カテゴリー別アーカイブ: 肝冷斎主人

中国古典に興味を持っていて「肝冷斎主人」と名乗っています。彼も元私の部下です。著作の一部を載せます。絵も彼の作です。長編がいくつもあるのですが、HPには不向きなので、短編を載せます。画像の処理は、渡邊IT技官・清重IT技官の協力を得ています。
肝冷斎は、自らHP「肝冷斎雑志へようこそ」を立ち上げました。ご覧ください。

ドンブリはドンブリに非ず

ドンブリはドンブリに非ず
 どーん、と青空に向けて花火が上がりました。いよいよ江南大食い大会の開始です。金陵の町の広場で行われるのです。
「えー、簡単なルールを申し上げます。今回は、ドンブリ大会です。各地区から推薦されてまいりました代表選手の方々に、ドンブリものを次々とお出ししますので、次々と食べていただきます。これ以上食べられない、という状態になったら申し出てください」
と主催者からルール説明がありました。
 先生とカミナリちゃんは食堂協会のひとの紹介で来賓席に座らせてもらいました。
 この来賓席からは、参加者が一望のもとに見渡せまして、食堂協会のひとによれば、いずれも江南では有名な大食いの者たちだそうです。こんなすごいメンバーをマエにして、地仙ちゃんとはいえ優勝できるのでしょうか。
 先生は早速カミナリちゃんに対して解説しています。
「ドンブリもの・・・がチュウゴクにあるわけではないのだが・・・。さて、ニホンでドンブリを示すのに「丼」という字を使うが、この字の古いカタチは①なんだ。

 で、このモジ、要するに今では「井」と書く字なんだよ。「丼」という字はチュウゴクでは「井」の別字で、読み方は「ドン」ではなくて「セイ」「ケイ」なんだ。
ニホンでも「ドンブリ」に使われるまではひとの苗字に使い、「いのぐち」と読んだりする。
 さて、「井」の字は、木で組まれた井桁の象形とされるが、「丼」の真中の点は、水ではない。これは古い時代の鉱業の実態を残す貴重なモジなんだよ。ここで井桁の真中から出てくるモノは、水ではなく、水銀の化合物だったんだ。
 水銀は「丹」(タン)という。水銀は万能薬とも考えられたので、「丹」という字は今でも「万金丹」「仁丹」のようにクスリを示すのに手広く使われている。
さて、「丹」の古いカタチ(②)を見てもらうと、①の「井」とほとんど変わらないことに気づいてもらえると思う。
 ところで、「井」字については、原始時代に「井田法」という土地制度があって、それを表したものだという伝統的な解釈がある。
「井田法」というのは、「井」の字の形に九等分された耕地を八家で共同で耕して、それぞれの九分の一の部分での収穫がそれぞれの家のモノになり、真中の九分の一の部分で収穫されたモノが公共のために使われるという土地制度だ。一部でそういう土地制度がなかったとも言い切れない(現時点では考古学的証拠はない)が、「井」の字がそういう土地制度を表したというのはムリだな・・・」
「ピリリ~・・・」
 カミナリちゃんは困っています。地仙ちゃんは先生の説明がオモシロクなくても、自分の興味のあるところだけ聞いているだけなのでいいのですが、カミナリちゃんは「地仙ちゃんの居候」という身分なので、立場が弱いのです。そのため先生の説明を全部オトナしく聞いてあげないといけないので、退屈だし理解できなくて困っているようです。
「では大会の開始でありまーす」
 どん、どん、と花火が鳴りまして、ドンブリもの大会の開始です。
 牛丼、玉子丼、カツ丼、親子丼、他人丼、中華丼、天津丼、カレー丼などドンブリものが次々と出されてくるのです。それもどのドンブリも大盛りです。
しかしさすがは豪の者たち、次々と出されるドンブリを苦も無く平らげて行きます・・・。

