年別アーカイブ:2013年

日本とドイツ、戦後の近隣諸国との付き合いの違い

2013年10月21日   岡本全勝

10月3日(すみません古くて)の朝日新聞オピニオン欄、駐日ドイツ大使のフォルカー・シュタンツェルさんの「これからのドイツは」から、日本に関する部分を引用します。聞き手は、有田哲文・編集委員です。
「戦後史を振り返ると、ドイツはずっと『経済的には大国だが政治的には小国』と言われてきました」という問に対して。
・・それは、私たちの「自制」という考え方から来るものです。
私たちは侵略者でした。戦後になると、周りの国すべてが私たちの犠牲者でした。もし、もうドイツのことを恐れてほしくない、協力してほしいと思うならば、自分の考えを他国に押し付けるのを控える以外にありません。もちろん、私たちの要求を一切言わなかったわけではありません。しかし、その時には欧州の多国間の枠組みで進めました・・
「日本にも同じような自制の態度が見えますか」という問に対しては。
・・もちろんそうです。日本もひどい戦争を引きおこし、そしてその戦争に負けた後、ドイツと似たような結論を導き出したのだと私は考えています。経済発展に専念し、国家を再建するけれども、決して自分の意思や利益を他国に押し付けることはしない。自制とは、賢い政策です・・
「でも、日本はドイツと違い、いまだに中国や韓国との歴史問題をかかえています」
・・不幸にも日本とドイツでは環境に大きな違いがあります。欧州では私たちだけでなく、フランスなど私たちの犠牲者であった国々も和解を望んでくれました。そして彼らと一緒に、EUをつくるという事業を成し遂げることができたのです。しかし、日本の場合は、アジア連合のような事業はありませんでした。中国は共産主義国家だし、韓国はかつて軍事独裁でした。これらの国は民主的なパートナーにはなりえませんでした。同じ立場に立って多角的な協力を政策として進めることは、私たちよりもずっと難しかったと思います・・

楽天、日本シリーズへ

2013年10月21日   岡本全勝

東北楽天がクライマックスシリーズで、千葉ロッテを破り、日本シリーズ出場を決めました。次は、日本一を期待しましょう。

日本の大学、頭脳のガラパゴス化

2013年10月20日   岡本全勝

10月9日の朝日新聞オピニオン欄、野依良治さんのインタビュー「頭脳、大循環時代」から。
・・日本ではほとんど注目されていませんが、学界トップの壮絶な引き抜き合戦が、国を超えて繰り広げられています。たとえば、米国の名門ロックフェラー大学が2003年に学長として引っ張った英国のノーベル賞学者を、英国は7年後に王立協会会長として取り戻しました。米ロ間では、米在住のロシア人科学者をめぐる攻防がありました・・
・・現代は知識に基盤を置くグローバルな社会です。人や資源、情報は簡単に国境を超え、一国の発展を担う科学技術も国家の枠内にとどめておくことが難しい。優秀な人材をあらゆる階層で引き抜きあい、異才を融合して新たな知につなげようという頭脳の大循環を引き起こしているゆえんです。とりわけ、新しい時代の研究機関の経営ができる力量ある人材は限られています。こうした動きに新興国も積極的に加わりつつありますが、日本はその認識が乏しい。世界の潮流から取り残され、独自の道を歩む「ガラパゴス化」を指摘されても仕方がない状況です・・
・・グローバル化と国際化は連続していますが、区別して考えなければなりません。国際化は自分たちの国の特質を堅持したうえで、諸外国と関係をつくること。グローバル化は世界の一体化です・・
・・日本の国立大学の学長の8割に留学経験がない、というのも際だっています・・

