経済同友会が、夏季セミナーを16、17日と、福島県郡山市で開催されました。今年の提言にも、復興を柱だてしてもらいました。「地方創生のモデルとなる被災地の再生を」。今日18日は、原発被災地を視察。今回もご指名を受けて、バスに添乗し、復興の状況と今後の取り組みを説明しました。経済界のオピニオンリーダーたちに、現状を確認してもらい、半日間も意見交換ができることは、ありがたいことです。ふだんなら、面会の予約を取るのも大変な大会社の社長、会長さんたちです。あいまに「大会社の社長になるのに必要な条件」なども、教えてもらいました。
午後は途中から一行と別れ、いわき市で県議さんたちが中心となった民間の勉強会で、お話をしてきました。3連休の初日にもかかわらず、100人もの方が集まって、話を聞いてくださいました。福島で福島の復興を話すのは、ちょっと気が引けたのですが、
・現地ではなく、国から見た全体の姿
・これまでの4年間と、今後の見込み
・私の経験と私が考える被災地のこれから
をお話しすることも意味があると考え、お引き受けしました。皆さんが知りたいのは、「これからどうなる」「どうしてくれる」でしょうから。で、大部の資料を配ったのですが、それはお持ち帰りいただました。
4年前の大混乱、先行きが見えない頃を思い出すと、隔世の感があります。事態が落ち着いてきて、また、できることとできないことが明確になってきました。「原発被災地域の将来」(7月9日)に書いたように、帰還希望者と作業員などで、新しい町ができる見込みが立ちました。すると、それに向かって見えてくる課題を、解決すればよいのです。
もちろん、これまでにない災害なので、これまでにない対策を打つ必要があります。時間もかかります。でも、復興庁はこの4年間、さまざまな「これまでにない取り組み」をしてきました(「復興の現状と課題」のp11)。ご安心ください。「前例がない」「私の担当でない」というのが官僚の欠点であり、官僚への批判ですが、復興庁は「前例がないからやる」「担当でなくても取り組む」のが任務です。その意味では、復興庁はこれまでにない役所であり、「変わった官僚」の集団です。
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産業復興支援、コミュニティ再建支援。行政は何ができるか
イトーヨーカ堂が、被災地の食品を、各店舗で販売してくださっています。「東北かけはしプロジェクト」。7月14日からは、その第12弾を、参加257社、商品数1,900という規模で、やってくださいます。18日には西新井店で、イベントも行います。詳細は、チラシをご覧ください。水産加工品をはじめ、作るだけでは売れない時代です。どのように売り上げを伸ばすか。このような形での協力は、ありがたいです。支援では長続きしないでしょうから、このような企画からよく売れる商品が育つと良いですね。
復興庁で手がけている「新しい東北」では、民間企業やNPOと連携して、被災地での賑わいを取り戻す様々な試みをしています。分野は、産業とコミュニティに絞っています。暮らしやすい、活力ある町を作るためには、この2つが重要です。
8月26日には、岩手県遠野市で、コミュニティの形成をテーマに、NPOと市町村の人たちとの交流会・勉強会をします。
ほかにも、いろんな企画をしています。建物は作れば成果が見えますが、産業振興やまちづくりは、関係者による継続的な努力が必要です。それを支援するのが、行政の役割です。イベントカレンダーをみていただくと、「こんなことまでしているの?」と思われるでしょう。でも、この多くは、民間の方がやってくださっていて、復興庁は場の提供とつなぎをしているのです。官と民との区分を、どのように越えるか。その実験中です。
若い人たちの大震災学習
今日14日午後、復興庁に、神戸大学付属中等学校の生徒さん(高校1年生)8人が、研究に来られました。神戸は阪神・淡路大震災の被災地ですが、彼ら彼女たちは、あの大震災を経験していません。「私たちは、何ができるか」をテーマに、勉強しているとのことです。防災教育、震災遺構、資料保存、賑わいの復活など、いくつかの課題について、質問を受けました。よく勉強していて、質問も的確でした。復興庁側は、私では年齢が違いすぎるので、若手職員をそろえて、質問に答えました。
補足です。デジタルアーカイブは、国会図書館ひなぎく。情報(特に写真など)の保存は、便利になりました。ぜひ活用してください。でも、百聞は一見にしかずです。被災地に賑わいを取り戻すための復興庁の取り組みは、「新しい東北」です。