地仙ちゃんのタノシミ

地仙ちゃんのタノシミ
 さて、明日はいよいよ金陵の町に入ります。
 食堂協会のひとの作戦で、「江南大食い大会」には当日、大会直前に到着するようにしたのです。地仙ちゃんはどこでメシを食べても大食いで目立ってしまうので、前日までに町に入ってしまうと秘密兵器にならないからですね。
「地仙さま、どうか今晩はおラクにしてくださいませ」
 地仙ちゃんたち一行は食堂協会のひとにおカネを出してもらって、金陵の町の郊外の宿屋に着いてラクにすることになりました。
「センセイ~、ラクにするってなんなの~?」
と地仙ちゃんが尋ねます。
「ナニもしないでいるか、スキなことだけしていること・・・かなあ」
と先生がごろごろしながら教えてあげますと、地仙ちゃんはカミナリちゃんの近くに寄って行きまして、なんと突然カミナリちゃんのほっぺたをつねったのです。
「ピリピリ~」
 カミナリちゃんは泣き出しました。
「こらこら、地仙ちゃん、ナニするんだ、カミナリちゃんがかわいそうじゃないか」と先生は叱りましたが、
「ラクにしてスキなことしてみただけなの。カミナリちゃんをイジメるのスキなの」と地仙ちゃんは叱られてもなんとも思ってないふうです。
「イジメるのはスキなことでもやっちゃいけないのっ」
と先生はついつい大きな声で怒りました。
「ではナニだったらしてもいいの?」
「イジメること以外のスキなことすればいいんだよ」
 地仙ちゃんのスキなことはイジメることのほかは食べることと寝ることです。
「おナカいっぱいだし、まだおネムじゃないからスキなことができないの」
「う~ん、地仙ちゃんもナニもしない、ということを覚えないといけないね。無為にして有為の境涯を楽しむのはとてもタイセツなことなんだよ。
 参考までに、「楽」は①のように書く。さて、このモジはナニを象形しているんだろうか、特に上部の左右についているフリフリの部分(点線内)はなんだろうか。
この部分は「糸」という字に似ているので、「楽」は「弦楽器」を指しているんだという説もあるけど、ここはやっぱり、木の柄につけられた鈴のようなモノの象形、という説が一番わかりやすい。
この「鈴のようなモノ」を持って音を出しながら踊ると、神霊が喜んで降りてくる、という降神儀礼をイメージすると、「音楽」のガクと「快楽」のラクの二義を持っているこのモジの意味がはっきりすると思う。「ラク」なことは「音楽」なんだね。

 ちなみに「音」は②。「言」(③)とよく似ているだろう。
③は神様にささげるモジを入れたハコに針を刺したカタチだと以前説明したが、「音」はそのハコの中でナニかが動いている、その音がする、という姿だ。ココロを澄ませているとそういう音が聞こえることがあるのだろうね」
「ということは音楽をするとラクなのね」
 地仙ちゃんはがんがんと茶碗を叩いたりして音楽を鳴らして楽しんでいます。

 

