カテゴリーアーカイブ:行政

日本のリベラル勢力、その限界

2016年7月20日   岡本全勝

朝日新聞7月16日オピニオン欄「瀬戸際のリベラル」、浅羽通明さんの発言から。
・・・思えば明治の昔から、日本のリベラル勢力は、有権者と向き合った等身大のところからビジョンや政策を立ち上がらせる姿勢に乏しい。ボトムアップが少なすぎる。
リベラルの提言は、二大政党制とか「デモのある社会」とか、いつも外国にあるお手本を持ってきて振りかざす。トップダウンなのです。要は上から目線の秀才たちが左翼やリベラルとなり、欧米を追い風に自らを支えてきたわけ。
終戦後、占領軍による民主化と日本国憲法という予想外に強い追い風を得た彼らは、ずっとその残光にすがってサバイバルしてきました。与党を攻撃するにも、ただただ「違憲!」という葵の御紋を突きつけるワンパターンへはまっていった。楽ですが、思考停止です。憲法に頼ってばかりだと、経済や安全保障の現実的政策を生みだす能力が劣化してしまう・・・

イギリス、EU離脱国民投票の意味

2016年7月20日   岡本全勝

朝日新聞7月14日オピニオン欄「英国、欧州、そして世界」、オックスフォード大学教授のティモシー・ガートン・アッシュさんの発言から。
・・・この国がいかに分断されているか。(国民投票の)6月23日に、分断を覆い隠していたカーテンが一気に引きはがされたのです。スコットランドとイングランド、富裕層と貧困層、北部と南部、高学歴が残留で、低学歴が離脱・・・。私の息子たちは30代ですが、父親世代が我々の未来を奪ったと怒っています。この分裂と怒りを克服するために、この先2、3年はかかるでしょう・・・

「そもそも英国は、欧州なのでしょうか」という問いに対して。
・・・最古の世界地図といわれるプトレマイオス図の中世版(15世紀)以来、英国は常に欧州の一部として描かれています。日本がアジアに居続けているように。
問題は地理的、歴史的、文化的に帰属するかではなくて、特定の政治目標を共有するかどうか、ということなのです。アジアとの決定的な違いはそこにある。アジアには一つの政治目標はなく、中国によるアジア観、米国によるアジア観などが混在しています。
欧州は、世界で最も政治経済的な統合が進んだ地域であり、統合が欧州全体の政治目標です。だから問題は、英国が帰属するかどうか、ではなくて、統合の動きが前進するか、後退するかです。第2次大戦後以来の欧州統合の動きは、いままさに後退しはじめたといえます。それは世界にとって極めて深刻な状況です・・・

記録的学問と論争的学問、公務員と政治家のご先祖様

2016年7月16日   岡本全勝

中山茂著『パラダイムと科学革命の歴史』(2013年、講談社学術文庫)は、科学史についての本です。その第1章「記録的学問と論争的学問」を読んで、記述を拡大解釈して、なるほどと思いました。著者は、古代西洋と東洋の学問の比較対照と共通点を述べているのですが、それが政治と行政の違いを端的に表しているのです。
著者は、学問のコミュニケーションを、記録によるものと、口頭によるものの2つに分類します。
記録的学問は、天変の記録です。バビロニアでも古代中国でも、権力が天変を記録し、統治に利用します。それは、事務的な、官庁業務的な学問です。それに携わったのが、私たち公務員のご先祖様です。道具は筆記用具です。
他方、論争的学問は、議論の中から出てくる学問です。古代ギリシアの哲学者たちと、中国戦国時代の諸子百家です。ギリシャの民主政では市民が論争をします。その代表者たちがソフィストで、演説で市民を引きつけます。弁論術です。諸子百家も、弁舌で王侯に取り入ろうとします。相手は、ギリシャのように市民ではなく、君主です。これは、政治形態の違いから来る差です。こちらは、政治家のご先祖様です。道具は弁舌です。
そして、記録的学問は、保守的であり累積します。論争的学問は新説がどしどし現れますが、現れては消えます。問題提起が、主な機能です。記録的学問も、記録だけでは真理に到達しません。
著者の目的(科学史)とは離れますが、それぞれを公務員のご先祖様と、政治家のご先祖様と理解すると、公務員と政治家の機能の差がよくわかります。ごく一面的な見方ですがね。

