日本の大学、頭脳のガラパゴス化

10月9日の朝日新聞オピニオン欄、野依良治さんのインタビュー「頭脳、大循環時代」から。
・・日本ではほとんど注目されていませんが、学界トップの壮絶な引き抜き合戦が、国を超えて繰り広げられています。たとえば、米国の名門ロックフェラー大学が2003年に学長として引っ張った英国のノーベル賞学者を、英国は7年後に王立協会会長として取り戻しました。米ロ間では、米在住のロシア人科学者をめぐる攻防がありました・・
・・現代は知識に基盤を置くグローバルな社会です。人や資源、情報は簡単に国境を超え、一国の発展を担う科学技術も国家の枠内にとどめておくことが難しい。優秀な人材をあらゆる階層で引き抜きあい、異才を融合して新たな知につなげようという頭脳の大循環を引き起こしているゆえんです。とりわけ、新しい時代の研究機関の経営ができる力量ある人材は限られています。こうした動きに新興国も積極的に加わりつつありますが、日本はその認識が乏しい。世界の潮流から取り残され、独自の道を歩む「ガラパゴス化」を指摘されても仕方がない状況です・・
・・グローバル化と国際化は連続していますが、区別して考えなければなりません。国際化は自分たちの国の特質を堅持したうえで、諸外国と関係をつくること。グローバル化は世界の一体化です・・
・・日本の国立大学の学長の8割に留学経験がない、というのも際だっています・・

・・かつては個人戦でしたが、いまや団体戦です。異なる分野との連携や融合がものをいう。若者や女性、外国人の参加が絶対に必要です。違う感性を持っているからです。パスツールは「科学に国境はないが、科学者には祖国がある」といいました。研究者の発想のもとには文化があります。一番大事なのは、さまざまな文化を背景に持つ人たちが直接顔を合わせて連携することです。違うものとの出会いが新たな価値を生む。本人がいかに優れているかより、いかに触発されるか。同質の統合ではなく、機能を重視した横断型ネットワークが欠かせません。
いかなる国でも、外からの多様な人材が必要ですが、残念ながら、いまの日本の国立大学には、外国人を呼び込むだけの魅力がありません。これまでの慣習と成功体験の呪縛によって、世界の潮流に乗れていません。科学の共通語は英語ですが、大学院ですら日本人の、日本語による、日本人のための教育と研究です。これでは若い外国人は来ません。留学生の割合は米国で3割、欧州では5割ですが、日本では東京大学でも14%です・・
これもまた、日本のこれまでの成功の裏返しです。日本は、英語を使わずに高等教育ができる、数少ない国です。政財界のエリートも、日本語で用が足せました。