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被災者へのゆがんだ視線

2017年3月16日   岡本全勝

4月15日の福島民友新聞が、「復興の道標・不条理との闘い」「笑顔は困ると中傷 被災者へゆがんだ視線」を報道していました。
・・・「おまえたちが笑顔では困る。泣き悲しんでいないといけないんだ」。NPO法人ハッピーロードネット(広野町)の理事長・西本由美子(63)はある時、こんな中傷の電話を県外の男性から受けた。
本県沿岸部を南北に貫く国道6号の環境美化に取り組む清掃ボランティア活動「みんなでやっぺ!きれいな6国」を、浜通りの各青年会議所と協力して実施している。
高校生らが、自分の通学路のいわき、広野、南相馬、相馬、新地5市町でごみを拾っているが、これに対し「子どもを被ばくさせる殺人者」などと国内外から活動を批判、中傷するファクスやメール、電話が殺到した・・・
・・・「泣き悲しんでいないと困る」との中傷もその一つだ。国の原子力政策への不信感などを背景に、東京電力福島第1原発周辺地域を「原発事故被害の悲劇の象徴の地」として固定しようとする外部からのゆがんだ思いが、県民を苦しめる。西本は「原発に賛成、反対とは関係なく、私たちがここで生活しているということを分かってほしい」と願う・・・

「被災者に寄り添う」と言いつつ、一部の人ですが、被災者を傷つける言動をする人がいます。また、結果として、被災者の自立を妨げている言動もあります。「支援」が、被災者を「被災者という状態に固定してしまう」ことになっているのです。

第一原発視察

2017年3月13日   岡本全勝

今日は、久しぶりに第一原発を視察しました。国会議員の勉強会に同行してです。私の役割は、バスの中で、復興の現状と課題を説明することです。初めて入る方もおられ、説明のしがいがありました。

第一原発敷地内は、どんどん変化しています。簡単に言うと、「平常の作業場」になっています。かつては防護服を着て、顔を覆う面体をつけて、苦しかったですが、今はほとんど普通の工場と同じです。ヘルメットとマスク、違うのは入退場時に放射線量検査を受けることです。もっとも、これも念のためで、飛行機に乗るより、受ける放射線量は少ないのです。

いまも、毎日6千人の作業員が働いています。廃炉作業は、まだまだ続きます。30年とか40年と想定されています。具体的な工程表を作ることができません。技術的に難しいのです。となれば、無理して急ぐことなく、着実に進める方が良いでしょう。40年と言うことは、人生で言うと2世代です。私が公務員になったのが39年前です。いかに時間がかかるかわかります。速度より、着実な作業を期待しましょう。無理して、二次災害を起こすことは困ります。

3.11、各紙の報道

2017年3月12日   岡本全勝

3月11日、各紙が特集を組んでくれました。
読売新聞社説は「大震災6年 きめ細かな復興支援が大切だ」でした。
・・・暮らしの基盤再生は、ようやくヤマ場を越したと言えよう。
復興・創生への道筋を具体的に示し、被災地のこれからの歩みを後押しする。復興庁を始めとする政府の責務である。JR仙台駅から南に約4キロの街中に、2万4000平方メートルの更地が広がる。仙台市内最大の仮設団地だったが、昨年10月に解体作業が始まり、今年2月には地権者に土地が返還された・・・
・・・移転先の復興住宅などでは、コミュニティーの構築が、必ずしも順調には進んでいない。
仮設住宅では、行政とNPOなどの民間団体が手を組み、住民同士の交流を促す活動を展開してきた。高齢者らの買い物をサポートする団体もあった。仮設から移り、こうした取り組みが減った、と岩手県内の被災者の一人は語る。
NPOなどとの連携は、復興庁が重点的に手がけてきた手法だ。引き続き積極的に活用して、住民の孤立を防いでもらいたい・・・

紹介されている仙台市の長町駅前仮設住宅団地は、新幹線の窓からもよく見えました。すっかり更地になっています。
読売新聞は、特別面「復興事業一歩ずつ」で、かさ上げ工事がいかに膨大な作業であるかを、絵入りで解説していました。なぜ、6年経っても新しい町ができないか、仮設住宅が解消されないかが、よくわかる記事でした。ありがとうございます。

被災企業再建補助金の成果

2017年3月11日   岡本全勝

3月10日の日経新聞が、「被災企業 一括支援が効果」を書いていました。東日本大震災で新設した、「中小企業グループ化補助金制度」です。
・・・東日本大震災で、国が被災企業に資金を支援する補助金が復興を後押ししている。日本経済新聞社の調査では受給した9000以上の事業者で破綻したのは一部にとどまったことがわかった。被災企業がグループを組んで再建する場合に補助する震災後に新設された制度で、地域経済の再建を下支えしている・・・

延べ9,419事業者に、4,650億円の補助をしました。そのうち破産・廃業は61事業者、0.6%です。他方、3県には10万社弱の事業者があり、この間の倒産は1,099県で、1.1%が倒産しています。「グループ化補助金は被災企業の破綻を大幅に抑えた」と記事は評価してます。原文をお読みください。

しっかりした分析の良い記事を書いてくださって、ありがとうございます。
とかく役所は「これをします」とは発表するのですが、「その結果、これだけの効果がありました」と分析するのを怠るのです。

3.11、あれから6年

2017年3月11日   岡本全勝

2011年3月11日から、6年が経ちました。早いようにも思いますし、長かったとも思えます。避難者にとっては、とても長い6年だったでしょう。復興に携わっている、特に働きづめだった市町村長や職員にとっては、あっという間の6だったでしょう。私もそうです。

この1週間、マスコミが特集を組んでくれています。この時期には、もはやニュースになるような政策はなく、現場の復興状況の報告と、政策の検証が中心になっています。断片的なニュースでなく、大きく紙面を取った進捗状況や課題の報告は、全体像を把握しやすく、ありがたいです。
このホームページでも取り上げたように、被災市町村長はかなり復興が進んでいると考え、復興のめどがつきつつあります。
岩手、宮城の津波被災地域では、住宅再建にめどがつきました。福島の原発被災地では、帰還可能な地域は避難指示が解除されます。帰還困難区域では、復興拠点を作ることとしました。福島でも、新しい段階に入ります。

当初は確たる当てもなく、10年を復興期間とし、その半分を集中復興期間としました。各地の具体的な計画はまだできていなかったのですが、区切りは必要ですから。結果として、津波被災地域は、この期間設定は適切でした。福島は、当初は、いつになったら帰ることができるか、皆目見当がつきませんでした。ここは、5年が区切りでなく、6年が一つの区切りになりました。

しばしば「6年前は、6年後をどう想像していましたか」と質問を受けます。私の感想は、「6年でここまで復興するとは、想像もできなかった。津波のがれきを見て、いつがれきが片付くのだろうと、計画も立たなかった。福島では、いつになったら人が住めるようになるのだろう。何十年かかるのだろうと思った」です。それを思い返すと、6年でよくここまで復興したものです。多分、多くの市町村長は同じ思いだと思います。
しかし、まだまだ道半ば、福島は緒に就いたばかりです。引き続き、力を入れていきます。