カテゴリーアーカイブ:このページの歴史

イギリス、廃炉作業に163年。

2017年4月3日   岡本全勝

3月23日の読売新聞夕刊に、「英原子力事故 廃炉に163年」という記事が載っていました。英国北西部のセラフィールド原子力施設にある、ウィンズケール原子炉は1957年に国際原子力事故評価尺度でレベル5の火災事故を起こしました(福島第一原発事故はレベル7です)。
・・・事故発生から既に60年だが、同施設を運営するセラフィールド社のロジャー・カウトン渉外本部長は「原子炉建屋には核燃料が残っていて、解体の方法はまだ決まっていない」と語る。廃炉作業終了の目標は、今から約100年後の2120年。事故から廃炉まで、163年かかる計算だ・・・

事故を起こした原発の廃炉作業は、時間がかかるのですね。福島原発も同様でしょう。また、数10兆円という膨大な経費がかかると想定されています。それは、電気料金や税金でまかなわれます。安全第一で、かつ経費も安く進めてほしいです。

原発事故避難指示解除

2017年4月1日   岡本全勝

ニュースで報道されているように、原発事故避難指示区域のうち、飯舘村(の大部分)、川俣町山木屋地区、浪江町(の一部)、富岡町(のかなりの部分)が、3月31日と4月1日に、避難指示が解除されました。避難指示の区域は、1,150平方キロから370平方キロに、対象区避難者数は8.1万人から2.4万人に、それぞれ約3割になりました。「原子力災害対策本部資料p2
これで、帰還準備区域(緑)と居住制限区域(黄色)は、ほぼ解除されました。富岡町と浪江町は、解除されていない地区もあるのですが、町の中心部が解除されたので、街の機能を復興することができます。
残るのは帰還困難区域(赤)です。この区域は、線量が高く帰還の見通しは立ちません。双葉町と大熊町は、ほとんどがこの赤になっています。そこで、線量の低い町の中心部を復興拠点として、限られた区域ですが、そこから復興を進めることとしています。避難指示の解除は、ひとまずこれで一段落です。

帰還できるようになったとはいえ、一気に元のにぎわいが戻ることはありません。住民意向調査では、多くの人が戻らないと決めています。帰還する住民が少ないと、商店も成り立ちません。働き手の何割かは、避難先で新しい仕事についておられます。子供は、避難先の学校に通っています。
住む場所を決める要因は、「働く場所」「学校」などでしょう。年金生活者などは、自由に住所を選ぶことができますが、多くの生活者はそうはいきません。住みやすい環境を整えて、徐々に人が戻ることを待つことになります。

個人的な感想を述べるなら、6年前には、このように早く住民が帰還できるとは想像していませんでした。原発事故対処は私の所管でなく、原発事故の状況や避難指示などは、離れてみていました。目に見えない放射能、いつになったら住むことができるまで線量が下がるのか不明だったことなどの理由から、見通しが立たなかったのです。また、「帰還困難区域」(赤の区域)は、戻れないことを前提に、東京電力が土地建物などについては全額の賠償をして、故郷を失うことについての精神賠償をしました。この区域は、住民は戻れないとしたのです。
予想以上に放射線量が下がり、また放射性物質が風で飛んだり水に含まれることもありませんでした(土にくっつくのです。だから、真水は問題ありません。泥水は放射線物質が含まれることがあります)。土を剥がしたり草木を刈る除染作業も、試行錯誤の上で、効果を発揮しました。なにより、町長をはじめとする関係者たちの、「帰るのだ」という強い意思がありました。

避難指示解除は、帰ることができるという、出発点です。津波被災地で言えば、水が引いたと同じ状態です。これから、街のにぎわいを取り戻すために、息の長い取り組みが必要です。
また、避難先で定住された人のほかに、戻るために待っている人、迷っている人がおられます。その人たちの相談に乗ることが必要です。
4月1日の朝日新聞に長谷文記者が、福島県庁職員の家庭訪問の実態を書いています「復興へ、はじめの一歩」。一般の方には知られていない仕事です。報道してくださり、ありがとうございます。

