カテゴリーアーカイブ:行政

行政の無謬性神話2

2021年9月11日   岡本全勝

行政の無謬性神話」の続きです。
「行政の無謬性」という間違った観念は、次のような悪影響も及ぼしています。国会で、現行制度や政策について質問が出ます。すると、官僚は、現行制度や政策が正しいとして答弁を書きます。現行制度が正しいという前提です。

ところが、担当者は、この制度の限界を知っています。つくったときはそれでよかったのですが、時間が経つと社会も変化し、現場ではそぐわない事例が出てきたり、想定していない事象が起きてきます。それでも、法律の担当者としては、現行制度を是として答えざるを得ません。「現行制度は時代の変化に遅れていて、変える必要があります」と答弁すると、「現行法令がおかしいというのか」とお叱りを受け、審議が止まるおそれもあります。

私には、次のような経験があります。「追悼、辻陽明記者」「朝日新聞一面
2003年私が総務省交付税課長の時です。12月4日の朝日新聞1面に私の発言が載りました。「破綻の聖域 地方交付税」という表題で、「『地方交付税制度は破綻状態に近く、今のままでは制度として維持できない。官僚だけでは処理できなくなっている』総務省の岡本全勝・交付税課長が地方自治体職員ら約140人を前に、制度の窮状を明らかにした。東京・新宿で11月11日に開かれた地方自治講演会。交付税の責任者が吐露した本音に、参加者は驚いた。」という書き出しです。
現役課長が朝日新聞の1面に乗ることは、霞ヶ関では好ましいことではありません。しかも、自分の担当している仕事についてです。私自身は、間違ったことを言っているつもりはありませんでしたが。当時の瀧野欣弥官房長(後に内閣官房副長官)と国会議員会館ですれ違い、「新聞にあんな記事が出て、申し訳ありません」とお詫びしました(私は国会を飛び回っていたので、そんなところで役所の上司に会ったのです)。滝野官房長は「おかしいと思ったら、自分で改革せよ」とだけ、おっしゃいました。『地方財政改革論議』(2002年、ぎょうせい)なども書いていました。

制度を運用するのも公務員の仕事なら、制度を変えるのも公務員の仕事です。「おかしいと考えています。改革案は・・・」といった発言が、普通にできる社会がほしいです。まずは、与野党の議論、マスメディア、研究者たちの場で、問題を提起し、議論を重ねることでしょうか。

追記(9月13日)
このページを読んだ読者から、次のような指摘をもらいました。その通りですね。次回から気をつけます。
・・・「行政の無謬性」というと明治憲法以前の法律論である「国家無謬説」(本質は裁判権の問題です)と「行政官をめぐるビヘイビアー」をごっちゃにしてしまうので、「行政の無謬観」というべきではないかと思います・・・

自民党の評価

2021年9月9日   岡本全勝

9月7日の朝日新聞オピニオン欄、久米晃・元自民党事務局長の「向かい風の自民党」から。

――選挙参謀を務めながら、自分のことを「自民党支持者ではない」と言うことがありますね。
「私は保守の人間であって、無原則な支持者ではありません」
――保守とは、どういう意味で言っていますか。
「日本の歴史と伝統文化を守り、常識と秩序を守る態度のことだと思っています。常識は時代に応じて変わるものだとは思いますが、あまり変えたくはない」
「保守の私からみても、自民党の政策が間違っていると思うことはあります。感染症対策も災害対策も、不十分だった点があると言わざるを得ません。個人的には、党の考え方すべてに賛成していたわけではありません」
――自民党の支持者もそうでしょうね。
「世論調査で有権者が『自民党支持』と答えたからといって、すべての人が自民党候補に投票するなどということはありません。勝てる候補は自民党支持の8割の票を取りますが、負ける候補だと6割しか入らないのが実態です」
「自民党支持というのは固い支持ではなく、ゆるやかな『期待』のようなものです。『保守的な無党派層』と言った方が近いかもしれない。よく無党派対策が必要と言われますが、自民党支持を固めることができるかどうかが、昔も今も選挙対策の基本です」

――近年の有権者の心理をどのように見ていますか。
「昭和の時代、自民党にとっては『夢と希望』を語るのが選挙でした。所得倍増、列島改造、経済の復興が代表的です。ところが、ある程度の生活環境が整うと、何を訴えればいいのか、見つけにくくなった。その影響で、平成以降の選挙は有権者の『不平と不満』の表明の手段になっている。政治に期待するものがなくなったということでもあります」
――そうなったのも、自民党の責任ではありませんか。
「そうですね。この状況を野党が作ったわけではない。ただ、国民の要求が多様化し、多くの人が納得できる『夢と希望』を語れるかというと、すごく難しい」

