カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

大震災での行政相談員の活躍

2014年3月24日   岡本全勝

行政相談委員という制度をご存じでしょうか。総務大臣が委嘱する民間のボランティアで、各市町村におられます。国の行政活動全般に関する苦情や相談を受け付けています。大震災の際にも、被災地で被災者の相談に乗ってもらいました。このたび、東北行政相談委員連合協議会が、大震災の際の活動記録をまとめました。総務省東北管区行政評価局の中田さんから、「紹介せよ」との指示が来ました。中田さんには、総務省時代に大変お世話になったので、ここで紹介します。
大混乱の時には、そもそも、誰に何を聞いて良いかがわかりません。その窓口にも、なってもらいました。相談委員ご自身も、被災しておられます。その中での、相談対応です。また、管区行政評価局では、いち早く「相談窓口案内ガイドブック」を作って、配ってくれました。被災地では、活用してもらったようです(p14)。
被災者からは、安否確認、罹災証明などの手続き相談、支援物資、支援制度などの相談が、多かったようです。具体的には、罹災証明書の判定への不満、乳幼児のミルクやおむつの調達、仮設トイレがバリアフリーでなく高齢者が困っているなど、現場ならではのお困りごとです(p9、10)。市町村などの各機関と連絡を取って、それらの相談に答えてもらっています(p12、13)。
災害公営住宅に入居する際に敷金と連帯保証人を求められた被災者からの苦情処理、子どもの遊び場確保のために小学校の校庭に仮設住宅を造ることをやめた例など、住民と役場との間に入って問題を解決した例も載っています。
相談委員の方々は、民生委員や町内会の役員などを兼ねておられる場合が多いので、避難所運営などでも、活躍してくださっています。報告書に載っている座談会記録や、各委員さんの体験談には、そのような経験も書かれています。お金や住むところなど、切実な相談が多いです。その他に、どこに相談したらよいかわからないことや、不安でまずは話を聞いてもらいたい人など、「被災者の相談にのること」の重要性がわかります。

町を復活させるための準備

2014年3月23日   岡本全勝

3月22日の日経新聞が、「福島、帰還へ生活再生」を書いています。4月1日に、田村市都路地区で、避難指示が解除されます。小中学校も再開し、住民の帰還が始まります。記事では、そのためにいろいろな準備が行われていることを、紹介しています。
例えば、事故前には東隣の大熊町に買い物に行っていましたが、大熊町は避難中なので買いに行けません。そこで、地区内に2つの仮設商店を作ります。診療所も開設します。
田村市以外でも、南相馬市小高地区、楢葉町、川内村などで、帰還準備が進んでいます。コンビニや病院を再開したり、老人ホームを作ったりと。町の復旧のために、これまでにないことをしています。

被災地への民間人派遣、新しい試み

2014年3月23日   岡本全勝

23日の朝日新聞社説は、「復興と人材育成。被災地を学びの場に」でした。
・・東日本大震災から3年。被災地の惨状は、多くの人に「自分は何ができるか」を問う機会になった。
復興事業では、被災者の複雑な要望を調整しつつ、過疎と地域経済の沈滞という震災前からの課題の克服を迫られる。大きな挑戦だが、だからこそ新たな人材が育つ場にもなりつつある。この流れをさらに太くしていきたい・・
そして、「WORK FOR 東北」、「RCF 復興支援チーム」、NPO「ETIC.」の「右腕派遣プログラム」などが紹介されています。
大震災を機に取り組んでいる新しい試みや、取り組まれている挑戦を取り上げていただき、ありがとうございます。まだまだ世間では知られていない試みなので、このように取り上げていただくことは、ありがたいです。
さて、被災地では職員が不足するので、このような試みを行っていますが、これは職員不足対策にとどまりません。社説でも指摘されているように、「人(人数)が足らない」だけではなく、「市町村役場が持っていない技能や経験が足らない」のです。被災者と役場とをつなぐ人材、産業界と役場をつなぐ人材、これまでにない企画を管理監督する人材などです。
そしてその場合は、民間人を雇うだけでは効果は発揮できません。役場に、その知識と経験がないのですから。役場と対等な立場で協働する関係も必要です。
国が間に入って被災地に職員を送ることや民間人を採用して送ることなども、初めての試みです。しかしそれにとどまらず、行政の手法や地域の公のあり方を変えていこうとする試みなのです。詳しくは、原文をお読みください。

自己責任から公助へ

2014年3月22日   岡本全勝

3月19日に紹介した朝日新聞の記事「被災地の中小企業」に、次のようなくだりがあります。
・・そもそも被災した工場や設備などの再建に公費を投入することは、大災害の復興において長くタブー視されてきた。「税金による企業救済」と批判されかねないからだ。
1995年の阪神大震災の時も、被災した地元の中小企業から補助金の要望が出たが、この原則をタテに国は拒んだ。神戸の靴産業にとっては、復活への足かせになった・・
そうなのです。今回、中小企業庁が決断して、中小企業がグループで復旧する場合に国庫補助金を出し、また仮設店舗や工場を無償で貸し出しました。そのような支援をしないと、この被災地では産業が復旧せず、また商業サービス(小売店)もないのです。
これは、大きな社会変化の中でみると、自己責任から公助への変化に位置づけることができます。
また、ボランティア(NPO)による支援の拡大は、自己責任と親類や近所の助けあい(従来型の共助)から、ボランティアによる支援(新しい型の共助)への変化に位置づけることができます。
政府の責任が拡大し、社会の共助(ボランティア精神、企業の社会的責任)が認識され、コミュニティの重要性が再確認されたのです。そしてこれは、関係者が努力した結果であり、また努力中のものです。

生活復興に必要なもの

2014年3月21日   岡本全勝

ひょうご震災記念21世紀研究機構がつくった「生活復興のための15章」が、復興庁のHPで見ることができるようになりました(3月19日の記事の続き)。
p3に、目次があります。テーマとしては、暮らし、生きがい、健康、住まい、仕事、まち等です。そして手法として、学びと協働があります。人の生活を包括的にとらえることは、これまでの国の行政にはなく、またこれらのテーマも従来型の行政では、ぴったりとはまらないものです。国は何ができるか。そこに、難しさがあります。