地域福祉の現場は行政のフロンティア

2016年7月9日   岡本全勝

今日は、日本介護経営学会に呼ばれて、シンポジウムに登壇してきました。私は知りませんでしたが、介護の実務家や研究者の学会です。会場は満員でした。
被災地では、高齢者などのケアのため、さまざまな試みが取り組まれました。阪神淡路大震災を教訓に、介護ステーションをつくり、相談員が巡回してと。それ以外にも、地域包括ケアの試行なども。地域福祉の「実験場」だったのです。これまでの経験は、この学会が協力した、小笠原浩一・栃本一三郎編著「災害復興からの介護システム・イノベーション」(2016年、ミネルヴァ書房)にまとめられています。関係者の方には、お薦めです。
私の役割は基調講演でしたが、その後のシンポジウムが勉強になりました。旧知の長純一先生、池田昌弘さんたちから、包括ケアや現在の福祉サービスから漏れ落ちている人たちへの支援現場での課題が、報告されました。現場で活動している人たちの発言は重いですね。実践家の苦悩、といったら良いのでしょうか。「無認可」「認可外」に、次なる課題が存在しています。これまでの医療福祉サービスが、医療、介護、児童、障害者というように対象者別にサービスを拡充してきました。それでも、隙間が残されています。生々しい事例を聞かせてもらいました。
また、個別サービスが、地域での助け合いを壊しているという逆効果も。農業や漁業が忙しい時期に、デイケアに来ている高齢者が、そちらの作業のアルバイトに行くという話がありました。高齢者は行くところを求めているのです。
行政によるサービスの限界が見えてきました。地域で、ともに支え合う場や方法を、生かさなければなりません。しかし、自治体にも国にも、そのような専門家はおらず、部署もありません。新しい行政手法、公共政策が必要です。
「日本の行政課題は、外国から輸入するのではなく、国内の現場で生まれている」という私の主張が、まさに実証されている分野です。さてこれらの課題を、研究者、自治体、国が、どのように吸い上げて解決するか。異業種の方との意見交換は、勉強になります。

上級職はエリートにあらず

2016年7月3日   岡本全勝

6月28日の朝日新聞夕刊に、「省庁 組合離れ加速」という記事が載っていました。労働組合加入率が5割を割ったとのこと。詳しくは記事を読んでいただくとして。労働組合は職員の処遇改善を目的とした組織ですが、その目的の大きな部分を達成して、使命を終えたのでしょう。社会では、労働組合に入っていない非正規労働者が問題になっています。これに答えないと。
ところで、私が興味を持ったのは、次の点です。
・・・組織率が下がる背景に採用の変化を指摘する声もある。95年度の公務員白書によると、試験による新規採用の6割は国家3種などの高卒者だった。ところが、15年度の白書では大卒・院卒者が採用の6割を占め、主流は逆転した。
立教大の原田久教授(行政学)は、国家公務員の労組が元々、幹部候補のキャリア組に比べて昇進・昇給が遅いノンキャリアの処遇改善を要求してきた歴史に着目する。「国家公務員の定数は大幅に減ったが、1万人余りのキャリアの人数はほぼ変わらず、相対的に職員に占めるキャリアの割合が高まった」・・・

かつては、少数のエリートである上級職と、その他の大勢の職員という構図でした。それが、いつの間にか変化していたのです。すると、いわゆる上級職の役割や昇進経路が、変わってきます。幹部への選抜方法も変わってきます。これは、各人にとっても、組織にとっても、意識の変革を求めます。