読売新聞で紹介されました。

5月20日の読売新聞夕刊コラム「とれんど」で、棚瀬篤論説委員が「災害対応のイロハ」を書いておられます。その冒頭に、次のように書いていただきました。
・・・人間の脳は、1、2、3の次を「たくさん」と認識するという説がある。漢数字を見ても三までは棒の数だが、四から先は違う。
そんな話を交えつつ、若い後輩に助言する。1枚の紙に入れる項目は三つ以内に抑えよう、と。
前復興次官で内閣官房参与の岡本全勝さんが近著『明るい公務員講座』(時事通信社)で教える書類作成法の一つだ。40年近い公務員生活で身につけた仕事のノウハウを公開したという。
書類作成法では、ほかに「結論を先に」「目次をつける」といった助言もある。経験の浅い職員にはイロハのイが有用なのだろう・・・

ありがとうございます。
このコラムの趣旨は、この後にでてきます。全文をお読みください。

社会的孤立状態にある世帯

全国民生委員児童委員連合会が、「社会的孤立状態にある世帯への支援」を調査し、その結果を公表しています。「朝日新聞の記事」。
今日の大きな社会問題の一つが、社会的孤立です。近年顕著になった問題であり、明確な所管がなく、対処方法も確立していません。問題を抱えた家族が、どこに相談してよいかわからない。あなたがそのような状況になったら、そうでしょう。行政としては、それが一番の問題なのです。

今回の調査は、福祉の第一線で苦労しておられる民生委員さん、23万人に対する調査結果です。詳しくは、調査結果をお読みください。
民生委員の4人に1人が、社会的孤立の人に対応した経験があります。年齢は高齢者が多く、40歳台、50歳台も多いです。
認知症、近隣住民とのトラブル、外出が困難、うつ病、知的障害、引きこもり、ゴミ屋敷などのほかに、親の年金頼みで子が無職、働く意思や教育を受けようとする意思がない、アルコール依存症、不登校、家庭内暴力、高齢者虐待、児童虐待などもあります。
民生委員は、このようなケースを見つけたときは、しかるべき所につなぐのですが、これが難しいのです。対象者は様々な事情を抱え、かつ複数の原因があります。

かつての福祉は、生活保護が中心でした。経済的貧困などです。しかし、人とのつながりがうまくできないという、新しい型の困難が見えてきました。
経済的支援は手法としては比較的に簡単です。しかし、社会的孤立は他者との関係がうまくできないことで、支援者・支援組織との関係も難しいのです。「放っておいてくれ」と言われたらどうするか。「公権力は家庭に踏み込まない」という制約もあります。かつては、個人や家庭の問題だったのが、社会の問題になったのです。

私は、市町村役場に「包括的窓口」をつくる、国にも窓口になる専門部署をつくるべきだと考えています。まずは、そこがすべてを受け付けるのです。そこから、それぞれの専門部署につなぎます。
現状では、民生委員さんに、過重な負担をかけているように思えます。

私は今、大学の授業「公共政策論」で、これら「新しく生まれた社会の問題」を取り上げるところです。かつて、それを含め「社会のリスクの変化と行政の役割」として、連載をしました。一冊の本にまとめておけば良かったのですが、途中で東日本大震災対応に駆りだされ、連載も中断しました。今回は、再度考え方を整理する良い機会です。
このテーマは、私の行政論の柱の一つです。このホームページに「再チャレンジ」という分類があります。第一次安倍政権で、再チャレンジが主要政策になり、私が担当になりました。そこで、この新しい社会の問題、それに行政がどのように対応するかを考えることになりました。その際は、「再チャレンジ支援施策に見る行政の変化」月刊『地方財務』2007年8月号に、まとめておきました(もう10年も経つのですね)。

