カテゴリーアーカイブ:行政

若者が話せる居場所をつくる

2021年10月13日   岡本全勝

10月8日の読売新聞解説欄に「孤立させない 若者に「居場所」」が載っていました。
・・・中学高校生や20~30歳代の若者が安心して過ごせる「居場所」をつくる動きが、各地に広がっている。家庭の事情や友人関係の悩みを抱えて孤立した状態が続くと、高校中退や就労が困難な状況につながるケースも少なくない。行政と民間団体が連携し、多様な若者支援のあり方を考えていく必要がある。
スタッフや他の利用者とおしゃべりしていると、気が楽になる。家族についての愚痴も言いやすい」
さいたま市のNPO法人「さいたまユースサポートネット」の交流スペースを利用する男性(34)は語る。中学生の頃にいじめに遭い、学校を休みがちだった。高校卒業後はアルバイトなどをしていたが、心身のバランスを崩し、自宅から出られない日々が続いた。現在は就労継続が困難な人を支援する福祉作業所に通っているが、同居する親も経済的に苦しく、家族関係に悩みを抱える・・・

・・・「いじめなどをきっかけに自信を失い、家庭環境に恵まれないなど、様々な『生きづらさ』を抱えて相談の場に来る若者は20歳を過ぎていることが多い。学校を卒業すると社会との接点がなくなり、その期間が長いほど復帰に時間がかかる傾向がある」。さいたまユースの副代表で元公立中養護教諭の金子由美子さんは、そう話す。
特に高校を中退すると、正社員での採用が難しく、公的なサポートを受ける機会も減る。「地域の結びつきが薄れる中、家族自体が孤立し、支援が届かないケースは多い。必要に応じて福祉や医療、就労支援などに結びつける居場所をもっと増やし、周知していく必要がある」と金子さんは訴える・・・

・・・中学高校段階で早期のサポートにつなげることも大切だ。学童保育や児童館がある小学生までに比べて放課後などの受け皿が手薄なことに加え、ひとり親などで困窮する世帯や家族の面倒をみるヤングケアラーが増えている状況もある。
最近注目されているのが、NPO法人などが高校内で生徒を対象に開く「カフェ」。自宅でも教室でもない「第三のスペース」で、相談員やボランティアが雑談を通して生徒と信頼関係を築き、必要に応じて学校にも連絡し、適切な支援につなげる・・・

メルケル首相評伝

2021年10月4日   岡本全勝

マリオン・ ヴァン・ランテルゲム著『アンゲラ・メルケル: 東ドイツの物理学者がヨーロッパの母になるまで』(2021年、東京書籍)を読みました。フランス人ジャーナリストによる、メルケル首相の評伝です。フランス人から見たメルケル首相、その生い立ちから、政治家としての経歴をたどります。

当時の東ドイツは、社会主義という名の下の独裁国家、市民が秘密警察の手下となり、お互いに密告し合う社会です。しかも、危険視される宗教の牧師の娘として成長します。それが、彼女のよく考えてからものを言う性格をつくります。
頭のよい科学者だった女性が、東ドイツ崩壊に遭遇し、政党で働くことを選びます。そこからは、あれよあれよという間に、出世街道を駆け上り、野党党首、そして首相へ、さらに4期16年という長期政権を維持します。国民支持率は、50%を切ったことがないそうです。

冷戦終結、ドイツ統一という「時」もありました。東ドイツ出身で女性を求めていたコール首相の目にかなったという「地」もありました。しかし、それだけでは首相にはなれません。西ドイツの男社会であるCDU(ドイツキリスト教民主同盟)の中で、権力をつかんでいくのですから。この本では、育ての親のコール首相を葬ることをしたことを、説明しています。コール党首時代のCDUに醜聞が出たときに、新聞に意見を公表することによってです。