戦士の宴会

戦士の宴会
 そうこうしているうちに日が暮れてきました。
「今日はもう宿屋に泊まる旅費がないからノジュクなんだよ」
と先生は言いますが、食堂連盟のオトコが
「ダイジな「オオグイ戦士」をノジュクさせるわけにはいきません。今日は旅のお疲れをわたしどもの系列の宿屋でお癒しくださりませ」
と、峠を越えたあたりにありました一軒屋の宿屋に案内してくれます。
「ダイジなお客さまだから粗相のないようにな」とオトコは宿のじじいに命じます。
「では山の産物でオモテナシしますかの」
「ハラを壊すようなモノは出してはならんぞ」
とオトコは言いますが大丈夫です。地仙ちゃんはナニを食べてもハラを壊すということはありえませんので。
 ということで、山菜料理で大宴会です。上客の地仙ちゃんの前には十人前、料理連盟のひとと先生の前にも二人前の大皿料理です。でも、カミナリちゃんは小さいので一人前しかもらえません。
「イモを中心とした山菜料理ですが、戦いの前の宴としてお楽しみください」と料理連盟のひとは言っています。
「実はエンカイの「宴」という字はなかなか深みのある字なのだよ。古い字体は①、さらに古いのは点線内だが、アタマにぎらぎら光るタマをつけた女性が、外部から遮断された場所にいる、という文字なんだ。これを家の中でキレイに飾ったオンナのひととおエラ方が一杯やってるなんて解釈しちゃダメだよ。そんなのはずっと時代が変わってからの宴会のあり方なんだからね。・・・
「タマをつけた女性が外部から遮断された場所の中にいる」のを表す形象は②「偃」(エン・「伏せる」)でも使われている。
 この「タマを付けた女性」はシャーマンの巫女を表しているんだ。その巫女さんが、戦いの前などの大切なときに、隠れたところで神サマをお迎えし、おくつろぎいただく行事を指すのが「宴」。神サマが乗り移ってエクスタシーに満たされ、ぶったおれている姿が「偃」と解釈されている。古代祭祀のヒミツの一環を垣間見ることのできる文字だね。
 さて、水などを塞き止めるセキの意味で使う「堰」という字があるが、これには何故シャーマンのオンナが書かれているのだろうか。大事な水利事業だから神サマをお迎えする「宴」の行事でおマツリしてから始めた、と考えればいいのか。
さらに、一歩進んで、そういう巫女さんをヒトバシラに埋めた、という想像もできるんだけど、ちょっと冒険的な解釈に過ぎるかな・・・」
 先生が解説している間に地仙ちゃんのお箸からサトイモがスベって、ころんと落ちてしまいました。一人前しかもらってないカミナリちゃんがそれを拾いましたが、「イノチを救われたイチョーローのクセに、地仙ちゃんのクイモノを取るコはワルいコなの。許せないの。チャトイモ返ちなちゃ~い」
と地仙ちゃんが怒りまして、カミナリちゃんはナキベソです。
「地仙ちゃんのクイモノは一粒たりとも渡さないの」
という地仙ちゃんを料理連盟のひとは頼もしそうに見ています。

 

オトコの依頼

オトコの依頼
「む、むぎゅうん」
 地仙ちゃんが耳を突っついたので、気絶していたオトコがうなりました。
「地仙ちゃん、そのひとはコワいひとかも知れないから放っておいた方が・・・」と先生は忠告しましたが、地仙ちゃんにコワいモノなどあるはずがありません。
「動きまちたね。うふふ、今度はこっちはどうでちょ」
地仙ちゃんが鼻を突っつきます。
「うひ、うへ、はっくちょん」
 オトコは大きくクシャミをして起き上がりました。
「起きまちた~」
 オトコは起き上がって、にこにこしている地仙ちゃんと先生の姿を見ます。
「あ、あなたがたがおタスケくだすったのですか・・・」
「いや、タスケたというかどういうか・・・、それよりアンタ、わたしたちの後をつけていたのではないか。どういうネライがあるのですか」
「ちょうでちゅ。地仙ちゃんのファンのひとならちょう言いなちゃい。地仙ちゃんの作った文字でチャインちてあげるから」
という地仙ちゃんの発言は無視されて、オトコは先生の質問に答えました。
「・・・わたしは先ほどお二人が食事をなさいました港町の食堂連盟のモノなのです。実はこちらのオジョウサマにお願いごとがございまして・・・」
 オジョウサマだそうです。地仙ちゃんは勝ち誇ったように、ニコニコをしています。
「毎年、金陵の都市で「江南大食い大会」が開かれるのですが、ここ十年ほど金陵の代表が連続して優勝しておりまして、わたしどもの町は食堂のクイモノがマズいので大食いが育たないのだ、と言われております。わたしどもも優勝者を出して地域興しのアピールをしたいのですが、金陵の町は高いおカネを積んで大食いを雇ってまいりますので歯が立ちません。しかし、先ほどのオジョウサマの食いっぷりを見ていまして、「これならいける」と思いまして・・・。どうかわたしどもの代表として大食い選手権に御出場ください」
というハナシです。
「オオグイ? どれだけ食べてもいいの?」
 地仙ちゃんは乗り気です。こうなりますと先生が、
「地仙ちゃん、あまりヘンなことに顔を突っ込まない方がいいよ」
と忠告しても聞くはずありませんね。そこで先生はオトコの方に忠告です。
「えー、ニンゲンを指すのに一般に使われる①「人」ですけど、実はこの字は膝を曲げて屈服しているひとを横から見たカタチになっていまして、もともとは降伏した異民族を表していたという説があります。
②「民」もメをつぶした奴隷を意味する(アの部分が目でイの部分が針)と言われています。というように、漢字の発生期には「ニンゲン」という一般的な概念はなく、被支配階級や降伏異民族を指すコトバから「ニンゲン」一般を指す漢字ができた、ということが言えましょう。・・・で、ハナシはかわりますが、このコはニンゲンではないんですけど、オオグイ大会に出してもいいんですか」
「さっきの食いっぷりを見ていたら、誰でもニンゲンじゃないとわかりますよ」
 食堂連盟のオトコは平然と答えました。

