カテゴリーアーカイブ:行政

宮本太郎教授、日本の社会保障のほころび

2021年10月28日   岡本全勝

10月20日の朝日新聞オピニオン欄、宮本太郎・中央大学教授の「新自由主義と社会保障」から。

「いまの日本は3層に分断されています。まず、正社員として働いて社会保険に入れる安定就労層と、生活保護などを受ける福祉受給層。これまでの社会保障はこの2層を想定していました。働けるか、働けないかの二分法です。ところが、この二つの層の狭間で、社会保障制度の支援が届いていない新しい生活困難層が拡大しています。この3層の間での相互不信も強まっています」
「新しい生活困難層には非正規雇用、フリーランス、一人親世帯などが多く、老親の介護や自らのメンタルヘルス、子どもの発達障害など複合的な困難を抱える人も少なくありません。安定的に働いて社会保険に入ることも難しく、対象が絞り込まれた福祉も利用できない。コロナ禍の打撃もこの層に集中しており、どう支えるかが喫緊の課題です」
――どんな型の社会保障に変えていくべきでしょうか。
「3層の分断を乗り越えるような社会保障です。働けない人に限られていた福祉の給付を、働けても低所得の人たちに広げていくこと。さらに、安定就労層に限られていた就労の機会を、さまざまな困難を抱えている人にも広げることが必要です」
「いまの福祉の給付は、生活保護のように、対象を厳しく絞って、最低限の生活費用をまるごと保障する『代替型』が中心です。でも、新しい生活困難層は、働けるけれども、いろいろな困難を抱えている。そこに手当てをして、無理なく働ける条件をつくり、所得が足りない時は住宅手当などで『補完型』の給付を提供すべきです。だれもが活躍できる社会は、このような回路を整備して、初めて幻想から現実に近づきます」

――野党側は社会保障の財源である消費税の税率を5%に下げるべきだ、と主張しています。
「人々から集めた税を、社会に必要な形に変換して返すのが政治の技というものでしょう。その過程で、市場で解決できない困難を打開する政策や制度が生まれるのです。ところが与野党を問わず、入り口から『お代はいただきません』と言ったり、出口で『お代はそのままお返しします』と特別定額給付に頼ったりしています」
「減税をして歳入が減れば、社会的弱者への支給が真っ先に減らされる可能性が高い。それでいいのでしょうか。集めた税を、納得感のあるサービスや給付で人々に『倍返し』できるような政治の技を示すべきだと思います」

「私は、官邸や霞が関にごりごりの新自由主義者はそう多くないと思っています。だからこそ、雲行き次第で転換を掲げ、積極財政や分配を言い始めるのです。でも、日本には強い新自由主義的な『磁場』ともいうべきものがあるので、注意が必要です」
――どういうことでしょうか。
「日本には、政策や制度を作ろうとすると、結果として新自由主義的な形になるような構造があるのです。私は、『磁力としての新自由主義』と呼んでいます。政治家や官僚一人ひとりは新自由主義を信奉していなくても、磁石に引き寄せられるように、新自由主義的な方向に向かってしまう」
――なぜ、そんなことになるのですか。
「国と地方の借金がふくらむなか、支出や人員の削減が進み、集めた税が地域でいかされず、納税者の社会保障や税制への不信が強まっていく。このため、問題解決のための増税は封印され、政治の選択肢は狭まり、選挙になると、『お代はいただきません』という減税に頼る。その結果として、支出や人員をさらに切り詰めることになるという悪循環です」
「平成以降、構造改革の名の下で、地方公務員の数が50万人以上減らされたのは決定的でした。政策を実行しようにも人手が足りないのです。与野党ともに『新自由主義からの転換』を言うのに、この磁力からどのように抜け出すのかが見えてきません」

――宮本さんは戦後の自民党政治には生活保障の面から評価すべき点があったとしていますね。
「現在との対比で言えば、戦後に築かれた日本型資本主義には、弱者を支える仕組みが備わっていました。株式の持ち合いで経営者と従業員の共同体としての企業が確立し、公共事業や業界の保護は、都市に集中する雇用を地方に再分配してきた。利権政治ではありましたが、地方の弱い立場の人たちに向かいあっていた」
「小泉純一郎首相の構造改革は利権政治を『ぶっ壊す』ことを掲げましたが、何の青写真もなく、地方の人々の生活を壊してしまいました。ところが利権政治のほうは別の形で生き残り、その対象が大きく変わった。モリカケ問題や通信事業者による官庁接待からうかがえるのは、新自由主義が強まった社会で、権力者に近い、強い人をより強くするような新たな利権政治の姿です」

