カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

被災地現地での会議

2011年6月12日   岡本全勝

11日土曜日は、岩手県釜石市で、被災市町村との意見交換会でした。復旧、復興に際し、どのような点が問題になるのか、国として何をすればよいのか。直接、意見を聞こうという趣旨です。現行制度のどこが使い勝手が悪いのか、東京にいたのではわかりません。また、市町村も、なかなか言い出しにくいでしょう。特区をつくるなどの構想もでていますが、何を変える必要があるのか。それを探るためです。
今回は、総理も出席されました。来週は、宮城県内で2か所、岩手県内でもう2か所開催する予定です。

12日日曜日は、仙台市で、孤独死(孤立死)を防ぐための有識者会議を開きました。仮設住宅での孤独死は、阪神淡路大震災の時も、大きな問題になりました。今回の被災地は高齢者、単身生活者が多いのです。これまでの経験を生かし、どうしたら防ぐことができるかを検討し、関係者の皆さんに理解してもらうためです。
復旧・復興は、道路の補修や家の再建といったハードだけでなく、このようなソフトも重要です。しかし、人間関係は難しいです。若者の引きこもり対策をやっているNPOなどが、活躍しています。
3月11日の発災以来、3か月が経ちました。仮設住宅の建設も進み、復旧や復興に重点が移りつつあります。

これらの会議は、1週間に満たない短期間で、準備をしました。また、各界の方に出席していただきます。そして、場所は東京ではありません。これだけの会議を設営してくれた職員、県庁、市町村の方に感謝します。
私は、金曜日の夜に盛岡に入り、土曜は釜石まで往復。岩手県は広いので、かなり距離があります。夜は盛岡泊まり。そして、日曜朝に仙台に移動しました。今週もよく働きました。金曜日定例の資料更新をご覧下さい。
振り返ると、この仕事について以来、先週と先々週の日曜日に、お休みを頂きました。二日だけですか。まだまだ、たくさん仕事があるということです。

避難住民の所在地把握

2011年6月7日   岡本全勝

原発事故で住民が避難した市町村について、どこに住民がおられるか、把握に努めています。急いで、市町村の外に避難されたので、どこにおられるか、不明な方も多いのです。双葉郡8町村について、かなりの方の所在がわかりました。

宮城県、現地説明会

2011年6月7日   岡本全勝

昨日6日は、宮城県庁で、県内市町村関係者に集まっていただき、生活支援制度の説明会を行いました。5月16日に、岩手県でも開催しました。
その後、東松島市の被災状況を視察してきました。かなり片付いているところと、まだがれきが残っているところがありました。

被災地の復興・核は産業

2011年6月5日   岡本全勝

被災地では進度は違いますが、復旧が進み復興に取り組んでいます。現地を見て、また市町村長や役場の幹部とお話ししていて、次のようなことを考えていました。

早い段階から、何人かの市町村長さんたちは、「復興の鍵は産業だ」と指摘しておられました。「道路や住宅を復旧しても、働く場所がないと、人は戻ってこない。町は成り立たない」ということです。
三陸地方の過疎地域や、長野県の中山間地域。ここでは、限界集落に近いところもあります。地域を支える産業もなく、後継者がいないのです。現在住んでいる人たちは高齢者が多く、自給できるだけの農業となにがしかの兼業、そして年金で生活しておられます。
「なだらかに人口減少が続いていたのが、今回の災害を機に一気に減少し、集落がなくなるところもあるだろう」とおっしゃった首長もおられます。
阪神淡路大震災の時の神戸市やその近辺とは、経済・産業の条件が違います。もちろん、漁業の盛んな地域は、港と船が戻れば復興するでしょう。仙台平野も、企業が戻ってくれば復興します。しかし、過疎地域、中山間地域では、徐々に進行していた地域の衰退が、浮き彫りにされたのです。

ここで明らかになるのは、道路や住宅などインフラを復旧しただけでは、町は復興しないということです。暮らしの中心には労働があり、街の賑わいの基礎には産業があるのです。その上に、教育や社会福祉といった安心があります。住民が戻らないことには、町の将来像や行政サービスを議論できません。

1950年代から、国策によるエネルギーの転換により、炭坑が閉鎖され離職者が大量に出ました。1960年代に、雇用促進事業団が、この人たちのために再就職の世話をしました。阪神地方などに住宅を造り、移ってもらいました。当時は高度成長期であり、働く場がたくさんあって、これで失業者を吸収できたのです。もちろん、個々人には多くの苦労があったでしょうが。
現在では、労働集約型の組み立て工場はアジアとの競争にさらされ、地方への工場誘致は難しくなっています。どのようにして地域の雇用を確保するか。自治体にとっての大きな課題が、被災地では顕在化しているのです。自治体関係者だけでなく、私たち行政関係者、学者、有識者、政治家、そして産業界・企業家のヴィジョンが問われているのでしょう。

原発事故関係市町村長との意見交換会

2011年6月4日   岡本全勝

今日は、福島県庁で、原発事故関係12市町村長との、意見交換会でした。国からは片山総務大臣、平野内閣副大臣、松下経産副大臣ほか、関係府省の職員が出席しました。これらの市町村は、住民が区域外に避難を余儀なくされ、また役場も引っ越しているところも多いです。大変なご苦労をおかけしています。
元の市町村を離れた住民は、住民票を移せば新しい市町村の住民になりますが、移さない限りは「旅行者」と同じです。多くの住民は、元の市町村に帰る意向なので、住民票は元の市町村のままです。そこで、行政サービスが問題になります。学校は、新しい市町村で「分校」をつくれば、元の市町村の学校ですが、そうでない場合は受け入れ先の市町村立学校に入ってもらいます。そのほか、福祉サービスはどうするかなど、課題はたくさんあります。全国に散らばった住民に、書類や町の広報を郵送するだけでも、多額の経費と手間がかかります。
住民サービスを低下させないために、また元の市町村とのつながりを保つために、どのような運用や制度改正、法律が必要かを検討するためです。この機会に、そのほかの要望や意見も頂きました。原発事故による避難は、まだ帰る見通しが立たないので、地震・津波による避難とは違った条件にあります。

会議は正午過ぎに終わったので、二本松市と郡山市に移転している町役場を視察して、町長や課長から注文を頂いてきました。山のように仕事があるので、ほかの市町村から職員に応援に来てもらっています。これは重要な戦力になっています。
現地でお話を聞くと、東京で考えていてはわからない、いろんな課題があります。職員も避難生活をしているので、避難所や仮設役場で寝泊まりしています。この方たちにも、休息を取ってもらう必要があります。