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福島出張

2015年1月21日   岡本全勝

昨日20日は、福島県市町村に意見交換に行ってきました。郡山駅から、葛尾村(三春町の仮役場)へ。そして、飯舘村(仮役場と本役場)。そこから東へ下って、南相馬市。国道6号線を南下して、富岡町、楢葉町へ。5つの市町村長の意見を、聞いてきました。それぞれ首長さんとは、長い付き合いです。発災直後は、ほとんどすべての方々から、要望やら苦情をお聞きしていたのですが。その後、福島担当と岩手・宮城担当の統括官をそれぞれ置いたことと、現地には局長を置いたので、最近は私が市町村長と現地でお会いすることは、あまりないのです。
旧知の方々なので、いろいろとご苦労を聞いてきました。復興庁本庁で職員からの報告を受けているのと、現地で本音のお話を聞くのとでは、ご苦労に対する理解度が違います。参考になります。1日で5市町村を回るという、強行軍でした。

復興、教訓を生かす

2015年1月19日   岡本全勝

1月17日は、阪神淡路大震災から20年でした。各紙が特集を組んでいましたが、前回の教訓を東日本大震災に生かしていることを伝える記事も、多かったです。毎日新聞では、「阪神の経験、東北に」という特集を組んでいました。兵庫県と県内自治体から、被災地に延べ17万8千人の職員が派遣され、現在も142人が活動しています。自治体から大勢の職員を、かつ継続的に派遣することも、今回の新しい取り組みです。このほかの自治体も含め、ありがとうございます。また記事では、派遣された職員の活躍ぶりが紹介されていますが、特にコミュニティの再建支援が取り上げられています。
住宅を作っただけでは孤立が生じることを、阪神淡路大震災で学びました。今回の復興に際して力を入れているのが、健康やコミュニティの再建です。これは、被災者自身に取り組んでもらわなければならないのですが、その支援を経験のある自治体職員やNPO職員が行っています。復興庁が、その必要性を関係自治体に周知し、また彼らの活動を支援しています。

被災企業支援、阪神淡路との違い

2015年1月17日   岡本全勝

1月16日の読売新聞連載「教訓阪神大震災20年」第5回は、「企業支援、脱付け焼き刃」でした。阪神大震災の際にはなかった、中小企業の復旧支援制度が紹介されていました。これは、東日本大震災に際して、経済産業省中小企業庁が作ってくれた制度です。「グループ補助金」と略称しています。被災企業が複数で共同して事業復興計画を作り、地域の復興に貢献すると認められると、施設設備復旧費の4分の3の金額が国費で補助されます。これまでに、約1万社がこの補助を受けています(最近の採択例)。かつては、「民間企業は、自己責任で事業を行うもの」というのが「行政の哲学」でした(どこにも書いていない不文法でしょうか)。よって、儲けも損も、会社次第。災害があっても、政府は緊急に低利融資を行う程度でした。今回の大震災では、大きく転換して、被災企業の復旧を国費で支援しています。その代表がこの補助金です。また、工場や店舗を無料で貸し出すこともしています。
記事には、次のように書かれています。
・・過去の災害での中小企業支援は、低利融資が関の山だった。グループを「地域復興のリード役」とみなし、公費を民間企業に直接投入する大胆な試みは、震災後に急きょ検討され、3か月足らずで打ち出された・・
私も、この英断に驚きました。何度も繰り返しているように、インフラや住宅が復旧しただけでは、町の賑わいも地域の生活も戻りません。働く場や商店が必要なのです。都会で、店を開けばお客がたくさん来て儲かるところなら、民間企業の自主性に任せておけばすみます。しかし、過疎地では、高齢化した店主が事業再開をあきらめる場合も多いのです。
これまで、グループ補助金に使った総額は、1万社に対し、4,500億円です。これによって、再開した工場で働くことができ、町の賑わいが戻り、再開した商店で買い物ができるのです。これをしなかった場合の失業者や生活保護の増加といった「財政の損得勘定」だけでなく、金銭評価できない、家族の喜び、町の賑わい、暮らしの便利さにも大きな効果がありました。関係者からは、「ヒット作」と評価されています(もちろん、何でも国費で支援すればよいといったものでもありません)。
的確な記事を書いていただき、ありがとうございます。インターネットで読めないことが残念ですが。

住宅再建の加速、隘路打開

2015年1月17日   岡本全勝

昨日16日、第8回の住宅再建・復興まちづくりの加速化のためのタスクフォースを開催し、これまでの対策の成果を確認するとともに、隘路打開のための対策をまとめました。「隘路打開のための総合対策」。
NHKニュースにもあるように、災害公営住宅整備事業の8割、高台移転の9割で工事が始まっているものの、完成したのは災害公営住宅で1割、高台移転で3割(地区数)です。工事には一定の期間がかかります。しかし、一日でも早く入居していただけるように、関係者が様々な工夫をしています。全国から職員を集め、公費で生コンのプラントを作ったり、家が建った場合に登記が素早くできるように法務局と連携をとったりというように、知恵を出してもらっています。こんな知恵も出しているんだと、驚きます。とともに、知恵を出してくださっている関係者に感謝します。

福島県視察、進んでいる住宅再建

2015年1月15日   岡本全勝

今日15日は、復興大臣のお供をして、福島県新地町相馬市を視察しました。浜通の北、宮城県境にあります。放射能汚染は免れたのですが、津波で大きな被害を受けました。
町長と市長のリーダーシップの下、順調に復興事業が進んでいます。防災集団移転事業と災害公営住宅建設は、この3月ですべて完了します(相馬市の場合)。新しくできた住宅団地では、まだ工事中の住宅もありますが、たくさんの住宅がきれいにできあがり、洗濯物が干してありました。相馬市では、市長のアイデアによる「井戸端長屋」も見てきました(私は、何度も視察してますが。久しぶりだったので、市長からは「最近来ないね」と笑われました。すみません、いろいろと忙しいので)。新地町では、避難者の65%の方が、この正月を自宅で迎えることができたとのことです。新しく作るJR新地駅前の区画整理事業が残っていますが、それ以外は完成です。
このように、早いところでは、住宅再建が終わりつつあります。防潮堤や道路など、まだ工事が残っている部分もありますが。被災者にとって一番待ち望まれるのは住宅ですから、これが完成するのはうれしいですね。しかし、次に、高齢者の見守りや、新しいコミュニティ作りが、課題になっています。これは、お金を出して業者に委託できるものではないので、難しいです。必要なのは「人」です。