カテゴリー別アーカイブ: 講演会

講演会

福井県大野市役所研修会

昨日16日は、午前中に慶應大学での授業をしたあと、午後からは福井県大野市役所の研修会に行って、お話ししてきました。福井駅まで、東京から新幹線と米原駅で特急しらさぎを乗り継いで、3時間半。そこから大野市まで、車で約50分です。

市役所の職員労働組合主催の勉強会です。拙著『明るい公務員講座』の熱心な読者がおられ、依頼がありました。
なんと、金曜日の午後6時から7時半までという「とんでもない時間帯」に開催されました。「皆さんも疲れているから、もっと早く開始できないのですか」と問い合わせたのですが、「勤務後に職員が集まるために、この時間でお願いします」とのこと。
労組主催といい、こんな時間帯に開催することといい、その熱心さには驚きました。60人を超える職員が集まって、熱心に聞いてくれました。
みなさん、どのようにしたら働き方改革が実現するか、効率的な仕事の進め方に悩んでいます。その参考になればと、引き受けました。
講演会後の意見交換会もあり、私は早々に宿に引き上げたのですが。一部の職員たちは、夜遅くまで話が弾んだとのことです。若いですねえ。

せっかくの機会なので、町を案内してもらいました。大野市は、越前大野城の城下町で、きれいな街並みが残っています。
大野城は、盆地の中にある山に築かれたお城です。山道を登り、天守閣から眺める城下町は、きれいです。再建された天守閣が雲海に浮かぶ景色は、天空の城として有名です。もっとも、なかなか見ることはできないようです。しかし、夜はライトアップされていて、それはきれいでした。フランスのモンサンミッシェル並です。

帰りに福井駅で買った、焼き鯖寿司の駅弁は、若狭の名物でおいしかったです。サバは、ノルウェー産と書いてありました。

相馬地区議員研修会講演

今日29日は、福島県南相馬市で、相馬地区議員研修会で講演をしてきました。新地町、相馬市、南相馬市、飯舘村は、津波被害と原発事故被害に見舞われました。それからの復興に取り組んできました。
私がこの7年間の復興を通じて考えた「町とは何か」を、一緒に考えてもらいました。インフラ復旧だけでは、町の賑わいは戻らないこと。コミュニティと働く場を取り戻すことがより重要なこと。そしてそれは、行政が予算だけではできないということです。

その後引き続き、南相馬市役所で南相馬市の復興について、市役所、県庁、国の関係機関の打ち合わせ会議に出席しました。避難指示が解除された小高地区を今後どのように復興させるのか、南相馬市の発展をどのように進めるのかなど。復興が進んでいるのですが、新しい課題が出てきます。課題が明確になっているので、それらを関係者や民間の力を借りて解決していきます。

先週から、講義と講演が続いています。10月分はこれで終わりです。11月12月も、いくつか引き受けています。
お呼びがあるのは、うれしいのですが。90分話すとなると、主催者の注文と観客の関心を考えて、話の内容やレジュメをつくらなければなりません。そしてスライドやら配付資料やら。
大震災からの復興は「基本形」ができているので、それを観客に合わせて編集します。行政のあり方や働き方改革は、基本形はあるのですが、どんどん時代が進むので、これは毎回「発展途上型」です。

京都大学公共政策大学院で講義

今日10月25日は、京都大学公共政策大学院で、講義をしてきました。東日本大震災での経験です。あわせて、その際考えた、町のにぎわいを取り戻すこと、公共とはなにかを、お話ししてきました。京都は、さわやかな秋の空でした。

補足です。授業で紹介した拙著は、次です。
復興が日本を変える
明るい公務員講座

武蔵野市役所研修会

今日は、夕方から、武蔵野市役所部課長研修に行ってきました。ご注文は、大震災の経験と、管理職の心得を話せということでした。それぞれのテーマで1回分あるものを、2つ合わせて1回で話しました。やや無理があったですね。
あとで、「もう少し、管理職の心得を聞きたかった」「職場の3大無駄の話を聞きたかった」との意見をもらいました。すみません、ご関心ある方は、「明るい公務員講座 仕事の達人編」をお読みください。
皆さん、熱心に聞いてくださいました。中には、自治大学校の卒業生も。

武蔵野市は、上品な住宅街。財政力も強く、行政でも先導役を務めてきました。西尾勝先生が行われた、市民参加の実践の市でもあります。
吉祥寺駅はわが家から中央線で4駅。近くなのですが、近年は降りたことがなく。夕方の駅前は、大変な人出でした。東北の過疎地を主に見ている私には、うらやましい限りです。

日本財政学会

10月20、21日と、香川大学で開かれた日本財政学会に呼ばれて、行ってきました。私の出番は、「C-6 災害復興財政を考える」の討論者としてです。各先生の発表に質問をするというより、これまで地方財政や大震災復興に携わった経験者として、気づいた点を申し上げてきました。先生方の今後の研究に活かしてもらうためです。

平成の30年間は、大規模災害が頻発した時期でもありました。雲仙普賢岳の噴火が平成3年、阪神・淡路大震災が平成7年、東日本大震災が平成23年。それ以外にも、地震、台風、豪雨など。これらに合わせて、復興財政も充実してきました。財政・地方財政で、この30年間に大きく変わった分野の一つでしょう。
終戦直後に大きな台風災害が続き、一連の財政支援制度ができました。災害救助法、公共施設復旧費補助、激甚災害指定、特別交付税措置などです。その後、平成に入るまで、大きな枠組みの変化はなかったようです。

ところが、これらは公共施設や農地の復旧に公費を入れるにとどまり、被災者支援は避難所と仮設住宅提供まででした。
雲仙普賢岳の噴火の際に、従来の支援だけでは自治体現場の要求に応えられないことから、(地方債を使い)交付税を財源に自治体に基金をつくりました。私は自治省交付税課の課長補佐で、その設計をしました。この仕組みは、その後も使われています。ただし、金利が低くなって基金の果実では事業ができなくなり、取り崩し型の基金になっています。
もう一つが、公共施設に限らず、被災者の生活を支援することに踏み切りました。住宅再建の際の、被災者生活支援金です。さらに、中小企業の再建支援、孤立防止などコミュニティ支援もです。すると、どこまで私有財産に公費で支援するのかが、課題となります。

また、被災者支援は公費だけでなく、様々なものがあります。各自が契約している損害保険、義援金、(原発事故のように)賠償金。
中小企業再建の場合はお金の支援だけではダメで、技術支援をしています。孤立防止は、見回りや傾聴が重要です。市町村支援も、財政支援だけでなく、職員応援が必要でした。そして、ボランティア活動です。これらは、財政措置を見ている限りでは、視野に入ってきません。
すると、自治体への財政支援だけでなく、被災者への支援。お金の支援と、人や情報の支援まで広げて見る必要があります。
激甚災害指定が、しばしばニュースになります。しかし、この指標は、公共施設の被害額が主です。役場庁舎や学校、道路は被害が少なく、他方で個人の住宅がたくさん被害を受けても、大災害にならないことも想定されます。
被災者の支援まで、視野を広げると、このような問題も見えてきます。そのような話をしてきました。

旧知の先生方とも、お会いすることができました。久しぶりの高松市なので、高松城や栗林公園も見てきました。讃岐うどんも味わってきました。