カテゴリーアーカイブ:歴史遺産

産業復興の事例集

2017年2月27日   岡本全勝

復興庁が、被災地の産業復興の事例を紹介する冊子「産業復興事例30選 東北発私たちの挑戦」を作りました。
震災後に売上等を回復させている企業(グローイングアップ企業)、過去の事例集に掲載した企業のその後の成長の事例(フォローアップ企業)、震災前後に新規創業、又は新規事業を開始した企業の事例(スタートアップ企業)の合計30社です。参考にしてください。電子版のほか、冊子も余部がありますので、お申し込みください。

見ていただくと、さまざまな商売があり、さまざまな工夫と苦労をしておられます。機械設備の復旧には国費で支援をしたのですが、売り上げを伸ばし事業として継続するのは、経営者の手腕です。
過去に取り上げた企業の、その後も追跡しています。それも含め、各事業所とつながりを持ち続けることは、役所としては結構珍しいことです。補助金なり減税なり申請を待って対応し、その後の見守りはあまりしないのです。しかし、補助金交付の件数と金額は、政策の「出力」アウトプットであっても、政策の「成果」アウトカムではありません。正しい政策なら、補助金なりの成果がどのように出たかを追跡すべきです。
これらの企業には、外からの視察団などを受け入れてもらっていて、ご迷惑もかけているのですが。被災地の産業が復興している実例を世の中に広報するために、ご協力をいただいています。ありがとうございます。

ワーク・フォー・東北、2

2017年2月26日   岡本全勝

2月24日に書いた「ワーク・フォー・東北の話」、25日の河北新報が取り上げてくれました。「民間の知恵被災地に 自治体派遣社員ら研修」。
一昨日も書いたのですが、このように派遣された職員たちの研修とともに、受け入れた側の自治体でも、その成果と今後どのように活かすかを評価する反省会をしてほしいものです。

手厚い支援や賠償が自立を妨げる面も

2017年2月25日   岡本全勝

2月25日の朝日新聞別刷りbe「フロントランナー」は、福島県浪江町の、川村博さんです。原発事故で避難指示が出た区域ですが、立ち入りが可能になった土地で花作りをしておられます。
・・・今春、避難指示が解除される予定だ。楽観はしない。「元通りにはならない。町外の人が、浪江に住みたいと思える魅力をつくらないと」。冷静に見る背景には「住民が変わってしまった」と思う、つらい経験があった・・・
・・・育てた野菜から放射能が検出され、憔悴していた2013年。浪江町の数人から、忠告された。
「勝手に戻って農業なんかするな」
当時、町を挙げて、東京電力が払う慰謝料(1人月10万円の賠償金)を増やせと、集団申し立てをしていた。避難指示がいつ解除されるか全く見通しがないのに、復興が進んでいるように東電から見られると、賠償が減らされる、という心配だ。
「復興は遠いなあ」。肩を落とす。その前にも悲しい経験がある。
原発事故から10か月後、福祉の経験を生かし、福島市などにある浪江町民向けの仮設住宅で、避難者を支援するサポートセンターの運営を始めたときだ。
ふるさとでの畑仕事を懐かしんでいた避難者のため、仮設周辺の畑を借りた。1年目は数十人が農作業に参加した。それが2年目になるとパッタリ。「都会の生活に慣れ、昔の暮らしに戻れなくなっていた」
仮設住宅には、全国から多数の支援団体が訪れる。避難者は物資などには困らなくなる。一件良さそうだが、手厚い支援や原発賠償の制度には、自立するきっかけや、ふるさとに戻る意欲をそぐ面もある・・・
原文をお読みください。

ワーク・フォー・東北

2017年2月24日   岡本全勝

今日2月24日は、仙台まで、「ワーク・フォー・東北」の研修会講師に行ってきました。長くこのホームページをお読みの方は覚えておられると思います。復興庁が日本財団の助けを借りて始めた、民間の方を被災地に送る仕組みです。それも、職員不足を補うのではなく、意欲と技能を持った人を長期間送ります。166人もの人を送りました。地域づくり、産業振興などで活躍しています。「実績」。

