月別アーカイブ:2026年3月

噺家もウケる日とウケない日がある

2026年3月20日   岡本全勝

朝日新聞連載「語る 人生の贈りもの」、3月13日は噺家の桂南光さんの「落語はお客さんと一緒に作るもん」でした。

・・・《入門から56年。同じネタでも、ウケる日もあればウケない日もある》
そら、ウケへんかったら多少は気になります。でも、高座で話しているとき、なんか自分を俯瞰するもう一人の自分がおるんです。「うわ、あれだけ稽古してきたのに、今日のお客さんに全然ウケてないがな」と。
ひねった噺が好きなので、笑う人もいれば、全然笑わない人もいてますからね。落語っていうのは、お客さんと一緒に作るもんですわ。ウケないときは「今日のお客さんとはセンスが合わなんだな。自分のお客さんはどこかにおる」と思うようにしています・・・

私も、講義や講演の際に同じ経験があります。私の場合は笑いを取るのではなく、(少々笑いも取りますが)理解してもらうことです。噺家も同じですが、最初の「つかみ」である程度の反応がわかります。

個人の再登場、2

2026年3月19日   岡本全勝

個人の再登場」の続きです。
社会において「組織中心の社会」から「個人中心の社会」への転換しつつあることは、行政においても同様です。
明治以来の行政は、国民の福利向上のために努力してきましたが、まずは国家を強くし、豊かにすることでした。富国強兵です。産業振興も、企業や業界団体を相手にしました。公共サービス充実も国民を相手にしていますが、その手法は国民個人個人を相手にせず、提供者などを通じてです。医療、教育もそうです。企業も自営業も農業者も、団体に加盟することで、行政の支援を受けました。中央省庁は各業界を相手にしていて、国民はその先にいるのです。これは、サービス充実には効果的な手法でした。

個人が属した組織には、宗教団体もあります。心のよりどころとして、宗教団体に入りました。宗教団体も大きな組織になると、信仰とともに組織の維持拡大が課題になります。時には、個人より組織が優先されます。経済取引なら不利ならやめることができますが、信仰は思い込みなので、信者は脱出するのは難しいようです。

他方で、組織中心から個人中心の社会になると、人と人とのつながりが重要なことが認識されました。組織に属さないと、人は孤独です。「居場所」の重要性です。対策としては、やはり組織に属するのか、組織ではないつながりを作るのかです。
近代市民革命は、王権による市民の活動への恣意的な介入を阻止し、他方で自立して平等な市民を理想としました。フランス革命では、宗教も中間団体もそれを阻害するものとして否定されました。しかし、自由が確立すると、個人の孤独と不安が見えてきました。
中間団体は新たな形で復活し、宗教も続いています。それらに属さない人たちに対して、どのように安心を提供するのか。次の課題です。

首相が語る責任

2026年3月19日   岡本全勝

3月8日の日経新聞「風見鶏」、峯岸博・編集委員の「高市首相が語る「責任」の重み」から。

・・・「首相はうかつに『責任』という言葉を使わない」。駆け出し記者だった1990年代、先輩からそう教わった。さまざまな不祥事での閣僚交代をめぐり野党から任命責任を追及されても、どの首相もかたくなに責任論をかわし続けた。
任命責任を認めるのはすなわち辞めることを意味するとの不文律があったからだ。「責任」という言葉はそれほど重かった。

日本経済新聞のデータベースで「首相」と「任命責任は私にある」をセットで検索すると、90年代はゼロ件だった。それが2010年代になると急増する。
その多くが安倍晋三政権時代だ。閣僚が辞任するたびに安倍氏は野党が拍子抜けするほどあっさり任命責任を認めた。「国民に深くおわびする」と頭を下げ、それで幕引きが図られた。
刑事責任は刑事罰を、民事責任は損害賠償などを伴うが、任命責任の場合は閣僚が辞めても首相に法的な罰や賠償は科されない。
首相は企業の経営者らとは異なり結果責任が特定されるケースも少ない。歴代政権では競うように「地方創生」や「女性活躍」が叫ばれたが、成果が見られず責任をとって誰かが辞めたという話は聞かない・・・

・・・責任ある態度で積極財政を進められるだろうか。学習院大の野中尚人教授は「中身を考え方や数字、目標、財源などとセットにして、国民に説明を尽くすのが『責任ある』の言葉が意味する本来の姿だ」と指摘する。「それができなければ無責任になる」とも話す。
責任に言及するなら未達の場合は辞める覚悟か、相手が納得するまで説明する姿勢が必要というわけだ・・・

・・・ハリウッド大学院大の佐藤綾子特任教授(パフォーマンス心理学)によると、高市首相は環境によってくるくる変化する「カメレオン型」の表現がうまい。
それによって「約束を破るのではないか、最後まで責任をとれないのではないかとの疑問がでるのを想定し、先に『責任がある』と答えておくのは世論への予防線でもある」という。大風呂敷を広げても「責任ある」と付けると安心感を与えたり、けむに巻いたりできる魔法の言葉のようだ・・・

