「おかげさまで金陵のやつらをぎゃふんと言わせることができました。ありがとうございました。これはホンのお礼にございます」
大会が終わった後、もともと推薦してくれた食堂協会のひとから、一部地方だけの「特別タダ食い券」を追加で三枚もらえたので、地仙ちゃんのご機嫌も直りました。
「うふふ、ぼろもうけちたの。さて、帰りまちょうか」と喜んでいます。先生はニガムシを噛み潰したような顔をしまして言いました。
「おいおい、まだ帰るわけにはいかないよ。もともと地仙ちゃんが悪さばかりするので地主の陳さんから追い出されることになって、兄弟子の肝冷斎に引越し代を借りようと思って訪ねて来たんじゃないか。・・・おカネのことはオトナのことだから、地仙ちゃんはどこかでカミナリちゃんと遊んでいなさい」
先生は一人で肝冷斎のところに行こうとしたのですが、「そうでちたっけ。忘れてまちた。・・・でも、地仙ちゃんも肝冷斎のところ行く~」と言って聞きません。地仙ちゃんは、ヘンなひとやモノに強い興味を持つコです。変人の先生のトモダチである肝冷斎はオモシロそうだ、と思っているので見逃せないのです。
「しかたないなあ・・・。オトナの話し合いに行くのでコドモはジャマなんだけど」
先生は仕方なく地仙ちゃんとカミナリちゃんも連れて行きます。
大食い大会の会場は市街の中心部にあったのですが、肝冷斎の住所は郊外になっていますので、先生たちは市街地を歩いて行きます。
「へー。にぎやかな市街地でちゅね」
「そうだね。・・・①「市」という字は、木に標識(「止」のマーク)が付けられているカタチで、この地点が「聖なる場所」であることを示す標識なんだよ。この「市」という標識が立っている場所は、日常的なルールが適用されなくなる場所で、「歌垣」が行われて自由恋愛の場になったり、所有関係に変動が起こって「交易」の場になったりする。そういう「市」の立つ場所が繁華街になり、「シティ」の意味も持つようになったのだ。
さて、この標識のカタチ「市」は、②「朿」(シ)という字の中にも入っている。この字は今は「トゲ」という意味になっているが、本来は「市」という標識に横棒がもう一本ついているフクザツな標識。増えた横棒がトゲという意味になったのだろう。
この字に「刀」を付けると③「刺」になる。この字は「刺す」という意味のほか「名刺」のようにシルシになる札を指すにも使われ、「朿」の本来の意味を垣間見せる。ちなみにチュウゴクでは「名刺」は漢の時代から使っていたらしい。当時の名刺は木でできていて、その都度返してもらうものだったようだ。
「刺字漫滅」というのは、名刺をフトコロに入れたまま出さないでいたので表面の文字が磨り減ってしまった、という禰衡(人名)の故事(後漢書)から、気位が高いなどの理由で人付き合いを避けることを言う。
また、地方の知事さんのことを美名で「刺史」というのは、もともと漢代に中央の命令を郡県に伝えて督察する中央の役職を「刺史」といった(この場合の「刺」は「そしる」という意味が近い)のだが、後にそれを州の太守に兼ねさせたため、太守の別名となったんだよ」
「へー、ちょうでちゅかあ、はいはい、そうね~」
はじめて見る大都会です。地仙ちゃんは先生の説明などどうでもいいようで、珍しそうにきょろきょろしています。