実は、勝山副校長が高校の1年先輩で、「対応せよ」との指令が届きました。勝山先輩は通学電車(近鉄橿原線)が一緒で、何も知らない私は、たくさんのことを教えてもらいました。15歳の時ですから、45年前のことです。今日訪ねてきた生徒たちが高校1年生ですから、当時の私と同じ年です。私は、今日の生徒さんほどしっかりしていませんでした。
企業やNPOによる産業復興支援
被災地の産業復興のために、被災地外の企業やNPOによる支援が、積極的に行われています。今日は、そのいくつかを紹介します。
宮城県南三陸町の食を売り出す「南三陸ブランド戦略協議会」を、キリングループと日本財団が支援してくださっています。事業の概要は、地元の漁業者、農業者、食品加工業者などが協働し、海産物のみそ漬けや缶詰などの加工品を開発し売り出します。河北新報の記事が簡潔でわかりやすいです。キリンの支援概要。お金の支援だけでなく、商品開発、ブランド化、販売、人材育成がセットになっていること、それらの関係者と協働して行うことが、ミソです。発表資料の下についている「事業概念図」をご覧ください。
もう一つは、日本財団の女川町支援の成果「水揚げ高は震災前を上回る、官民一体で新しい町づくり」。
7月10日、11日は、「東の食の実行会議」が開かれています。目的は、「東北の食産業の復興に向け、成功事例を共有し、企業のリソースを集約して、大きな経済インパクトを持続可能な形で生み出す。さらに、長期的に東北が目指すべき共通のビジョンを形成する」です。藤沢烈さんの報告。小泉進次郎・政務官の報告。
原発被災地域の将来
原発被災地の将来像をどう描くか。有識者の知見をいただきながら、検討しています。「12市町村将来像検討会」。その議論の前提として、この地域の放射線量がどうなるか、一定の前提で予測しました。「空間線量の見通し」。これを見て頂くと、事故後10年で赤い地域はなくなり、20年後にはオレンジ色の所もなくなります。同様の予測としては、平成24年4月に原災本部が公表した「空間線量率の予測」があります。その予測と、大きくは変わっていません。24年予測に比べ、この間に予想より減っているので(雨などの影響だと推測されます)、将来の放射線量も少なくなっています。また、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)が、今年6月に試算しています。「環境動態研究で得られた知見-平成26年度の成果概要」p5。
もう一つの試算は、人口です。「将来人口見通し」。発災前(平成20年)に試算したものがあります。それによると、平成23年3月に約20万人が、平成47年には15.4万人に減るとの予測でした(それぞれの左側の青い棒)。27年3月には推計では19.6万人でしたが、実際には避難指示区域外に11.3万人住んでおられます。これを起点として、どのように増減するかです。今回まず、帰還見込み者(アンケート結果に基づき一定の仮定を置いたもの)が戻られると試算すると、平成47年(今から20年後)には、11.7万人となります(黄色い棒)。もう一つの試算では、もう少し帰還者数が増えて、また新住民も増加すると仮定します。すると、平成47年には16万人になり、事故がなかった場合の推計である15.4万人より増えます(緑の棒)。
この要因は、新住民です。一つは、新しい産業を呼ぼうと計画しています。これは、どの程度の雇用を生むかは不確定です。もう一つは、かなり確度の高い大勢の新住民です。すなわち、廃炉作業員です。現在毎日7千人の作業員が、主にいわき市から、第一原発に通っています。この廃炉作業は、30年は続くと予想されます。その人たちが、住所をこの12市町村に移すと、「大きなかたまりとしての、かつ30年間続く住民」が生まれます。7千人の新住民が生まれると、その人たちを対象としたサービス業が生まれます。飲食店やクリーニング、理髪店などです。
「原発事故地域は人が住めない」といった印象を持っている方もおられるようですが、そうではありません。確かに、帰還困難区域(赤い地域)は当分の間、人が住むことはできませんが、それ以外の地域では町が復興するのです。そのためには、多くの人が帰ろうと思い、新しい住民が住もうと思ってもらえる町をつくる必要があります。住民の方、市町村、県と一緒になって、進めます。