年別アーカイブ:2023年

大きくなった新聞活字

2023年4月22日   岡本全勝

4月5日の朝日新聞に「くっきりはっきり新紙面」という解説が載っていました。朝日新聞が、5月から大きな活字を使うとのことです。そこに、1951年からの活字の変遷が図で載っています。

1951年から1981年まで使われた活字は、縦2.2ミリ、横2.8ミリでした。その後5回変化して(大きくなって)、現在の活字は、縦が3.3ミリ、横が3.9ミリです。次の新しい活字は、縦が3.6ミリ、横が3.9ミリです。
1951年活字では1行に15文字入ったのが、現在は12文字。新しい活字では11文字です。昔の活字の小ささに、びっくりします。

文庫本なども古い本を引き出すと、活字が小さくて、とても読む気になりません。
電車中で、スマートフォンの画面で小さな字を読んでいる人を見ると、「肩がこるだろうな」「目が悪くなるだろうなあ」と、人ごとながら心配になります。

大手銀行採用人数の変化

2023年4月21日   岡本全勝

4月7日の日経新聞「3メガ銀、新卒採用8年ぶり増」から。

・・・メガバンクが8年ぶりに新卒採用を増やす。3メガの2024年入行の採用計画は合計で約1200人強と23年比で1割増える。三井住友銀行はデータ分析などの専門コースの採用を3倍超にする。支店の統廃合などを背景に新卒採用を減らしてきたが、デジタル人材を中心に採用増にかじを切る。新事業の創出やリスク管理の強化に加え、大量採用世代の退職を見据えて人員を補強する側面もある・・・

2011年からの新卒採用者数の変化が、図で示されています。2011年には3行で2000人あまりだったのが、2016年には5000人を超えました。その後急速に減って、2023年には1000人あまりになっていました。
ネットバンキングの普及や店舗の統廃合で、新卒を大量採用して全国に配置する必要性が薄れたからと、説明されています。

図・公私二元論から官共業三元論へ(課題の認知)

2023年4月20日   岡本全勝

図・公私二元論から官共業三元論(サービス提供)」に続いて、第148回「「新しい行政手法」─NPOとの関係」に載せた「図・国家の役割の変化─社会課題の認知と取り組み」を再掲しておきます。

左側は図表2「サービス提供、公私二元論から官共業三元論へ」の右側と同じで、右は左の上下を反転したものです。左はサービス提供という視点で見ているのに対し、右は住民の問題を拾い上げるという視点で見ています。
仮設住宅での孤立防止の見守りや子ども食堂は、非営利団体が考えた仕組みです。子供の貧困と子ども食堂は、非営利団体が拾い上げ対策に乗り出しました。そしてその活動を、政府が支援しています。
公私二元論では、個人の困りごとは本人と家族が引き受けるもので、それを超えると行政が支援します。公共空間を行政が独占するという公私二元論の構図では、このような非営利団体の活動は見えてきません。行政も非営利団体も企業も社会を支えるという官共業三元論の見方では、すんなりと位置づけられます。

救ってくれたのは市役所でなく支援団体

2023年4月20日   岡本全勝

4月8日の朝日新聞「追い詰められる女性たち5」「「何に困ってる?」最後につながった電話」から。

・・・1年以上前のこと。夫が2人の子どもを置いて家を出て行った。コロナ禍の影響で女性の勤め先は倒産。新しい職も探せない……。
「あ、これで最後」。40代の女性は、1歳の次男の粉ミルクを開けたとき、不安で手が震えた。所持金は残り数千円。お米はほぼない。電気もガスも、水道も止まりそう・・・

・・・ 「子どもたちに食べさせられるもの、ありませんか」
所持金が底をつきそうになり、次男と市役所の窓口に行った。「どうしたらいいですか?」と初めて、自分からつらさを他人に打ち明けた。
だが、色々な窓口をたらい回しにされた。「生活保護の先渡し」として2万円を支給された。ある窓口では職員がこう言った。「ここは、どうしたら良いかを教える場所じゃない」。返ってきたのは、共感や心配ではなかった。
お米も、ミルクも、おむつももうない。「そう必死に説明しても、なにも変わらないことが、とてもつらかった」
帰りがけ、職員は「これ、食べられると思うから、良かったら」と、食べ物を手渡してくれた。備蓄期限が過ぎた硬いビスケット、のどあめ……。子どもが食べられそうなものは入っていなかった。
「私たち家族は、生きているべきじゃないの?」
次男が大きな声で泣いていて、我に返った。無力感にさいなまれた。幸せにしてあげたいのに、できない。感情があふれて、こう言っていた。
「もう、いいです」
市役所を後にしながら、こんなことを考えた。
「生きるの、やめたいな」
人生で初めてそう思った。最寄り駅に向かい、電車に飛び込むつもりだった。

ひらひらひら。
駅のロータリーにたどり着いたとき、ふとした拍子にポケットからピンク色の折り紙が落ちた。市役所で「どうしても困ったら、ここに電話してみて」と渡された携帯番号が書かれた紙だった。「最後だし、かけてみようかな」
電話がつながり、聞こえてきた声は、今も忘れない。
「私もシングルマザーやで。大丈夫」「いま、どこにいるの? 何に困ってる?」
これまでのことを必死に伝えた。「わかった。今から行くわ」。経済的に苦しい女性や若者への支援活動をしているという彼女はそう言って、車で迎えに来てくれた。
その後、スーパーに行って、「必要なもの、全部かごにいれて!」と言ってくれた。戸惑いながらも、ミルクとおむつ、久々の肉などを買ってもらった。長男の迎えにも付き添ってくれ、ハンバーガーを食べさせてくれた。
生活を立て直すため、生活保護の申請など細やかにサポートをしてくれた。
「なんで、優しくしてくれるんですか?」と思わず聞いたことがある。「もう無理だと思ったことがあるから、つらくなるのがよく分かるの」。初めて駆け込める場所を知り、心から安心できた・・・