大晦日

今日は12月31日。東京は穏やかな年の瀬です。私は、今年もいただいた日本一のお蕎麦を食べて、年を越します。皆さんにとって、今年はどのような年だったでしょうか。充実した一年であったことでしょう。
私は、仕事では、引き続き復興に携わりました。このホームページに、記録しているとおりです。関係者の努力のおかげで、それぞれに着実に進捗しています。しかし、大規模な災害故に、なお23万人あまりの方が自宅に戻れず、4度目の正月を迎えようとしておられます。引き続き事業の促進に努めます。
「副業」では、いろいろと書きたい原稿もあるのですが、なかなか書くことができません。それだけ毎日が忙しいのだと、言い訳をします。発災直後に比べると、徐々に仕事は軌道に乗っているのですが、それでもなかなか自分の時間を取ることができません。また、歳をとると、時間が過ぎるのが早いです。
家庭では、3月に娘に女の子が誕生し、おじいさんになりました。まあ、そんな歳になったということですね。私を含め、全員が健康で過ごすことができました。ありがたいことです。
今年1年、つまらないこのページにお付き合いいただき、ありがとうございました。よいお年をお迎えください。

年末の一日

今日の東京は、暖かな一日でした。職場からはメールで報告をもらうことにして、「出社に及ばず」とのこと。
まずは、玄関に松飾りを付け。ご近所でも、昨日までに庭師さんが入って庭木を剪定したり、門松を立てたり、正月準備が進んでいます。キョーコさんのお供をして買い出しに。生鮮食品売り場は、元気が出ますね。鮮やかな赤のイチゴやトマト、黄色いミカン類、みずみずしい緑の野菜、様々なチーズ、お酒のたぐい。おいしそうな食品がたくさん並んでいて、見ているだけでうれしくなります。とても、食べきれませんね。お正月用兼私の誕生日用の鯛を選んできました。
さらに運動不足解消に、久しぶりに善福寺川散歩。木々は葉を落としていますが、芽が膨らんできています。

現代日本政治、新しい研究成果

砂原庸介・大阪大学准教授が、恒例の「今年の◯冊2014年」を載せてくれました。対象とする範囲は限られていますが、便利な「現代日本政治の研究案内」です。詳しくは、本文をお読みいただくとして、いろんな分野でいろんな角度からの研究が出版されているのですね。私も、紀伊國屋に寄っては、新刊書を確認しているのですが。知らない本がたくさんあります。
ところで、これを読みながら、次のようなことを考えています。これら研究者の成果を、行政(組織とともに、国家公務員と地方公務員)が、どのように吸収しているか。これら研究成果が、どのように行政に反映されているかです。
一つには、個別政策についてです(各論)。そのテーマを担当する行政部局と研究者が同じ方向を向いているなら、簡単です。そうではなく、現行の行政に対し批判的、あるいは方向転換を求める研究の場合です。行政側に、その研究に耳を傾けるだけの度量があるかどうか。自分のやっていることにケチを付けられたくないですし、方向転換は難しいです。すると、各テーマの政策共同体を、どのようにうまく活用していくか。さらには、マスコミや政党・政治家の役割が、必要となります。よって、マスコミの政治部記者にも、勉強してもらいたいです。
もう一つは、もう少し広く、行政のあり方や仕事の進め方について、公務員がこれらの成果を吸収することです(総論)。自分の専門分野に閉じこもることなく、また先輩から引き継いだ流儀を守るだけでなく、新しい行政分野や新しい流れをどのようにして拾い上げるか、視野を広げるかです。
自説の繰り返しになりますが、日本の行政は明治以来の目標(豊かになること、欧米先進国に追いつくこと)を達成し、次の段階に転換することを模索しています。「前例どおり」「お手本どおり」が通じない時代に、新しい方向と手法を考えることが、行政と公務員に求められています。これからの行政の役割や手法、そして公務員のあり方を考える部局はありません。一人ひとりの公務員が、考えなければなりません。新しい研究成果は、マスコミなどからの批判や問題提起とともに、考える際のきっかけ・資料となると思うのです。

原稿1本完成

今日の東京は、寒い雨の日でした。年賀状も書き上げたので、書斎にこもって原稿書き。1月締め切りの原稿を書き上げました。雑誌の大震災から4年目の特集に載せるものです。乞うご期待。
この原稿はほぼできていたのですが、草稿に目を通してもらった知人たちからの意見を反映し、またしばらく寝かせて置いた間に思いつくこともあり。さらに読み返すと、加筆したらよいところもでてきました。2万4千字の大作です。書き始めると書きたいことがたくさんあって、こんなに分量が増えました。編集長、どうしましょう。

地方財政制度を統治の観点から考える

小西砂千夫先生が『統治と自治の政治経済学』(2014年、関西学院大学出版会)を出版されました。
・・筆者はこれまで、地方財政や地方自治の研究を行うなかで、制度を設計し、運営する側の立場にたって目の前の事実を補足しようと心掛けてきた。毎年度、地方財政に関する予算折衝が、旧自治省と旧大蔵省との間で展開されるが、それは戦争にも例えることができる・・そこにみえてくるのは、予算折衝におけるパワーバランスである。旧大蔵省と旧自治省だけがプレーヤーではない。官邸、閣僚、与党、野党、地方6団体などの様々なプレーヤーが登場する・・
・・財政学研究は官房学を起源とする伝統的な財政学に、近代経済学のめざましい発展の要素を取り入れることによって、学問的なコンテンツを充実させてきた。それ自体は、けっして悪いことではない。しかし、財政学が対象とする政策課題がそれですべて解けるわけではない。ましてや、財政学は応用経済学の一分野などではない。公共経済学の発展は喜ぶべきことだが、それが財政学に代わって。財政問題をアプローチする学問となることはできない・・(序章)
地方財政制度や毎年度の地方財政対策は、経済的機能とともに、政策意図や政治によって決まるという要素を持っています。
私はかつて『地方交付税・仕組と機能』(1995年、大蔵省印刷局)を書いた時に、仕組みの解説とともにそれが果たしてきた機能についても解説しました。その後、さらに視野を広げて、「財政調整制度の機能と思想」を書こうと考えていました。「今後書こうと思っている論文」に「地方交付税制度がどのような思想に支えられて、50年機能したか。また変化してきたかを、大きな観点から考えてみたいと思っています」と書いたのですが。
しかし、その後、交付税の仕事から離れたことと私の関心が他に移ったので、とうとう書くことができませんでした(それどころか、『地方交付税』の改訂もしないまま、もう20年も経ちました。すみません。後輩に期待します)。私の意図とは必ずしも一致しませんが、小西先生の著作は重なるところが多いです。
制度にあっては、制度設計者の意図と、それが果たしてきた機能が重要です。『新地方自治入門』では、地方交付税制度が戦後の日本の発展(地域のナショナルミニマム整備)に大きな貢献をし、日本社会を安定させたことを書きました。
官僚が、制度や法律の解説を書くことがあります。私は、それに携わった官僚の務めだと思っています。その際に、仕組みの解説だけでなく、どのような意図で作ったか、また一定期間後には、どのような成果を上げたかどのような機能を果たしたかも、書くべきだと思っています。そうでないと、価値がないですよね。