――自民党のありようも変わってきたということですか。
「そもそも自民党は欧州で見られるような政党ではないと思っています。ドイツのキリスト教民主同盟や社会民主党は、イデオロギーや思想があってできた政党で、そこから議員が出てくる。でも、日本の自民党は議員バッジをつけた人が集まって、政党を名乗っているわけです。質が違うと思いますよ」

行政の無謬性神話

2021年9月8日   岡本全勝

先日、あるところで、行政の無謬性、官僚の無謬性が議論になりました。
行政の無謬性とは、行政は間違いを犯さないものだ、間違いを犯してはならないという考えです。私も官僚になった頃は、「そんなものかなあ」と程度に考えていましたが、経験を経るに従って、「それは真実ではない」「そんなことを言われても困る」と思い始め、「誰がそんなことを唱えたのだ」「やめてくれ」と思うようになりました。

問題を提起したのは、現役官僚です。彼も、行政の無謬性に疑問を持っていました。
私は、次のように考えています。
1 行政は間違いを犯してはいけない。確かにその通りで、法令の適用を間違ってはいけません。しかし、人間がすることですから、間違いも起きます。官僚も生身の人間です。民間企業の社員と変わりません。

2「絶対間違いを犯してはいけない」と主張するなら、それなりの手当が必要です。
例えば、「法案の記載誤り」が厳しく批判されました。法律改正の重要な内容に間違いがあってはいけませんが、重要でない部分や参考資料の記載誤りについてそんなに問題視することでしょうか。訂正すれば済むことでしょう。そのような間違いもしてはいけないというなら、人と時間を増やしてください。
もし私が当事者の官房長だったら、国会での釈明の際に、「申し訳ありません」と言いつつ、「しかし、現在の人員と限られた時間では、間違いも起きることがあります。法令本文には間違いがないように心がけますが、参考資料は正誤表で対応させてください」と答弁したでしょうね。

3 ここにあるのは、いまだに残る「官僚神話」ではないでしょうか。「官僚は優秀で、間違いは起こさない」というかつての神話です。一方で、エリートは認めないので、官僚を叩くという風潮です。
この問題の解決は、「官僚も普通の人ですから、間違いも起きます」と当たり前のことを認めることです。私なら追求されたら、「あんたも間違いを犯すでしょう」と反論します。
何か失敗が起きたら、しばしば「二度とこのようなことが起きないように、調査をして、再発防止に務めます」というような謝罪会見がされます。これも、やめた方がよいです。そうでなくても忙しい職員に、さらに仕事を増やすだけですから。その調査の結果、職員数を増やしてくれるならよいのですが、それを認めてくれないですよね。
「今後も失敗が起きないように注意して参ります(でも、人間のすることですから、また起きるかもしれません)」が正しいと思います。もちろん絶対間違ってはいけないことと、少々の間違いは許してもらえることとの区別はあります。
この項続く

自殺意識の高まり

2021年9月8日   岡本全勝

9月1日の読売新聞に、日本財団の自殺調査結果が載っていました。「10代後半5%が自殺未遂」。日本財団「第4回 自殺意識全国調査報告書」。
詳しくは報告書を見ていただくとして、主な点は次の通り。

4人に1人が「本気で自殺したいと考えたことがある」
自殺未遂経験者は6%。
自殺念慮、自殺未遂ともに15~20代のリスクが高い。
「在職(休職中)」「無職(求職中)」、持病で「心の病気」を持つ層、疎外感や孤立感を感じている層、家族等に助けや助言を求める相手がいない層、周囲で自殺で亡くなった方がいる層などが1年以内の自殺念慮や自殺未遂の割合が高い。
自殺念慮や自殺未遂経験者の7割が自殺を考えた時に誰にも相談していない。
自殺念慮や自殺未遂経験がある層はない層に比べて、普段から家族に助言を求める割合が低い。

連載「公共を創る」で取り上げている孤独・孤立の問題が、はっきりわかります。

障害者支援の少ない日本

2021年9月1日   岡本全勝

8月25日の日本経済新聞朝刊1面に「パラと歩む共生社会」が載っていました。
そこに、国内総生産(GDP)に占める障害者らに対する公的支出の割合が出ています。日本は1.1%と、OECD平均の2%の半分です。西欧各国はほぼ3%です。
企業などに一定割合の障害者雇用を求める法定雇用率は、ドイツは5%、フランスは6%であるのに対し、日本は2.3%です。

公的教育支出や若者への支出が、先進各国の中でも、日本は低いことが指摘されています。