復興庁の職員が、ツイッターで、はなはだ不適切な発言を行っていたことが、明らかになりました。関係者の方に不快な思いをさせ、また復興庁や政府への信頼を損なうことになり、誠に申し訳ありません。復興大臣の「お詫びの言葉」。
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復興住宅建設の進捗状況報告、読売新聞
今日6月11日の読売新聞は、復興特別面で、「復興住宅、あふれる笑顔」を、1面を使って紹介していました。 石川剛記者と今井正俊記者の署名記事です。
・・「復興住宅(災害公営住宅)」の建設が、本格化している。計画戸数は岩手、宮城、福島など8県で計2万4841戸。うち完成したのは6県の364戸と、まだ全体の1.5%ほどに過ぎないが、穏やかな暮らしを取り戻した入居者には笑顔があふれる。一方で、入居希望者が現れない住宅もあるなど課題も見え始めている・・・
仮設住宅で不便な暮らしをしておられる避難者に、本格的な住宅に入ってもらうことが、現時点での第一の課題です。ご自身で家を再建できる方もおられますが、財産をなくしまた高齢で、公営の住宅に入られる方も多いです。
記事でも指摘されているように、まだ全体の1%しかできていませんが、建設見込みはほぼできています。この建設を急ぐことと、住宅再建だけでなく、コミュニティや商業・医療サービスなどを再開して、町の賑わいを取り戻す必要があります。
記事では、建物の外観だけでなく、入居者の状況も写真(カラー)で紹介されています。こういうことは、私たちの記者発表資料ではうまく紹介できませんね、残念ですが。
そして、記事では、被災者の方の心情までくみ取った「ミクロ」の取材と、全体ではまだ進んでいないという「マクロ」の指摘の、双方を取り上げています。しばしば、一地域の実情だけで全体を批判したり、逆に全体の数字だけで現場を見ないという「偏った記事」もあります。そのような中で、このように、現場の実情と全体の状況の両方に目配りした記事には、私たちも敬意を持ち、また指摘された問題点に答えなければなりません。
長期避難者のための生活拠点建設
被災地から発信する新しい地域包括ケアモデル
先日(5月25日の記事)、石巻を視察し、在宅診療を行っている祐ホームクリニックの取り組みと、今後の構想を紹介しました。事務局が、その際の資料をホームページに載せてくださいました。園田さんありがとうございます。資料は大部ですが、私が理解した要点のみ紹介しましょう。
石巻市は、市街地での津波被害が最も大きかった都市です。2つあった基幹病院の1つが診療不能になり、開業医もたくさんいなくなりました(p7)。
そこで、武藤先生が在宅医療診療所を開設し、医師仲間や関係者の協力を得て、診療に当たってくださいました(p2、8)。先生はもともと、東京都内で在宅診療を進めておられました。
また、仮設住宅だけでなく、在宅の被災者2万世帯も訪問し、市役所などと共同して、医療だけでなく福祉・生活面のサポートもしてくださいました(p13、活動概要)。これは拙稿「被災地で考える「町とは何か」」(共同通信社のサイト「47ニュース、ふるさと発信」2012年8月31日)の中で、「NPOの活動例①石巻医療圏での健康と生活支援」として紹介しました。
ベットを持たず、200人以上の患者に対し往診に行くのですから、患者の情報を医師やスタッフで共有することが重要です。それを、ICTによって解決しています(p10)。また、介護とも連携を取り、さらには家族だけでなく東京に離れている家族にも情報を共有しようとしています。
被災者は病気だけでなく、生きる希望が小さくなり、他方で人とのつながりを求めています(p16~)。医療や介護だけでなく、健康・生活支援、地域とのつながり、家族への支援が必要です。ここでのモデルの特徴は、「対面も含めた接点により健康・生活の状態を把握する」「データベースとコーディネーター機能の活用」「民間サービスを含めたサービス・プラットフォーム」「家族のサポートの原動力」です(p23)
医療と介護だけでなく、健康管理や生活サービスまで、在宅で(病院に入院せずに)、地域や家族をともにお世話しようという試みです。これからの大きな課題への、有力な対策だと思います。
放射線量地図2
先日、経済産業省のホームページに、「避難指示区域における空間線量から推計した年間積算線量の分布の推移」が載ったことを紹介しました(5月31日)。今度は、原子力規制庁が、「東京電力福島第一原子力発電所事故から2年間の航空機モニタリングの線量の推移について」を公表しました(6月5日、原子力規制委員会)。基礎となっているデータは、同じです。規制庁の方が、測定方法や評価が載っていて、さらに会議録に説明もついています(p11~)。
それによると、80km 圏内(事故7 ヶ月後~1 年8 ヶ月後)では、空間線量率は平均で約40%減少しています。避難指示区域のうち旧計画的避難区域(事故7 ヶ月後~2 年後)では、ほとんどが3.8μSv/h 以下になっています。
ところで、放射線量が表示される場合に、時間当たり(μSv/h)と年単位(mSv/年)の2つがあります。その換算について、会議録(p12)で次のように説明されています。
「・・単位はマイクロシーベルト・パー・アワー(μSv/h)でございまして、原子力災害対策本部で従来示している換算式で直しますと、0.2のところが年間1ミリシーベルト、3.8が20ミリ、9.5が50ミリ、19が100ミリシーベルト・パー・イヤー(mSv/年)に相当いたしますが・・」
1時間あたりの量を1年間に換算する際に、1時間の放射線量を、「×24時間×365日」するのではなく、屋外にいる時間(100%浴びると推計)と屋内にいる時間(家の中では低くなります)を仮定して換算しています。
簡単には、5倍して単位をmSvに置き換える(5,000倍していることになります)と近似値になるので、私はそれで換算しています。例えば、3.8μSv/h×5×1,000≒20mSv/年です。
ここで3.8μSv/hが出てくるのは、避難指示の基準の一つに、20mSv/年に設定しているからです。だいたい、どの地図でも、20mSv/年以上を黄色や赤で表示し、それ以下を黄緑や青で表示しているようです。
なお補足すると、20mSv/年といっても、人間がそれだけの放射線を「浴びる」わけではありません。これはその地点の「空間線量」であって、人が実際に浴びる数値は個別に測る必要があります。
また、放射能汚染された食品を食べることによる被爆は、これとは別です。これについては、農産物などの検査をして、厳しい規制値(年間食べる食品の半分が汚染されたものであるという設定)を上回るものは出荷していません。