分権後の自治体・知事会の役割

2021年10月26日   岡本全勝

10月16日の朝日新聞夕刊「いま聞く」は、平井伸治・全国知事会新会長(鳥取県知事)の「対コロナ、地方からの「共闘」とは」でした。

・・・新型コロナへの対応を通じ、全国知事会の存在感が増した。国と意見を交わし、対策を引き出した。さらに「国民運動的な手法」で「共に闘う」という。このスローガンを提唱する新会長の平井伸治・鳥取県知事に具体策を尋ねた。
新型コロナの出現以後、全国知事会は多忙を極めた。平時なら、年に数回の会合を開き、国への要望をまとめる定型業務で事足りた。ところが地域住民の命が危険にさらされることとなり、現場で対応に当たる知事たちの状況は一変した。

昨年1月、新型コロナの感染拡大に対応するために知事会に緊急対策会議を立ち上げ、翌2月には緊急対策本部を設置。各知事がオンラインで参加し、問題提起や国への要望を共有する対策本部会議を30回近く開催した。総意としての「緊急提言」をまとめ、その都度、関係各大臣と意見交換した。
「新型コロナの副産物として、国と地方の対話の機会は飛躍的に増えました。そして地方の現場を預かる我々の声が、これまでになく尊重された1年半でもあった。知事会と政権との歴史において、初めての経験だったと思います」
「尊重された」という言葉通り、新型コロナ対応の中で知事会の議論が国を動かし、制度化されたものは複数ある。
例えば、事業者への休業補償。政府は当初、対応に否定的だったが、知事会の提言を受けて地方創生臨時交付金を使える仕組みが生まれ、「協力金」制度を法に明記するに至った。そして、緊急事態宣言に至らない予防措置としての「まん延防止等重点措置」も、知事会の議論から生まれたものだ・・・

2000年頃の地方分権改革の時代には、国に対し「戦う知事会」が脚光を浴びました。分権改革で一定の分権が進んだことから、その運用が問われる時代になっています。今回の新型コロナウイルス感染症対策では、その存在を高めたと思います。

総選挙で問われること

2021年10月21日   岡本全勝

10月15日の日経新聞経済教室「衆院選、何を問うべきか」、野中尚人・学習院大学教授の「国民に選択肢・対立軸示せ」から。

・・・慌ただしい自民党総裁選と岸田文雄内閣の成立を受け、息つく暇もなく衆院選に突入することになった。
むろん、2017年の前回衆院選から4年が過ぎ、すべての政党と政治家、そして国民にとって予定されたことではある。しかし、こうした極端な慌ただしさを余儀なくした自民党の対応には疑問も大きい。いつまで「55年体制」時代の党内向けのルールを使い続けるつもりなのだろうか。
この慌ただしさは衆院選にも深刻な影響を及ぼす。総裁選の候補がどんな政策を推進しようとするのかしっかり確認できないまま、そうした不透明さが衆院選にも持ち込まれるからだ・・・
・・・日本の衆院選は、先進国ではほぼ最短の選挙だ。例えば英仏独での直近の総選挙では、事実上の公示から投票までの期間は30日を超える。選挙の仕組みが異なるとはいえ、日本の12日とは大きな差がある。しかも英仏独ではほとんど解散がなく、任期満了日のはるか前から対応が進む。第2次安倍政権以来の「不意打ち」解散も今回もひたすら最短を狙ってきたようだ。野党に対するけん制の面が大きいが、本質は国民に対する向き合い方の問題である。
国民に十分な判断材料を示し、これまでの政権運営と政策展開についてしっかり説明することが、総選挙に臨む政権与党にとって最も重要な責務だ。だが今回もこうした基本中の基本を無視し、有権者の選択権という民主主義の根幹をむしばむ行為を続けている・・・

・・・総選挙にあたって、われわれは何を考えるべきだろうか。自民党については、次の2つの課題に対して本当に取り組む意思があるのかどうかが問われる。
一つは官邸主導のオーバーホール(総点検)である。首相と官房長官には十分な権限が与えられている。問題はそれを適切に使いこなせるか否かであり、つまりはトップリーダーの能力と人格が問われる。能力は当然として、強い権限を持った権力者には特別な倫理観と政治哲学も不可欠だ。岸田首相はその条件を満たしているのだろうか。
この10年ほど、官僚には極端な忖度を強制し、メディアへの圧力ととられる行為が政権中枢からたびたびあったともいわれる。岸田首相とその周辺がこうした問題意識を十分に自覚しているのか否か、よく見極める必要がある。