翻訳も良く、わかりやすい内容です。ただし、分量が少ないこともあり、彼女の政治の手法や政策の評価については、あまり書かれていません。ドイツ(西ドイツ)の首相は比較的在任期間が長いのですが、16年間も維持するにはそれだけの理由が必要です。これは、別の本を読まなければならないのでしょう。
私が若いときに読んだ世界のリーダーは、チャーチル、ルーズベルト、ドゴール、ケネディたちでした。その次は、ジスカールデスタン、シュミットでしょうか。近年だと、サッチャー、ゴルバチョフ、ブレア、そしてメルケルでしょう。

世論による政治の危うさ

2021年10月4日   岡本全勝

9月25日の朝日新聞オピニオン欄、佐伯啓思・京都大学名誉教授の「国民主権の危うさ」から。原文をお読みください。

・・・私は、「民主主義の根本原理は国民主権にあり」というこの疑い得ない命題に対して、ずっとある疑いの念を持ってきた。いやもう少し正確に述べれば、この根本原則の解釈の仕方についてである・・・
・・・端的にいえば、世論は、安定した常識に支えられた「パブリック・オピニオン」であることはまれで、しばしば、その時々の情緒や社会の雰囲気(つまり「空気」)に左右される「マス・センティメント」へと流されるのである。そして、この不安定な「世論」が国民の意志つまり「民意」とみなされ、その結果、民主主義は世論による政治ということになる。
議院内閣制とは、まさにこの意味での国民主権の民主主義を部分的に抑制しようとするものであった。たとえば、英国人にとって英国の政治体制は何かと問えば、主権者は王であり、政治体制は議会主義だと答えるであろう。議会での討論こそが決定的な意味をもっており、民主主義はせいぜい選挙制度のうちに組み込まれている・・・

・・・では「国民主権としての民主主義」とは異なった民主主義の理解はありえないのだろうか。ありうる。というより、実にシンプルなもので、それはあくまで政治的意思決定のプロセスとして民主主義を理解することだ。「手続きとしての民主主義」である。論議を尽くしたうえでの投票による意思決定という手続きである。
そしてある程度有意味な議論が可能となるためには、限定された代表者による集会が不可欠になろう。これが議会主義であり、代表者を選ぶのが普通選挙であって、この手続き全体の妥当性が民主主義と呼ばれるものなのである。
議会主義にせよ、議院内閣制にせよ、こういう発想に基づくものであった。したがって、議院内閣制は、あくまで、民意や世論という「主権」からは距離をとるものであり、そこにこそ、「手続きとしての民主主義」の意味がある。

デモクラシー、つまり「民衆(デモス)の支配(クラティア)」は日本では「民主主義」と訳され、「主義」としての思想的な意義を与えられてきた。それは、ひとつの理念であり理想を実現する運動であった。この運動の目指すところは「民意の実現」にあった。だから、政治がうまくいかないのは、政治が民意を無視しているからだ、ということになる。いいかえれば、民意を実現しさえすれば政治はうまくゆく、という。こういう理解がいつのまにか定着してしまった。
私にはとてもそうだとは思えない。今日の政治の混迷は、将来へ向けた日本の方向がまったく見えないからである。将来像についてのある程度の共通了解が国民の間にあればよいが、それがまったく失われている。しかもそれは、どうやら日本だけのことではない。グローバリズム、経済成長主義、覇権安定による国際秩序、経済と環境の両立、リベラルな正義などといった従来の価値観や方法が、世界中でもはや信頼を失っている。

むろんそんな大問題について「民意」がそれなりの答えを出せるはずもない。だから目先の、被害者や加害者が分かりやすい、しかも「民意」がすぐに反応しやすい論点へと政治は流されてゆく。
福沢流にいえば、将来を見渡せる大きな文明論が必要なのであり、それを行うのは学者、すなわちジャーナリズムも含めた知識人層の課題であろう。福沢は、この知識人層が大衆世論(社会の空気)に迎合していることを強く難じた。知識人層は、民意の動きを読み、同調するのではなく、逆にそれに抗しつつ、それを動かしてゆくものだ、というのである。150年前の福沢の主張は、今日ますます新たな意味を持っているのではなかろうか・・・

