今日20日夕刻、官邸での経済財政諮問会議で、復興が議題に取り上げられました。復興推進委員会では、「新しい東北」をテーマにして、議論を重ねています。すなわち、復旧から復興へ進めるだけでなく、さらに未来に向けてどのような東北をつくるかです。それを、有識者に議論をしてもらっています。
東北地方は、大震災という大きな被害を受けただけではなく、過疎地であり、人口減少や高齢化そして産業の空洞化というハンディを負っています。しかし、これは東北に限ったことではなく、日本社会の最先端を進んでいるということです。
東北地方のおかれた条件の下、持てる資源をどのように活用し、売り出すか。経済財政諮問会議や産業競争力会議などと連携して、進めていきます。
経済財政諮問会議に陪席するのは、久しぶりでした。
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被災地視察、進み始めている工事
今日は、総理のお供をして、宮城県に視察に行ってきました。女川町は、町の中心部が津波で流されました。裏山を切り取って、その土で町をかさ上げします。町をほぼすべて、造り替えるのです。その工事が進んでいました。東松島市野蒜地区も、津波で壊滅しました。裏山を平らにして、町を移転させます。ここでも、工事が進んでいました。
それぞれ大変な工事ですが、計画ができ、地権者の同意もとれています。他の自治体や民間企業からの応援職員に、総理から激励をいただきました。
仙台市東部では、稲作を再開している農業法人を訪ねました。地域の復興には、産業の再開が不可欠です。今回の復興の特徴は、国土の復旧だけでなく、暮らしの再建のため、産業やサービスの再開を重視していることです。
仙台駅から石巻を経由して女川町へ、そして引き返して東松島市と仙台市に行きました。途中の景色は、津波被害を思わせるものがほとんどなくなっています。がれきはすっかり片付き、壊れた家も取り除かれ、石巻の漁港区域もかさ上げがほぼ終わっていました。
2年経って、かなり復旧したなと感じます。そして工事が本格化したと、この目で見ることができます。町長や市長さんの発言も、愚痴ではなく、まちづくりの未来についてであり、工事に関する具体の話です。「復興庁の職員が、よく足を運んでくれる。話も早くなった」と、お褒めの言葉もいただきました。
多くの田んぼでは、田植えが進んでいました。ただし、海岸沿いの田んぼは、まだ除塩(津波をかぶって塩が残っているのを、水を張ることで抜くのです)が終わっておらず、代かきもしていないところもあります。単に復旧するのではなく、大区画化(数枚の田んぼを一枚にし、生産性を上げる)の工事も行われています。
山では、山桜と八重桜がきれいでした。
災害関連死の調査
半年に一度の災害関連死の調査がまとまったので、公表しました。それによると、平成25年3月までに亡くなられた方の総数は2,688人、平成24年9月から半年の間に亡くなられた方は7人です。
復興現場、NPOの活躍
復興の現場では、NPOが活躍しています。余り知られていませんが、地域に入り込んで、住民がまちづくりをする際の介添え役などもしてくれています。「復興コーディネーター」と呼ばれています。ありがたいことです。
一般社団法人RCF復興支援チームでは、その人材を募集しています。どのような活動をするのか、どのような資質が要求されるのか、サイトをご覧ください。これまでにない役割です。市役所や民間企業では思いつかない、また提供していない役割です。
藤沢烈さんについては、このホームページでも時々取り上げています。現地から、毎日のようにブログを発信してくれています。その情熱と体力とに、脱帽します。
特区制度による効果
復興特区制度で、被災地での企業投資を促しています。制度創設以来約1年間の効果をまとめました。それによると、投資額は約1兆円、雇用は6万4千人です。それぞれ予定の数ですが、結構な成果が出ています。
いつも述べていますが、制度は作ったらよいというものではなく、また指定した件数で測るものでもありません。どれだけ効果が出たかで測るべきものです。