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原発被災地域の事業者再開支援

2015年8月25日   岡本全勝

8月24日に、原発避難12市町村の事業者の事業再開(商工業や農業)を支援する、国、県、民間企業による合同チームが、発足しました。対象となる約8千事業者などを訪問し、再建計画の策定を支援します(福島民報記事経産省ホームページ)。8千社を戸別訪問することは、大変な労力が必要です。訪ねて、個別に相談に乗るのです。しかも、元の市町村にはおられず、避難しておられます。その方々と連絡を取り訪問するためには、関係者の協力が必要です。
この仕事は、原発事故の後始末なので、原災本部の所管です。実質的には、経産省が担っています。今回も、前次官の立岡恒良さんが、事務方トップとして赴任して指揮を執ります。

中西準子先生、早期帰還目指し線量の見直しを。2

2015年8月25日   岡本全勝

昨日の続きです。
・・・ただし、被災者にリスクの許容を求めるだけでは、だめだと思います。それぞれが考え方や生活の条件が違うので、避難生活を余儀なくされたすべての人に、公的な支援による移住の選択肢をつくることが必要です・・・
「提案への反響は」という問に対しては。
・・・国や行政は政治的な問題から何も言えないようです。市民団体は「リスクを許容させるなんてけしからん」と。ある専門家は「非常に有害」と批判してきました。これに対し、私は「除染を徹底するほど被災者は帰れなくなりますが、それはどう考えていますか」と問いかけましたが、返事が来ません。別の側面を考える習慣がないのでしょう・・・

中西準子先生、早期帰還目指し線量の見直しを

2015年8月24日   岡本全勝

東京新聞8月23日「あの人に迫る」は、環境リスク学者の中西準子先生でした。
「なぜ除染と帰還の目標に、国が長期に目指すとしている放射線追加被ばく線量の年1ミリシーベルトより高い、年5ミリシーベルトを提案したのですが」という問に。
・・・私は、原発事故の被災者一人ひとりが今後の人生を決めていくことを念頭に考えました。現状では判断材料が乏しい。簡単に除染できないことが既にわかっているので、1ミリシーベルトを帰還の目標にすると、ほとんどの人がいつ帰れるのか分からないのです。
だから、被災者の人生の大切な時間が奪われないよう、なるべく早く帰れるような条件と根拠を探りました。学業や就職など人生の一区切りを15年とし、期間後に1年間住んでも積算で100ミリシーベルトを超えず、その間に自然減で年1ミリシーベルトになるという条件を設定しました・・・
・・・一方、現実的な除染を考えると、年5ミリシーベルトなら数年内の目標として可能です。この値なら、自然減を加味すると15年間の積算線量は100ミリシーベルトを大きく下回ります。このリスクは、私たちが日常的にさらされている化学物質のリスクと比べても大きくありません・・・
・・・除染の目標を徹底的に下げれば、放射能のリスクが下がるから良いように思えますが、逆に、いつまで経っても帰れません。
その間に、被災者の生活や人生設計が破壊されるリスクを考えないと。一つのリスクを無理に減らすと、別のリスクが大きくなる。これをリスクトレードオフといいます。
水道水の塩素消毒では発がん性物質ができますが、感染症を防ぐために、そのリスクを私たちは受け入れています。大気中の発がん性物質も環境基準として一定程度認められているのは、自動車や産業活動を止めるわけにはいかないから。互いにバランスをとって生きましょうという考え方です・・・

JR常磐線再開に向けて

2015年8月21日   岡本全勝

JR常磐線は、まだ全線が開通していません。津波の被害にあった地域(例えば宮城県山元町、福島県新地町)では、内陸部に移設する工事をしています。放射線量の高いところでは、まだ工事に着手できません。JR東日本が、試験的に除染を始めました(福島民報記事)。
福島県浜通を南北に貫く交通は、国道6号線が通行可能になり、高速道路の常磐道も開通しました。残るのが、鉄道の常磐線です。道路の2本は、除染をして通行可能になりました。ところで、道路は走り抜ける(途中で止まらない)ことを前提にしています。徒歩や自転車は禁止です。鉄道の場合、事故で停車したら、乗客をどう避難させるか。除染と復旧のほかに、解決しなければならない課題があります。