経済同友会、人を育てる支援

2017年3月31日   岡本全勝

経済同友会の会報「経済同友」3月号が、「東北未来創造イニシアティブの5年間」を特集しています。詳しくは、原文をご覧いただくとして。この企画は、被災地での人材育成を、経済界が応援してくださるものです。企業から派遣されて活躍された方々、受け入れた自治体、塾で養成された人たちの話が、詳しく紹介されています。
お金や物資以外の支援、これが今回の東日本大震災で目立った、企業の支援です。人材派遣、ノウハウの提供など、各企業の特性を生かした支援です。私は、企業の社会責任・社会貢献に、新しい地平を開いたと考えています。
今回の取り組みを良い事例として、今後、様々な分野でこのような企業と地域との連携ができると良いですね。しかし、お金やモノの支援と違い、いろいろと難しい課題があります。また、受け入れる自治体側の意欲、両者をつなぐ役割が必要です。
このような支援をしてくださった同友会と企業の皆さんに、お礼を申し上げます。ありがとうございました。

祝、図表の貼り付け

2017年3月30日   岡本全勝

今日、このホームページに、図表を貼り付けることに成功しました。「経済成長の軌跡」のページです。写真の貼り付けはできるようになったのですが、図表はどうしてよいかわからず。
社長に聞いて、やり方が分かりました。エクセルを貼り付けることはあきらめ、画像(jpeg)にして、貼り付けました。とはいえ、適当な大きさにするには、何度も試行錯誤を重ねました。表の作成も、画像化も、小黒桂君に頼みました。大学の授業で使うために、必要だったのです。

除染、ひとまず完了

2017年3月26日   岡本全勝

3月26日の朝日新聞1面トップは、「避難指示区域、除染完了へ、今月末、帰還困難区域に重心」でした。
・・・東京電力福島第一原発の事故で放出された放射性物質を取り除くため、環境省が福島県内11市町村の避難指示区域内で進めてきた除染作業が、目標の3月末で完了する見通しになった。政府は今後、残る帰還困難区域の除染とインフラ整備に福島復興の重心を移す・・・
前例のない作業です。どのような方法が合理的か、はぎ取った土や草木はどこにどのように保管するのか。それを試行しながら、進めました。関係者の努力と、作業員のおかげで、ここまで来ることができました。6年間に2.6兆円の費用が投じられました。環境省の「除染情報サイト」。

事故直後は、いつになったら放射線量が低下し、人が戻ることができるのだろうかと思い、今日の日を想像できませんでした。なにより、膨大な数の避難者の生活をどうするかの方が、重要課題でしたから。
なお、記事では、東電社員の支援活動も取り上げられています。住民の留守宅の後片付けや草刈りなどです。これまでに延べ30万人が参加しています。案外知られていない活動です。東電のサイト

また、社会面では、「除染後も消えぬ不安 避難8万人、帰還戸惑う住民も」を載せていました。
・・・原発事故から6年。飛散した放射性物質を除去するという前例のない除染事業が3月末でほぼ完了する。約2・6兆円を投じた一大事業となったが、放射線への住民の不安は残ったままだ。いまなお避難する約8万人の住民の帰還を促すテコにはなっていない・・・

政府としては、住民が帰還できるように、地域のにぎわいを取り戻せるように、除染、インフラ復旧、生活環境整備を進めています。
避難した住民の意向は、早く戻りたい、しばらく待つ、戻らない、分からない、と分かれています。それぞれにご事情があり、また考えがあります。それを尊重すべきです。
特に、帰還困難区域については、戻れないことを前提に、東京電力が、財物について全額を損害賠償し、故郷を失うことについての精神的賠償もしました。
住民のそれぞれの意向に沿った、条件整備をすることが、政府の責任です。