総選挙で問われること

10月15日の日経新聞経済教室「衆院選、何を問うべきか」、野中尚人・学習院大学教授の「国民に選択肢・対立軸示せ」から。

・・・慌ただしい自民党総裁選と岸田文雄内閣の成立を受け、息つく暇もなく衆院選に突入することになった。
むろん、2017年の前回衆院選から4年が過ぎ、すべての政党と政治家、そして国民にとって予定されたことではある。しかし、こうした極端な慌ただしさを余儀なくした自民党の対応には疑問も大きい。いつまで「55年体制」時代の党内向けのルールを使い続けるつもりなのだろうか。
この慌ただしさは衆院選にも深刻な影響を及ぼす。総裁選の候補がどんな政策を推進しようとするのかしっかり確認できないまま、そうした不透明さが衆院選にも持ち込まれるからだ・・・
・・・日本の衆院選は、先進国ではほぼ最短の選挙だ。例えば英仏独での直近の総選挙では、事実上の公示から投票までの期間は30日を超える。選挙の仕組みが異なるとはいえ、日本の12日とは大きな差がある。しかも英仏独ではほとんど解散がなく、任期満了日のはるか前から対応が進む。第2次安倍政権以来の「不意打ち」解散も今回もひたすら最短を狙ってきたようだ。野党に対するけん制の面が大きいが、本質は国民に対する向き合い方の問題である。
国民に十分な判断材料を示し、これまでの政権運営と政策展開についてしっかり説明することが、総選挙に臨む政権与党にとって最も重要な責務だ。だが今回もこうした基本中の基本を無視し、有権者の選択権という民主主義の根幹をむしばむ行為を続けている・・・

・・・総選挙にあたって、われわれは何を考えるべきだろうか。自民党については、次の2つの課題に対して本当に取り組む意思があるのかどうかが問われる。
一つは官邸主導のオーバーホール(総点検)である。首相と官房長官には十分な権限が与えられている。問題はそれを適切に使いこなせるか否かであり、つまりはトップリーダーの能力と人格が問われる。能力は当然として、強い権限を持った権力者には特別な倫理観と政治哲学も不可欠だ。岸田首相はその条件を満たしているのだろうか。
この10年ほど、官僚には極端な忖度を強制し、メディアへの圧力ととられる行為が政権中枢からたびたびあったともいわれる。岸田首相とその周辺がこうした問題意識を十分に自覚しているのか否か、よく見極める必要がある。

もう一つのポイントは、政策の実行能力の問題である。55年体制時代の自民党政権は、官僚との緊密な協力体制を築くことにより政策の確実な実施を担保してきた。確かに政策のスピードや刷新力という点では問題があったが、一定の実行能力を示してきた。だがこの10年間の実績はどうだろうか。次から次へと人目を引きそうなスローガンが打ち出されたが、最後まで取り組んで約束を果たしたといえるものは何だろうか。
少子化対策や地方創生、規制改革など、主だった政策はほぼ掛け声倒れに終わってきた。アベノミクスも一時的な浮揚効果は大きかったが、構造改革問題にはほとんど手がつけられなかった。菅政権では実行にウエートを置こうとしたようだが、うまく運ばなかった。
岸田政権はこれを克服して、「つらい」政策の実施までやれるのだろうか。それとも歴代自民党政権の十八番ともいえる財政資金のバラマキに終始するのだろうか・・・