令和5年大晦日

早いもので、今日は12月31日。令和5年も終わりです。
皆さんにとって、今年はどのような年だったでしょうか。うれしいこと悲しいこと、さまざまなことがあったでしょう。まずは、この1年が無事すぎたことを感謝しましょう。

私は「令和5年の回顧」3回に書いたように、びっくりすることは起きず(除くぎっくり腰)、原稿締め切りに追われて、あっという間に1年が経ちました。何もしなくても時間が経ってしまうので、自分で何かを企画しないと、酔生夢死になります。キョーコさんに引っ張られて旅行すると、良い思い出ができます。充実した1年を過ごしたと総括しましょう。

今日も孫の乳母車を押して散歩をし、蕎麦打ち名人のおいしいお蕎麦をいただいて、進んでいない原稿を抱えて(つい先ほどまで格闘していました)、年を越します。
今年もこのホームページをご覧いただき、ありがとうございました。

ケーキ破損、原因が特定できない

12月に高島屋がネット販売したクリスマスケーキが、崩れた状態で客に届いた事件がありました。その原因について会社は、特定できないと公表しました。
・・・製造委託先や配送会社に調査した結果「原因の特定は不可能」と結論付けた。製造や保管、配送工程での温度管理は適切だったとしている・・・(日経新聞12月27日)。

これは困ったことです。原因がわからないと、今後も同様の事故が起きる可能性があります。2800個あまりを売って、そのうち約800個が壊れていたのです。1個や2個なら原因究明が難しいこともあるでしょうが、800個も、そして4個に1個が壊れているようでは、何か原因があるでしょう。少しでも、原因を絞り込めないのですかね。

それがわからないままに、今後も商品を売るのでしょうか。私が担当社員だったら、怖くて同じものは売れませんね。製造会社などを変える必要も出てきます。

令和5年の回顧3、生活

今年の回顧の3は、生活です。
今年も、仕事や原稿執筆に追われた1年でした。なかなか余裕ある生活にはなりません。自分で仕事を引き受けたり、仕事を作ったりしているのですが。夜の異業種交流会・意見交換会も多くて。読みたい本もなかなか読めず、たまるばかりです。「回遊魚」性格の性ですね。

新型コロナウイルス感染が下火になり、生活はコロナ前にほぼ戻りました。
キョーコさんのお供をしての旅行も再開。8月末から8日間、スペインに行ってきました。国内は京都のほかに新潟、広島(宮島など)も。放っておくと毎日同じことしかしない私の単調な生活に、キョーコさんが変化を与えてくれます。

息子は夏からアメリカ・ワシントン勤務で、先に赴任した嫁と暮らしています。インターネットで近況を報告してくれます。便利なものです。
娘の方の孫のうち、上の女の子は4年生。私は、もう相手にしてもらえません。下の男の子は1歳を過ぎ、休日に乳母車を押して散歩をしています。これが一番の楽しみです(笑い)。私にとっては健康のため、娘夫婦にとっては動き回る子どもを預かってもらえるので、役に立っていると思います。

母が96歳で旅立ちました。数年前に脚を骨折し手術はうまくいったのですが、コロナで面会ができず、認知症が進みました。長期間の入院もなく、苦しむことも少なく亡くなったことで、良かったと思っています。母が亡くなると、一緒に過ごした子供の頃を思い出します。うれしかったこと、楽しかったことです。それを思うと、昭和30年代の明日香村から遙かに遠いところまで来ました。

早寝早起きで、インフルエンザや風邪をひくことはなかったのですが、40肩ぎっくり腰に悩みました。それらも治って、健康に過ごしています。健康を維持するためには、努力が必要な年齢になりました。

経済学者の権威

12月14日の日経新聞夕刊1面コラムは、根井雅弘・京都大学教授の「松の廊下」でした。

・・・「松の廊下」といっても、浅野内匠頭が吉良上野介を斬りつけた江戸城のことではない。京都大学法経本館をエレベーターで3階まで上がると、そこに昔「松の廊下」と呼ばれた空間が広がっている。帝国大学時代、この3階には威厳のある教授たちの研究室が並んでいたのだろう。
もちろん、当時この目で見たわけではないが、私の大学院時代も、なんとなくその雰囲気は残っていた。というのは、「松の廊下」には、経済学部教授の伊東光晴研究室(ケインズ研究の権威)、菱山泉研究室(スラッファ研究の権威)、平田清明研究室(マルクス研究の権威)が並んでいたからである。学界の権威者ばかりである。壮観というほかない・・・

う~ん。経済学の権威は経済の様々な分野、例えば金融、産業、労働、物価、マクロ経済、ミクロ経済などの権威だと思うのですが。ここにあげられている方々は、ヨーロッパの経済学者についての権威なのですね。日本の学問が、欧米の輸入だったことを象徴しているようです。

令和5年の回顧2、執筆や講演

今年の回顧、その2は執筆や講演についてです。

まず、執筆です。連載「公共を創る」は、172回まで続きました。月に3回、12か月で36回です。1回あたりが400字詰めで15枚、6000字余りです。右筆の助けを借りて、締め切りに遅れることなく書くことができました。2019年4月から4年半以上、よく続いたものです。去年の年末にも「来年中には完結しますかね」と書いたのですが、今年も同じ台詞を書いておきます。
昨年から引き受けた時事通信の「コメントライナー」、今年は7回寄稿しました。官僚の経験を生かして、報道などとは少し違った分析、そして出来事ではなくより長い時間での社会の変化を書くようにしています。いかがでしょうか。こちらは1200字、言いたいことを短い分量に納めるため、文章をそぎ落とすことに苦労しています。

講演は、今年もたくさんのお呼びがありました。国や自治体の職員研修、東日本大震災の教訓などです。後者は、外国の方に説明する機会も多いです。今春から行政学者に官僚経験を話すことが始まり、毎月呼ばれています。
そのほかの出番も入れて合計すると、人前で話すことは40回を超えていました。新聞記者などの取材も、いくつか受けました。官僚のあり方についての質問が多いです。

このホームページも、毎日欠かさず記事を載せました。多くは事前に書いて、掲載を予約しておくのです。結構、時間を取られています。毎日ほぼ2本、年間で合計700本を超え、累計では1万本を超えました。
カウンターは400万を突破し、413万まで来ました。年初に389万でしたから、延べ24万人の方が見てくださいました。ありがとうございます。