デジタル庁の課題

2021年10月2日   岡本全勝

9月23日の読売新聞解説欄は、「デジタル庁 新司令塔の課題」でした。佐藤一郎・国立情報学研究所教授の発言が、要点をまとめていて、分かりやすいです。

・・・2001年の「e―Japan戦略」以降、日本はIT戦略を数年おきに発表してきたが、いつもかけ声倒れに終わってきた。戦略の全体目標があいまいだった上、各府省庁が個別に小粒の施策を打ち出し、相乗効果を発揮できなかったためだ。失敗した原因の総括もなかった。
今回は、デジタル行政の司令塔となるデジタル庁の組織づくりから着手した点がまず評価できる。省庁にまたがるシステム関連予算をデジタル庁が一括計上する仕組みも、リーダーシップの源泉となるだろう。
ただし、システムを熟知しているのは現場の府省庁や自治体だ。強権的にシステムの一元化や標準化を進め、業務に支障が出る事態は好ましくない・・・

・・・デジタル庁は内閣直轄で、民間人材も多い。これまでにはない特異な組織だ。民間人の登用自体は問題ないが、役所と民間を行き来する人がいる以上、調達の公平性を担保する仕組みが必要だろう。弊害が起きていないかをチェックする仕組みを整えてほしい。中立的な立場でデジタル庁の成果を評価する仕掛けも講じるべきだ・・・

・・・日本のデジタル化は先進国の中でも周回遅れだ。海外は電子申請手続きなどがすでに進んでおり、デジタル化を住民が行政活動を可視化する手段とするための模索が始まっている。
世界の先を目指すには、行政の業務や組織をデジタルでどう変え、どのような社会を目指すのかの全体構想を描く必要がある・・・

1「失敗した原因の総括もなかった」とは、耳の痛い指摘です。省庁には、失敗を検証する仕組みがありません。
2 省庁は所管業務は法律に明示されているのですが、いつまでに何を達成するかの目標が示されていないことが多いです。その点、デジタル庁は、目標がはっきりしています。「制度所管」」でなく「課題所管」で運営してほしいです。「制度を所管するのか、問題を所管するのか

国民に響かない政治家の言葉「安全安心」「緊急事態」

2021年9月30日   岡本全勝

朝日新聞デジタル記事「いつも緊急、信じられない安全 金田一秀穂さんが感じた言葉の無力さ」(9月24日掲載)、金田一先生の発言から。

・・・「クラスター」や「ウィズコロナ」など、本当はもう少し時間をおいて、わかりやすい言葉にしたほうが良かったけれど、コロナの蔓延に社会が追いついていないのでしょう。「ステイホーム」なんて、犬に命令しているようですよね。

コロナという、えたいの知れないウイルスがあることは、もうどうしようもない。現状をどう言えば良いかわからないから、「コロナ禍」と名づけることで私たちは整理がついて、少し安心できるわけです。「コロナ禍」とまず認めて、ではどうしたらいいだろう、と次に進むことができる。それが言葉の働きなのでとても重要です。でも、実際のひどいコロナ禍というのは言葉では言い尽くせない。

政治家は言葉を乱発する。必死になって「安心安全」と言う。でも、実は本人がそれを信じていないですよね。実際は安心安全ではないですものね。いま、言葉がぞんざいでありすぎると感じます。政治家が言っているはしから、「本当じゃないでしょ」と人々はすぐわかってしまう。いい加減なんだな、とはっきりわかっていますよね。

だから、「緊急事態」はちっとも効果がないわけでしょう。いつも「緊急」なので。毎年毎年、「異常気象」と言っているようなものですよね。緊急事態という言葉自体が、実質的に意味をなくしている。言葉が消費されて、私たちに響いてこない。そういう言葉にうんざりしてきていて、素通りしてしまう・・・