月別アーカイブ:2026年3月

変化した日常風景

2026年3月21日   岡本全勝

物心がついてから、70年近くの時間が経ちました。社会は大きく変わったところと、あまり変わっていないところがあります。

特に変わったものとして、育児の風景があります。
私の子どもの頃は、赤ちゃんはお母さんが背中に背負うものでした。乳母車も、船のように大きかったです。乳母車の中で、遊ぶことができました。
最近では、お父さんも赤ちゃんを連れています。その際は、胸の前で抱っこをしています。お父さんもお母さんも、おんぶしている人はめったに見かけませんね。乳母車も、折りたためる、軽い小さなものになりました。ただし、シートベルトがついています。ベビーカーと呼ぶそうですが、これも和製英語らしいです。
電車の中でも、普通に見るようになりました。バスにも乗ることができますが、車内が狭くて窮屈ですね。

幼児を自転車に乗せている風景も、普通になりました。昔は、幼児を乗せる椅子がなかったのです。今は、自転車の前と後ろに幼児を乗せる椅子がついています。また、安定がよいように高さが低い(車輪が小さい)自転車や、楽にこげる電動補助自転車も多いです。

広告費の半分はネット広告

2026年3月21日   岡本全勝

3月17日の朝日新聞、小林美香さんへの取材「作られた像、誘われる有権者 ネット広告と衆院選、ジェンダー表象研究者に聞く」から。

・・・選挙期間を通して、ネット広告の多さは異様に感じました。特に自民党は、YouTubeのような動画プラットフォームだけではなく、写真を用いたバナー広告など、量で圧倒していたように見えます。
広告は数秒のビジュアルや短いメッセージで消費者の「内なる欲望」を喚起し、消費行動へと誘導するように設計されています。
「アテンションエコノミー」という言葉で言い表されるように、いかに短時間で人々の認知を獲得し、情報を刷り込むかが、商品やサービスの消費行動のみならず、投票行動にも大きな影響を与えます。有権者の多くが、政策や公約を比較し検討するよりも、膨大な広告費をつぎ込んで出稿された広告の単純接触効果によって、投票先を選択しているのではないか、と強い危機感を抱いています・・・

次のような数字が載っていました。
・・・電通が公開する「日本の広告費」によると、2024年の日本の広告費は7兆6730億円。同年度の防衛予算7・9兆円に近い金額です。うちネット広告費は3兆6517億円と総広告費の47・6%を占め、マスコミ4媒体(テレビ、新聞、ラジオ、雑誌)の広告費2兆3363億円を大きく上回っています。
今後も増加が予測される広告費は、私たちの価値観や生活に大きな影響を与えているのにもかかわらず、その機能や全体像がつかみづらいのが実情です・・・

所得格差は拡大、再分配所得格差は横ばい

2026年3月21日   岡本全勝

3月2日の日経新聞オピニオン欄に、西條都夫・上級論説委員の「日本が向き合うべき問題は格差ではなく貧困だ 再分配の効率化進めよ」が載っていました。

・・・日本経済をめぐって、過去四半世紀にわたり格差拡大のナラティブ(物語)が繰り返されてきた。非正規労働の拡大や行き過ぎた新自由主義のせいで貧富の差が広がり、昭和時代の総中流社会は過去のものになった、という言説である。
先の総選挙でも、左派系のある政党は「税金は大金持ちから取れ」というスローガンをかかげ、それが格差を縮小する道だと主張した。
だが、本当に格差は広がっているのだろうか。2025年12月に厚生労働省が公表した「所得再分配調査」から浮かび上がるのは、通念とは少し異なる日本経済の姿だ。

それによると、23年の世帯別所得分布の均等度を示すジニ係数(0〜1の値をとり、格差は0に近いほど小さく、1に近いほど大きい)は当初所得では前回調査より上昇したが、再分配所得で見るとほぼ横ばいで、格差は広がりも縮みもしなかった。
世代別にみると、シニア層ほど所得や資産のバラツキが大きいのは周知の事実だ。高齢者の経済環境は長年の仕事の遍歴や人的なつながり、運不運といった個人的な要素を強く反映するので、若い世代に比べ、世代内の格差がどうしても大きくなる(大竹文雄著「日本の不平等」)。
したがって高齢化の進む日本である程度の格差が生じるのは自然な流れで、これが当初所得のジニ係数を押し上げた要因とみられる。

むしろ注目に値するのは、当初所得から税金や社会保険料を差し引き、社会保障給付(公的年金や医療などの現物給付を含む)を加えた再分配所得のジニ係数が横ばいだったことだ。
この傾向は実は今回に限らず、1999年の調査以降、一貫して続いているトレンドで、再分配ジニ係数は0.37〜0.39のボックス内を微妙に上下しているだけだ。
ちなみに人々の意識も驚くほど変化に乏しい。内閣府が24年夏に実施した「国民生活に関する世論調査」では、中流を自認する国民が89%に達し、1.7%の上流や8.7%の下流を圧倒した。
高齢化が世界トップ級の日本で、格差拡大に歯止めがかかっている現状をどう評価すべきか。欠点は多々あっても、税や社会保険などの再分配システムが今のところ何とか機能している証しだろう。
龍谷大学の竹中正治名誉教授は「過去10年以上にわたって人手不足が続き、その間、失業率の低下や最低賃金の上昇、そして非正規から正規雇用への登用が進んだ。これも格差を抑止する効果があった」と分析する・・・