 

カミナリを拾う

カミナリを拾う
 先生が説明しているうちにカミナリ雲は遠くに行ってしまい、雨も晴れてきました。
「ちょっと見に行きまちゅかね」
 地仙ちゃんは先生をせかしてカミナリの落ちた大木を見に行きます。大木は二つに裂けて、ぶすぶすと煙を噴いていました。
「カミナリのチカラはすごいねー」と先生が言っている横で、地仙ちゃんはナニかを探しています。
「うふふ。やはりいまちた」
「な、なにがいるんだい?」
「これ、これ」
 地仙ちゃんは大木のすぐ近くに倒れている角の生えた小さなコドモを拾い上げました。気絶しているようです。
「このコは?」
「カミナリちゃんでちゅ。ハトコの雲仙ちゃんのコブンなの。地上ではこんなナチャケないカッコウちてまちゅが、電気がたまると竜の形にも変化ちゅる。秋にはまた雲の上に戻って行くの。とりあえず弱っているので、センセイ、おぶってあげて~」とか言っています。
「ち、地仙ちゃん、このコまで連れて行く旅費はもうないよ・・・」
「だ~め。センセイは地仙ちゃんにイノチを救われたの。お礼をちなくてはいけないの」
 しかたありません。たしかに、カミナリちゃんとはいえ見た目はコドモですから、捨てておくわけにもいきませんので、先生はカミナリちゃんを背負いました。まだ電気を帯びているのでしょう、少しピリピリします。
「さっきの続きだけど、①「申」というのは、古い形を見てもらえば納得行くと思うが、空から落ちてくる稲妻のギザギザの姿の象形なんだ。この「申」に、捧げモノを載せる台を表す「示」をつけると②「神」になることから、大昔のひとびとがいかにカミナリちゃんを畏れていたかわかるよね。
 「申」を「申し上げる」という意味で使うのは、神様にいろいろお願いするからだ、というひともいるし、イナビカリのカタチから「上下に伸びる」という意味を持つようになり、部下から上司に「上申」「申請」することを「申」というようになったというひともいるね。ちなみに「申」は「十二支」のサルだけど、「十二支」はもともとはドウブツとは関係なく、大昔のひとの使ってた序数字なんだよ。身近なモノとか信仰対象を使って十二までの数字を表わしているんだ。他の字も解説してみようか・・・」
 説明が続いている間に地仙ちゃんは、もっとオモシロそうなモノに気がついてしまいまして、先生の話をさえぎりました。
「センセイ~、あそこにもひとが倒れているの。オモチロい~」
と指差します。近寄ってみると、オトコのひとが倒れていました。
「このひとは・・・さっきの食堂からずっと後をつけていたひとだと思うよ」
 まだ息はあります。どうやらこのひとは、先生たちの後を追って大木に近づいてきたところへカミナリが落ちて、直接は命中しなかったのでしょうがショックで気絶しているようです。