・・かつては個人戦でしたが、いまや団体戦です。異なる分野との連携や融合がものをいう。若者や女性、外国人の参加が絶対に必要です。違う感性を持っているからです。パスツールは「科学に国境はないが、科学者には祖国がある」といいました。研究者の発想のもとには文化があります。一番大事なのは、さまざまな文化を背景に持つ人たちが直接顔を合わせて連携することです。違うものとの出会いが新たな価値を生む。本人がいかに優れているかより、いかに触発されるか。同質の統合ではなく、機能を重視した横断型ネットワークが欠かせません。
いかなる国でも、外からの多様な人材が必要ですが、残念ながら、いまの日本の国立大学には、外国人を呼び込むだけの魅力がありません。これまでの慣習と成功体験の呪縛によって、世界の潮流に乗れていません。科学の共通語は英語ですが、大学院ですら日本人の、日本語による、日本人のための教育と研究です。これでは若い外国人は来ません。留学生の割合は米国で3割、欧州では5割ですが、日本では東京大学でも14%です・・
これもまた、日本のこれまでの成功の裏返しです。日本は、英語を使わずに高等教育ができる、数少ない国です。政財界のエリートも、日本語で用が足せました。

美術館のはしご

2013年10月20日   岡本全勝

今日の東京は雨、しかもかなりきつい雨風でした。各地で被害が出ないことを、祈っています。
しかし、行けるときに行っておかないと決心して、上野の博物館へ。傘を差していても、ズボンと靴はズクズクになりました。観客は比較的すいていましたが。
最初は、東京都美術館のターナー展に。光と大気を描いたと言われる、あの霧のかかったような、そして光の魔術というべき表現は独特ですね。当時の美術界から批判を受けたことがわかります。
続いて、国立博物館へ。まず「京都展」で、洛中洛外図屏風を見ました。かつて、岡山の林原美術館でも、いくつか見たのですが。今回は、前期と後期の両方を見ると、現存する洛中洛外図屏風を総べてみることができます。東博も力が入っていますね。
大スクリーンで拡大した説明が、わかりやすかったです。これを見てから実物を見ると、なるほどそうなのかと理解できます。建物がどこを表しているのかだけでなく、描かれた人物が何をしているのかまで。逆に、この説明がないと、「金の雲の間に、お寺と家が並んでいるなあ」くらいしかわかりませんね。しかも実物に書かれた人物は小さくて、よくわからないのです。ビデオの拡大は、威力があります。
黒田日出男さんや今谷明さんの謎解き本を読んで、「そう推理するのか」と感動したことを覚えています。
もう一つの見所は、竜安寺石庭の四季を写したビデオ(リンク先のページの真ん中くらいに出てきます)です。早送りで1年を見せてくれます。雪景色、春の桜、夏の青葉、秋の紅葉。これは感動ものです。単なる早送りでなく、それぞれは現実の早さなのですが、それをつなぎ合わせてあります。でも、それが上手につないであって、不自然ではないのです。「このビデオは販売していますか」と職員に聞いたら、「売っていません」とのこと。売れば、ヒットしますよ。四季を4枚にした絵はがきは売ってましたが。
続いて、東洋館での「上海博物館 中国絵画の至宝」へ。これまた、なかなか見ることのできない超絶技法を見せてもらいました。

アラビア語通訳のいない日本

2013年10月19日   岡本全勝

10月11日朝日新聞オピニオン欄、水谷周さんの「外国人をもてなす、アラビア語の需要に備えよ」から。
・・アラビア語は日本では、特殊語とみなされる。ところが広く国際社会を見渡すと、多くの人が使用する広域言語なのである・・
・・アラブ人でなくてもイスラム教徒(ムスリム)となれば通常、聖典コーランを読むためにアラビア語を習得する。ムスリムはアジアやアフリカ、欧米も含め、世界人口の4分の1になりつつある。英語と匹敵する存在とも言え、国連の6公用語の中でもフランス語やスペイン語などとは比較にならない・・
・・このようなアラビア語の隆盛を前提としたとき、相変わらず特殊語扱いする日本の取り組みの貧弱さが目立つ。アラビア語の授業を行っている大学は40以上あるが、実用段階にいたる程度の指導体制を持っているところは5本の指ほどもない。また筆者の知る限り、日本語との十分な同時通訳者は5人といない。首相の出席する会合でさえ、英語を介しての二重通訳という場面も生じるのである・・
そんなに少ないとは、知りませんでした。