被災地の復興は、お金だけは実現できないことがたくさんあります。被災地は、人もノウハウも不足しているのです。人を送ることを本格的に行ったのも、東日本大震災からです。「様々な手法」を使いました。人を求めている地域と、行きたい人とを結びつけること(マッチング)は、なかなか難しいです。また、送り込んだだけでは、その職員は孤立し、うまく行きません。そのための事前研修、途中での研修、随時の相談も必要です。それを、日本財団がやってくださいました。受け入れ自治体の評価が高く、引き続き仕事をしている職員もいます。

2月11日の朝日新聞社説「復興庁「御用聞き」から前へ」でも、次のように紹介してもらっています。
・・・復興庁の特徴は、震災前は国の役割とはされてこなかった仕事に力を入れていることだ。仮設住宅に住む人の交流促進や、復興にかかわりたい民間人材を被災自治体や団体に紹介するといった事業だ。行政が不慣れな分野だけに、ノウハウを持つNPOや企業と積極的に連携してきた・・・NPOや企業といった民間と二人三脚で、「公」の仕事を担う。こうしたやり方をさらに広げ、新しい行政のモデルを目指してほしい・・・
今日はその最後の研修会で、この仕組みの意義を評価するとともに、苦労をかけた皆さんにお礼を言いました。

被災地で不足する職員、専門技能を持った職員を送ったのですが、民間人が組織内に入り込むことで、市町村役場にとって良い刺激になりました。彼らの仕事の進め方、民間での広い人脈、外に積極的に出かけていく行動力。これらは、しばしば役場職員に欠けている点です。こんな経験は、市町村役場ではめったにありません。
さて、次の課題があります。
・受け入れた自治体が、これら応援に入った民間人や他の自治体職員が引き上げた後、彼らの「刺激」を生かすことができるかどうかです。極端な場合、「よそ者が来てくれて、役に立ったなあ」と過去形で話されると、単なる助っ人でしかありません。外から来た職員、特に熱意と技能を持った民間人の良い点を見習って欲しいのです。

ワーク・フォー・東北はひとまず使命を果たしたので、被災地に限らず全国への仕組みに発展しています。「ワーク・フォー・にっぽん
・全国に展開する仕組みはできていますが、うまく使うかどうかは、受け入れ自治体の関心と熱意です。

集団移転、コミュニティ維持

2017年2月23日   岡本全勝

2月20日の日経新聞「災害考」は「集団移転、孤立防げ。コミュニティの維持」でした。このホームページでも何度か取り上げた、東松島市のあおい地区です。自宅再建273世帯と災害公営住宅307世帯、合計580世帯の新しくできた街です。
・・・移転予定者も参加して「まちづくり整備協議会」を設立した。街並みや居住ルール、集会所や公園、トイレなど公共施設の設計……。行政を交えた専門部会や、「井戸端会議」と題した住民同士の意見交換会は300回を超えた。
具体的な区画決定も行政任せにせず、同じ区画に入りたい世帯が近くになるようにした。認知症の家族がいる世帯は、近隣の目が届きやすい角地を割り当て地域で見守るといった住民のアイデアを採用。回覧板を回すグループが違っても、道路を挟んで向き合う世帯とはゴミ置き場の清掃グループとして交流するようにもした・・・

私も、お話を聞きました。1年間に100回の会合を持ったそうです。しかも、市内6か所の仮設住宅団地から、平日夕方に市役所会議室に集まってです。会長のコツは、「みんなの話を聞くこと」だそうです。
これだけの努力があって、コミュニティが作られているのです。お金を出せばできるものではありません、市役所が指示すればできるものでもありません。住民が積み重ねることでできるものです。それを、行政が支援することはできます。