もう一つのポイントは、政策の実行能力の問題である。55年体制時代の自民党政権は、官僚との緊密な協力体制を築くことにより政策の確実な実施を担保してきた。確かに政策のスピードや刷新力という点では問題があったが、一定の実行能力を示してきた。だがこの10年間の実績はどうだろうか。次から次へと人目を引きそうなスローガンが打ち出されたが、最後まで取り組んで約束を果たしたといえるものは何だろうか。
少子化対策や地方創生、規制改革など、主だった政策はほぼ掛け声倒れに終わってきた。アベノミクスも一時的な浮揚効果は大きかったが、構造改革問題にはほとんど手がつけられなかった。菅政権では実行にウエートを置こうとしたようだが、うまく運ばなかった。
岸田政権はこれを克服して、「つらい」政策の実施までやれるのだろうか。それとも歴代自民党政権の十八番ともいえる財政資金のバラマキに終始するのだろうか・・・

コロナ対策に見る指導者像

2021年10月19日   岡本全勝

10月14日の朝日新聞デジタル「尾身氏が描くリーダー像とは…合理性と意思と言葉、あと「もう一つ」」から。

――菅義偉前首相のコロナ対策をどう評価しますか。
「前首相、政権も含めて全身全霊で頑張られたと思います。真摯に誠実に取り組まれた。敬意を表したいと思います。そのうえで、私の立場からみて不十分だったと感じたのは、分科会の提言をとりいれないと判断した場合の国民への説明です。分科会と政府の考えにときに違いが出るのは当たり前です。ただ、目標は同じなのか。別の目標があるのか。目標は同じだけど方法が違うのか。もっと説明があればよかったと思います」

――どんな時にそう感じましたか。
「観光支援策Go To トラベルの一時停止を求めたときや今年6月、東京五輪について無観客開催が望ましいと求めたときのことはよく覚えています。五輪に関連するリスクをどう認識し、いかに軽減するかなどを納得できるよう市民に知らせてほしいと政府などに求めましたが、十分ではなかったと思います」

――科学と政治の関係は長く議論されてきました。限界を感じますか?
「限界は感じました。ただしコロナで始まったことではなく、2009年の新型インフルエンザの時もその前も。各国みな、衝突したり仲良くしたり。専門家と政府の距離感に苦労しているのです。専門家の意見とは何なのか。政府がどう判断して採用したのか、しなかったのか。政府と専門家のありかたについて、何らかのルールづくりが必要でしょう」

――リーダーシップの重要性をよく口にされます。コロナ禍のいま、リーダーに何を求めますか。
「危機におけるリーダーは、非常に複雑で困難な問題に直面するわけです。多くの人々が不安や不満を感じている。でも答えがいくら難しくても、大きな方向性は絶対に示さないと。戦略と言ってもいい。合理性や根拠をまず求めます。2番目に、それを実行する意思が必要になります。3番目は、この人についていきたいという感覚。共感を得られる発言でしょうか」

――司令塔が見えにくい問題もありました。
「地域医療は、地方分権のもとで都道府県が一義的に責任を持ち、国が直接言えるようなシステムになっていません。しかし今回のような有事には、全体に関係することについては、国による大きな意思決定が必要になってきます。地方と国の役割分担、責任、どちらが最終決定するかについてもあいまいだった部分がある。結果、にらみ合いのようなことが起きてしまった」

――平時と有事の切り替えがうまくいかなかったと。
「平時と同じやり方のままでは意思決定が遅れ、アクションも遅れる。有事には国がリーダーシップをとらないと動きが遅いし、統一的な整合性のある施策にならない。有事向けの仕組みや法的な体系、ルール作りが必要です。指揮命令系統と役割分担を明確にしないと。保健所や検査、医療体制の問題も早くから認識はされてきた。だが、誰が責任をもって指揮、実行していくのか、はっきりしていなかった。そしてもう一つ。自治体と国の間に、情報共有が進まなかったことも大きな反省点です」

政府と医療界の責任、病床を確保する

2021年10月15日   岡本全勝

10月8日の日経新聞「しがらみ排し医療再建 コロナとの共生へ耐久力を」から。

・・・医は仁術ではなく算術だった。日本に新型コロナウイルスが上陸してからの医療界の動きを振り返ると、残念ながらこんな言葉が思い浮かぶ。
多くの医療機関でコロナへの対応よりも経営が優先された。政府が病床確保、オンライン診療の導入といった対策を実施しようとするたびに、経営上の損得という算術が大きな壁になった。
ワクチン接種など医療機関の算術を満たす報酬を政府が示した場合、対策は大きく進んだ。そうでない政策は空回りした。病床確保を前提に補助金をもらいながら、実際にはコロナ患者を受け入れずに収益を上げるという、仁術を全く感じられない病院も表れた・・・
・・・既得権の第一は医療機関の経営の自由だ。民間経営を理由に行政の指揮権が及ばない病院が8割もある・・・

欧米各国に比べ桁が少ない感染者数、欧米並みの病床と医者の数。なのに日本では、病床が足らない医療危機が叫ばれました。そして、指摘されながら、改善されたとは見えません。政府と医師会は、どのように説明するのでしょうか。