被災地のインフラ整備や住宅再建は一定のメドが付いた。ただ、沿岸部では定住人口の減少が止まらず、「官製復興」には限界がみえる。成長のエンジンを民主導に切り替えるには地域の底力が試される・・・

指摘の通りです。インフラの復旧だけでは、町の賑わいは戻らない。その考えで、今回の復興では、産業と生業の再開、コミュニティの再建も、政府として取り組んできました。「復興の3要素
しかし、この2つの分野は、お金や法律でできるものではありません。産業と生業の主体は事業主です。コミュニティの主役は住民です。
民が主体になってもらわないと、できません。もちろん、政府はそれを支援します。

よんなな会

2019年3月10日   岡本全勝

今日3月10日は、よんなな会に呼ばれて、短い講演に行ってきました。この会は、47都道府県の地方公務員と、中央省庁で働く官僚をつなげるものだそうです。
今日は、400人の参加者と100人のスタッフで、合計500人という大人数でした。北海道から沖縄まで全県、そして全府省から参加したとのこと。

私の講演の他、米田恵美・Jリーグ理事のお話しと、入江慎也さん(吉本興業、カラテカ)の話がありました。入江さんの話は、明るい公務員の勧めでした。私の主張と重なりますが、さすがにプロの芸人さんは上手ですね。
その間に、17人の公務員による、「自己宣伝・同士募集」が入ります。講演のあと、お酒や食べ物を持ち寄って、交流会が開かれます。そこで、お互いに同好の士を募るのです。それは仕事の悩みであったり、部活動であったりします。これは良くできた企画です。

いや~、後輩たちのエネルギーと、企画のうまさに、びっくりしました。これだけもの公務員が、意欲を持って社会を変えようと参加しているのです。
20~30年ほど前にも、地方公務員の勉強会や集まりが活発になった時期があります。「分権を支える受け皿として力をつけよう」という趣旨でした。それはどちらかといえば、研究的勉強でした。
今回の集まりは、それにとどまらず、いろんな分野、いろんな課題に取り組もうとしています。また、インターネットが発達して、お互いの意見交換なども便利になりました。これを活用しない手はありません。
紹介した「自己宣伝・同士募集」も、スクリーンに概要が映されるとともに、そこに二次元コードがついています。「より詳しくは、こちらを見てください」ということです。

私への依頼は、明日8年を迎える東日本大震災の経験を話すことと、後輩たちへのメッセージでした。応援の気持ちを込めて、お話ししてきました。「写真

平成は政治と行政の改革の時代

2019年3月10日   岡本全勝

3月2日の日経新聞連載「平成の30年」は、「二大政党 なお道半ば」でした。野田佳彦・前首相と砂原庸介・神戸大学教授がでておられます。

坂本英二記者の解説から。
・・・選挙制度改革、政党助成金、中央省庁再編、内閣人事局――。平成の時代は膨大な政治エネルギーを消費して、重要な制度改革がいくつも行われた。しかし「政権交代が可能な二大政党制」や「首相官邸の大幅な機能強化」も一つの手段にすぎない。本当の目標は各党が国家的な課題への処方箋を競い合い、重要な政策を迅速に実行していくことだったはずだ。
平成の初めにバブル経済が崩壊し、少子高齢化時代の到来によって財政が加速度的に悪化する兆しが見えていた。東西冷戦の終結は、日本に国際貢献のあり方を含めた安全保障政策の見直しを迫った。「政官業のトライアングル」といわれた既得権益型の社会構造を大きく変えるには、二大政党による競い合いが不可欠だと思われた。その方向は間違ってはいなかった・・・

日本の政治行政から見ると、平成の30年は改革の時代でした。さて、それがどの程度目的を達したか。どの程度成功したか。何が残ったか。
次の時代に進むためにも、この評価が重要です。

経済同友会の復興シンポジウム

2019年3月9日   岡本全勝

今日は、経済同友会の「復興シンポジウム」に出席するため、仙台に行ってきました。第1部は、沿岸地区における産業復興。第2部は、福島のインフラとなりわいの再構築がテーマです。

私は、第3部「大震災の経験から導く防災に関する示唆」の司会を務めました。尾崎・高知県知事が南海トラフへの備えについて、池田・都城市長が後方支援の準備について、内容の濃い説明をしてくださいました。
引き続き、総括スピーチもしました。大震災から学んだことです。平成の30年は、大災害外が続いた時代でもありました。その度に、学び、対策を充実してきました。政府だけでなく、企業、NPO、国民もです。それを整理して、説明しました。

経済同友会は、毎年、このような活動をしてくださっています。経済界の方々、オピニオンリーダーの方々が、関心を持って、復興を支援してくださることは、ありがたいことです。
そのお礼も述べてきました。

五百旗頭先生、防災復興庁の創設を

2019年3月8日   岡本全勝

3月8日の朝日新聞オピニオン欄に、五百旗頭真先生の「防災復興庁の創設 次なる天災の安全保障を」が載っています。
・・・この時代の日本に生きる者の責任として、私は新たな国の機関「防災復興庁」の創設を提言したい。
東日本大震災と東京電力福島第一原発事故からの復興のため、2012年2月に現在の復興庁が発足した。震災発生から10年が経過する21年3月に設置期限を迎えるが、その後も、福島を中心に、継続的に取り組まねばならない課題がなお存在することは広く知られている。
しかし、ここで私が提言したいのは、すでに起きた災害からの復興だけではなく、これから起こることが予想されている南海トラフ巨大地震や首都直下地震といった「国難」ともいえる災害を、この国が乗り越えていくための体制づくりだ・・・

・・・これまで復興庁はよくやってきたと思う。しかし、他省庁から異動してきて数年で元に戻るのではなく、将来の大災害に立ち向かう防災復興庁には、腰を落ち着けて働く専門家が必要である。気をつけたいのは、新たな役所をつくるとなると、既存省庁のどの部門を移すのか、どの省庁が主導権を握るのか、といった官僚政治ゲーム的な関心が優越することだ。関東大震災の際に後藤新平内相が復興院という強大な新組織を試み、わずか4カ月余りで破綻した・・・

・・・財政面の課題も大きい。古くから復旧費は予算のやりくりや寄付で賄われた。近代の関東大震災や阪神大震災では大規模な公債という借金が中心だった。巨大な復興費を要する東日本大震災では、初めて復興税が加わった。被災地の復興のために国民が増税を受け入れたことは注目に値する。日本国民は被災を他人事とは思わず、全国民で支えることを了承した。それによって、将来の世代を津波から救うための高台移転や海辺のまちの多重防御といった創造的な復興が可能になった・・・
原文をお読みください。