投稿者アーカイブ:岡本全勝

大震災、心の相談

2019年3月16日   岡本全勝

3月9日の読売新聞夕刊「震災8年」に、「心の相談なお2万件」が載っていました。
大災害では、被害の衝撃、肉親の死亡、さらには孤立、孤独など、心の悩みが多くなることが予想されました。そこで、3県に相談窓口「心のケアセンター」を作ってもらいました。国費で支援しています。

記事は、それを紹介するとともに、毎年2万件もの相談が寄せられることが書かれています。岩手、宮城、福島3県の心のケアセンターの相談件数の、グラフがついています。件数が多いこととともに、悩みへの対応が難しいこともあります。相談員の役割が大きいのです。
大震災への対応は、インフラや商店の復興とともに、このような困っている人たちへの対応も重要です。

また、このような被災地だけでなく、社会一般に悩んでいる人がいることから、心の健康相談電話などの役割も大きくなっています。

1週間が終わりました。

2019年3月15日   岡本全勝

今日は金曜日夜。1週間が終わりました。久しぶりに、ほっとしています。
ここのところ、休日がなかったので、明日は久しぶりのお休みです。といっても、出かける用務があるのですが。

3月11日前後は、シンポジウムに呼ばれたり、マスコミの取材があったりと、いろいろと仕事が立て込みます。
今週はことのほか、いろんな人から様々な相談がありました。頼りにしてもらえることを、良しとしましょう。
被災地視察に行くと、自分の時間が取れません。異業種交流会のあとは、疲れもあって、すぐに寝てしまいます。

次に向けて、いろいろと考える時間も必要なのですが。本も読みたいし、展覧会も行きたいし。肝冷斎がうらやましいです。これも

企業広報の変化、平成の30年

2019年3月15日   岡本全勝

3月13日の日経新聞「私見卓見」、江良俊郎・エイレックス代表取締役の「企業広報に変化突きつけた平成
・・・平成が始まる3年前、1986年に大学を卒業して以来、企業が手がける広報と危機管理の業務を支援してきた。まもなく幕を閉じる平成は企業広報に大きな変化が生じた時代だった。私が考える3つの変化から今後の企業広報のあり方を探りたい・・・
として、次の3つを挙げておられます。
1 危機が起きたあとの対応の失敗が、企業の存続に直結するようになったこと。雪印乳業が倒産した。
2 リスク要因の多様化。労災認定を受けた家族の記者会見、アルバイト店員の不適切投稿。
3 危機管理に取り組む企業の進化。トヨタのように、社長が記者会見に臨むようになった。

・・・現代社会は多様な価値観を尊重する一方、不寛容な面もある。危機意識の高い企業は社会の求めに敏感だ。主体的な危機対応を心がける。平成の次の時代、企業は社会が要請するコンプライアンス経営と説明責任を徹底する必要がある・・・

勉強になります。原文をお読みください。
私も、おわびのプロだと自任していたのですが。「おわびの仕方

経済再生に苦しんだ平成時代

2019年3月14日   岡本全勝

2月23日の日経新聞「平成の30年 経済再生 試練の時代」から。

福井俊彦・元日本銀行総裁の発言。
・・・戦後復興、高度成長の時期を経て平成の時代を迎えました。戦後成功物語の頂点は1980年代半ばごろでしょう。日本の産業界が「もはや世界に学ぶものなし」と言い始めたのがこのころです。
その後、日本は世界の先頭で新しい道を切り開くプレーヤーの一人として歩むべき時代に入りました。自ら経済・社会のモデルチェンジを施しながら前進する。それが容易にできず今日に至るまでその苦しみを味わい続けています・・・

・・・平成時代の金融政策から得られた教訓は、金融政策の役割は、人々の価値創造への努力や、傷ついた企業・金融機関が次の段階にいく過程を背後から支援する縁の下の力持ちであるということです。問題のすべてを解決できるわけではありません。平時は金利機能を生かし、異常時は金利機能をあえて封殺し流動性を豊富に供給して支える。だが、過剰な介入はかえって将来に禍根を残します。財政との関係でもそうです・・・

村瀬拓人・日本総合研究所副主任研究員の発言。
・・・人生のほとんどが平成だった世代としてこの時代をみると、日本の構造的な問題が顕在化するなかで対応することができなかった30年だと感じています。
私が大学に入ったのは2003年で、金融危機の処理の最終段階でした。就職氷河期も終わり、リーマン危機はありましたが最悪期はすぐに脱しました。比較的緩やかな成長を見てきた世代です。
低成長が普通と考えているので、景気がすごく良くなるという期待感もないし、それなりに成長が続けばよいという世代ではないでしょうか。・・・