日経新聞に載りました

今日5月19日の日経新聞夕刊2面が、内閣官房参与を大きく取り上げていました。「官邸主導支える助言役 。内閣官房参与、首相決定へ流れづくりも 」。その一人として、私もでています。
・・・浜田、藤井氏以外で個別政策を担当する参与は、首相との面会はそれほど多くない。
2016年6月に「復興再生」担当の参与となった岡本全勝前復興次官は「首相と会うのは被災地の現場視察のときだけ」と話す。岡本氏は週2日は東日本大震災の被災地、福島で過ごす。
政権にとって、被災地の復興・復旧は最優先課題。岡本氏は「復興担当の参与を置いたのは政権を奪取したときの首相の意向」と語り、「参与の肩書があれば、官邸の意向と被災地の考えをどちらもくみ取ることができる」と指摘する・・・

正確には、「最近は、首相との面会は少ない」です。復興の方向性が、次第に定まりました。また、しばしば現地視察をしていただくので、総理に官邸でご報告する必要が少なくなってきたのです。これは、良いことだと思っています。
この記事でも解説されているように、内閣官房参与でも、様々な「役割」「形態」があります。

慶應義塾大学、地方自治論第6回目

今日は、慶応大学で地方自治論の講義。
先週提出された、小レポート(79人分)の講評から始めました。今日、5人が遅れて提出してくれました。
公共政策論での講義と同じように、2ページにわたる講評(箇条書き)を配り、口頭で説明しました。こちらの課題は、自治体を選び、首長の政策を取り上げ概要を書くとともに、自分の意見を述べることです。自治体の首長の施政方針演説など、まずは見たことがない学生たちに、関心を持ってもらうことを狙ったのですが。大成功でした。
みんな、さまざまな自治体と政策を選んで、自分の考えを書いてくれました。中には、他の自治体と比べたり、その市長の主張を3年分並べてその進捗を検討した、すばらしいレポートもありました。

学生たちは、レポートを書く機会は多いようです。しかし「講評をしてもらったこと」や「書き方の指導をしてもらったこと」は、ないようです。多くの学生に、喜んでもらえました。じっくりと時間をかけて解説した甲斐がありました。
今日の出席カードには、「先生が指摘した悪いレポートの例に、私のレポートは該当します。次回は、改良して書きます」という自己申告が、いくつも書かれていました。

授業では、5月15日の朝日新聞社説「憲法70年 地方自治を成熟させる」をとりあげ、解説しました。地方自治の現状を良くまとめてあるので、学生に理解してもらうには、良い教材でした。
彼ら彼女らは、革新自治体はもちろん知りませんし、公害対策や福祉、情報公開などで自治体学により先行したことも知りません。
この社説は、少々厳しい見方で書かれていますが、日本の地方自治の良い点は、私が授業で補いましょう。

イスラム教、スンニ派とシーア派の違い

先日、高岡さんの新著『外交官が読み解くトランプ以後』を紹介しました(5月2日の記事)。いろいろと教えられることがあったのですが、ここでは宗教について取り上げます。
中東を議論する際に、イスラム教は外せません。そして、スンニ派とシーア派の2大宗派があることも有名です。サウジアラビアはスンニ派、イランはシーア派です。何度も聞いたり読んだりしたのですが、その違いを覚えられません。高岡さんの本で、すっきりしました(p177~)。

時代とともに変化する日常生活を律するために、コーランを解釈する必要がでてきます。その際に、スンニ派は、9世紀までに確立した4代法学派に固定し、その後の新たな解釈を禁止します。イスラム法学者の解釈を経て、人間生活の法的規範「シャリーア」に詳細化します。そして信者は、ひたすらシャリーアを守ることで、天国への道が約束されます。他方で、シーア派はコーランなどの字面にこだわるのは形式主義過ぎると考えます。霊感を受ける能力のある聖職者から、コーランの秘密の意味を教えてもらいます。
これを高岡さんは、プロテスタントとカトリックとの違いと比べます。プロテスタントは、聖書を通じて神と直接交わることができます。対するカトリックは、神と信者との間に、ローマ教会が介在します。
教典を尊重するのか、聖職者を介在させるのかの違いです。
ここでは、ごく簡単に紹介しましたが、原文をお読みください。