西牛東豚

2026年3月19日   岡本全勝

3月1日の朝日新聞に「節約志向、食卓から遠のく牛肉」が載っていました。
・・・家庭での肉の消費が落ち込んでいます。コメ価格が高騰し、物価高が続いていて、節約志向が強まりました。同じ肉のなかでも、高値の牛肉から、値ごろ感のある豚肉や鶏肉へ需要が移っています。
総務省「家計調査」によると、2人以上世帯の生鮮肉の支出は、2025年に年8・3万円と前年から3%増えた。これは金額ベースのみかけ(名目)の値で、物価上昇の影響を取り除いた実質でみると、前年比2%減で5年連続のマイナスになる・・・
・・・一方で、肉は種類によって差が大きい。25年の年間購入量をコロナ禍前の19年と比べると、牛肉は6・5キロから5・4キロへ減った。この間に、豚肉は21キロから22キロへ、鶏肉は17キロから19キロへそれぞれ増えている・・・

紹介したいのは、「西牛東豚」です。
・・・肉の消費は景気の影響を受けるだけでなく、地域差も大きい。
家計調査(23~25年の3年間の平均値)でみると、全国平均の年間支出額は牛肉2・1万円(5・6キロ)、豚肉3・4万円(22キロ)。47都道府県庁の都市別でみると、牛肉は京都が最多で3・6万円、新潟が最少で1・0万円と3・6倍も差がある。豚肉は新潟が最多で3・8万円、福井が最少で2・8万円と1・4倍の差だ。
牛肉は和歌山・奈良・神戸など西日本の都市の支出額が平均より多く、盛岡・前橋・福島・札幌など東日本は少ない。牛肉と豚肉の額を合わせてみると、北海道・東北・甲信越の都市は牛肉より豚肉を好む傾向が、近畿・四国・九州は豚肉より牛肉を好む傾向がうかがえる。鹿児島・福岡・熊本・大分など九州の都市は鶏肉の支出額も上位を占める。

「西牛東豚」ともいえる東日本と西日本の違い。なぜこうした地域差が生じるのかについて、農畜産業振興機構が過去の文献をもとに調べてまとめている。
かつて農耕用として関東以北では主に馬が、近畿では牛が飼われていたが、明治時代の肉食解禁で外国人居留地などで牛肉需要が起こり、農耕牛が食用にも使われるようになった。一方で、関東では旧内藤新宿試験場(今の新宿御苑)で西欧式の養豚が始まり、えさの食品残さが多かった都市部の環境が養豚に適していたため、盛んになったようだという。

全国のセブン―イレブンで売られている肉じゃがは、東日本では豚肉を、西日本では牛肉を使い、それぞれ商品名やパッケージも違う=図下。「地域による食の好みの違いを反映し、販売エリアを分けている」と広報担当者。
牛肉文化のはずの関西では、なぜ豚まんが名物になったのか。
設立から80年余り、「551の豚まん」で知られる蓬莱(ほうらい)(大阪市)。同社は「関西では一般に肉=牛肉を表し、豚肉の入った肉まんを豚まんと呼ぶようになった」と経緯をホームページで振り返る。関東では「肉まん」の呼び方が一般的だ・・・

個人の再登場

2026年3月18日   岡本全勝

連載「公共を創る」を書きながら、「この国のかたち」が大きく変化していることを考えています。変化の一つは「組織中心の社会」から「個人中心の社会」への転換であることです。「組織の時代」から「個人の時代」へとも言えます。

振り返ってみると、20世紀は組織の時代でした。社会をつくっているのは個人や家庭ですが、各個人がそれぞれに活躍するのではなく、企業や役所、学校など組織に属することで生活してきました。戦前は軍隊もありました。そしてその際に、個人より、組織の方が優先されたのです。
さらに遡ると、かつては多くの人が農林水産業か自営業に従事していました。生活の単位は家族です。地域社会で暮らし、困ったときも親族や地域が助けました。終戦後でも、勤め人は4割で、農業や自営業が多かったのです。第一次産業が半数でした。現在では就業者の9割が勤め人です。貧しく苦しい生活でしたが、個人が気ままに生きていた時代から、会社という組織の中で規則に縛られて生きなければならなくなりました。

就職といいますが、実態は就社で、会社の中で職を代えました。会社も、社員とその家族の面倒を見ました。親族や地域での助け合いが希薄になり、国家の社会福祉制度が充実するまで、企業がそれを担ったのです。日本型福祉(1980年代から主張された日本特有の福祉の仕組み)は、企業と家庭を守る妻が支えていました。

しかし、長期停滞で企業が従業員を解雇し、面倒を見続けることが少なくなりました。従業員も、会社に忠誠を尽くすのではなく、条件の良い会社に転職することが増えました。
ここに、組織中心の社会から、個人中心の社会へと変化が進んだのです。もっとも、組織に属している安心感は薄くなり、自己責任が増えます。また、共働きが増えると妻が家族の面倒を見ることができなくなり、一人暮らしが増えると家族による支えはなくなります。