・・・ただ、格差の不拡大を喜んでばかりもいられない。一橋大の小塩隆士特任教授は「所得格差・貧困の近年の動向」という最近の論考で、今の日本経済は「みんな仲良く貧乏に」状態だと指摘した。
米国のように人工知能(AI)長者などのスーパーリッチが大量に誕生するわけでもなく、上流とそれ以外の差はさほど開かない。それはいいとしても、長期に及ぶ低成長の結果、所得分布の重心が低い方向にシフトした。さらに足元では円安による輸入物価、とりわけ食品価格の上昇が家計に重くのしかかる。

今の日本が早急に向き合うべき社会経済のテーマは、おそらく貧困リスクである。
それを浮き彫りにしたのが、総務省が2月に公表した25年のエンゲル係数だ。消費支出に占める食費の割合を示すエンゲル係数は貧しい世帯や国ほど高く、裕福になると低下することで知られる。
その値が2人以上世帯のケースで25年は28.6%に上昇し、44年前の1981年の水準に近づいた。05年ごろからじわじわ上がってきたが、近年は上げ幅が急だ。円安や天候不順による不作で、生きていくために必須の食品の値段が上がり、生活を圧迫される人が少なくない・・・

二つの脳、直感と熟慮

2026年3月20日   岡本全勝

ダニエル・カーネマン著『ファスト&スロー―あなたの意思はどのように決まるか?』(上下)(原著2011年。2012年早川書房、204年ハヤカワ文庫に再録)を読みました。あるところで紹介されていたので。今ごろ読んだのは、「ファスト&スロー」という表題に、関心を持てなかったからです。私がつけるとしたら、「直感と熟慮ー意思決定の2つの型」でしょうか。

文庫本で上下巻あわせて、800ページを超える大著です。著者の主張は、人間の判断は必ずしも合理的ではないということです。それを、いくつもの実験で証明します。その功績で、ノーベル経済学賞を受賞しました。近代経済学は、人間は合理的に判断するものとして組み立てられています。その根底を覆すのですから、経済学会からは冷たい扱いを受けたようです。著者は経済学者ではなく、心理学者であり、行動経済学をつくった一人です。
本書を読むと、納得することばかりです。近代経済学の限界がよくわかります。経済学もこのような「実際の人間」を扱ってほしいです。そして、抽象的な数式を深めるのではなく、現実社会の問題に取り組んでほしいです。参照「スティグリッツ著『資本主義と自由』」

著者の結論は、次のようなものです。
人が判断する際には2つの型(システム)があります。システム1は早い思考をする直感的なもので、システム2は遅い思考をする熟慮型です。そして、システム2は時にはシステム1の監視をして、間違った判断を修正します。
直感は深く考えることなく、ものを見ると直ちに判断します。それはどうやら、人類が長年の進化の過程で身につけたようです。そして、個人も成長の過程で、身につけるようです。相手の顔、表情を見て、相手が何を考えているかを推測するとかです。あまり深く考えることなく判断するので、脳に負担をかけない、経済的効率的な判断です。しかし、しばしば間違います。本書にはその例がたくさん載っています。
それに対し熟慮は、二桁のかけ算のように「頭を使う」判断です。直感では答えが出ない場合に、仕方なく熟慮が働きます。

また、利得が得られる場合と損失を被る場合では、リスクの評価が異なること。痛みの記憶は、実際の体験とは異なって思い出されることなど、人間の判断と記憶がええ加減なことが、次々と示されます。

なるほどという事例が、いくつも出てくるのですが、次の例は興味深いです。将来予測はできないという話です。
ある証券会社の個人客1万人について、7年間の取引記録16万件を調べたところ、売買実績より、そのまま持っていた方が実績が良かったのです。これは平均ですから、うまくやった投資家もいたでしょうが、もっとまずいことになった投資家もいたでしょう(上巻374ページ)。著者やこの話を投資アドバイザー向けの講演でしたそうですが、無視されたそうです。
また、大企業の最高財務責任者に、翌年の株価指数連動型投信のリターンを予想してもらう調査でも、まったく外れでした。しかも、彼らは自分たちの予測能力のなさをまったく自覚していません(下巻62ページ)。

飛び地の中の飛び地、アラブ首長国連盟

2026年3月20日   岡本全勝

時々紹介している、川北英隆先生のブログ。3月17日は「UAEフジャイラへの期待」でした。話題になっている、ホルムズ海峡付近の地理です。そこに、次のような文章があります。

・・・よく見ると領有権が入り乱れている。海峡の北側がイランであるのは確かだが、アラビア半島からの角の突端はオマーン(正確にはオマーンの飛び地)であり、角の下はUAEである。UAEを少し詳細に見ると、その西(ペルシャ湾内)にUAEの最大の都市、ドバイが、東(ペルシャ湾の外)にフジャイラがある。
と、単純に思ってはいけない。フジャイラの少し北側、内陸部にオマーンのもう1つの飛び地があり、しかもその飛び地の中にUAEの飛び地がある。つまり入れ子状態になっていて、UAEの中にオマーン領が、されにその中にUAE領がある。
少し調べると、UAE側の飛び地はシャールジャ首長国のものであり、この部族はかつてイランの海岸部に居住してたのだか、イランに追われ、アラビア半島側に移ったとか。複雑な民族興亡の歴史がありそうだ・・・