カテゴリー別アーカイブ: 行政機構

行政-行政機構

角野然生著『経営の力と伴走支援』

角野然生著『経営の力と伴走支援 「対話と傾聴」が組織を変える』(2024年、光文社新書)を紹介します。
東日本大震災の原発事故対応で、経済産業省は、被災した約8000の事業者の事業再開に向けて個別支援を行いました。そのための組織として、福島相双復興官民合同チーム(後に福島相双復興推進機構)がつくられました。事務局長として組織を立ち上げ、仕事の進め方を編み出したのが、角野君です。

公務員と会社員で組織したので、官民合同チームと呼ばれました。この組織の職員が、避難先の各事業者のもとに出かけていって、事情を聞き、相談に乗って、事業の再開に向けて支援するのです。経産省は原発事故の責任者であり、当初は被災事業者に会ってももらえない、話を聞いてもらえない状態でした。通い続けることで、少しずつ意思疎通ができるようになりました。
従来の行政の手法は、補助金など支援の手法をつくり事業者から申請してくるのを待つものでしたが、この伴走支援では役所側が支援対象に出かけていき、話を聞き、問題点を一緒に考え、解決に向かって継続的に支援するのです。これが、「伴走支援」です。

補助金を交付するのは作業としては簡単です。それに対しこの伴走支援は、役所側から問題点を指摘して解決策を提示するのではなく、支援先が自分でも問題点を考え、解決方法を一緒に考えます。自分で気づき、考える。自立への支援をするのです。行政としては、手間暇がかかります。
復興庁では、被災地の小規模事業者の事業再開支援として、地域復興マッチング「結の場」をつくりました。これは、悩んでいる被災事業者と、相談に乗って対策を考える支援をしてくれる企業とをつなげる企画です。これも、補助金を交付するだけでは補助金が終わると事業が継続しないので、自立への支援を行うものです。

連載「公共を創る」の第76回「再チャレンジ政策で考える行政のあり方」で、行政の手法がこれまでは窓口で待つことでよかったのが、これからは出かけていく必要があるこへとの変化を指摘しました。その一つの事例と見ることもできます。
角野君はその後、関東経産局長、経済産業省中小企業庁長官を務め、この手法を被災地以外にも広めます。
現場の実情から編み出された行政手法で、従来の哲学を変えました。そして成功したのです。役所から出かけていって、相手の相談に乗り、自立への支援をする。この行政手法は、他の分野でも拡大できるしょう。

公務員では雇えないので別法人にする

5月11日の日経新聞東京版に「東京都の財団、行政DXけん引 企業OB「官民の壁」崩す」が載っていました。

・・・東京都が民間から人材を集め、都内自治体のデジタル化を加速している。全額出資の財団法人を設立し、日本マイクロソフトや富士通の出身者らを採用した。優秀な人材には都庁幹部を上回る給料を支払う。業務開始から8カ月が過ぎ、民間出身者が行政の現場で成果を出し始めている・・・

一般財団法人「ガブテック」です。職員14人のうち3割が民間経験者です。都庁でなく別法人にしたのは、公務員の枠組みでは優秀な人材を採用できないからです。給料が公務員水準では低くて、「よほどの物好きでなければ来てくれない」のです。この法人では、職員の年収が最高で1500万円に設定しています。都庁では部長(50歳)が1300万円、課長(45歳)で1000万円程度です。

経験年数と職位で給料が決まる、警察や消防、保育などの一部職種を除き給料表が同じという仕組みは、無理になってきています。民間企業と競合する技術職にも、別の給料表が必要になるのでしょう。これも、メンバーシップ型からジョブ型への移行の一つとも考えられます。

中島誠著『社会保障と政治、そして法』

中島誠著『社会保障と政治、そして法』(2024年、信山社)を紹介します。

二部構成になっています。
第一部「社会保障制度を巡る政治的決定の内容(コンテンツ)」は、社会保障制度改革における二大論点、すなわち「給付対負担」と「サービスの供給主体と利用者による選択決定=参入規制、利用者による選択の許容度」を取り上げます。この二つの論点は、永遠の課題でしょう。
公共インフラや国防、治安、衛生といった公共サービスと異なり、社会保障の多くは国民が直接の受益者でありその利益が目に見えるものです。誰がどこまで負担し、どれくらい受益を受けるかが明白です。だから保険制度が成り立つのです。ですが、保険料だけでなく税金を投入することから、それが不明確になります。
そして日本では「(現世代の)受益は大きく、負担は小さく」という要望がまかり通り、保険制度としては成り立っていない、持続可能性が少ない状態にあります。それはひとえに、国民と政治家の選択であり、責任です。隠れた負担は、将来の人たち、すなわち子どもたちに先送りしています。

第二部「社会保障制度を巡る政治的決定の過程(プロセス)」は、その名の通り、日本の政治過程において、なぜこのような決定がなされているかの分析です。そこでは、このような政治を生む日本の風土と政治慣行が分析、批判されます。
「執拗低音としての全会一致志向(議事運営についての全会一致ルール、与野党の攻防)、既得権益の跋扈、同質社会、能力平等観とリーダー育成」
「政治主導(内閣主導)の未確立、決定と責任の所在の不明確性、国会機能の未措定、コンセンサスとリーダーシップ」

このように、前半は社会保障を巡る政治の問題、後半は日本政治過程批判となっています。日本政治過程批判は多くの人(すべての国民といってもよいでしょう)が口にします。本書は、社会保障という全国民が関与する主題を取り上げて、具体的にそれを分析します。政治家だけでなく、このような決定を支持する国民にも、大きな責任があります。

本書の内容を表すとしたら、「なぜ日本の社会保障改革は進まないか」「元厚生労働省官僚による体験的、社会保障政治論」です。お勧めです。
著者が早稲田大学大学院で講義してきたことを、本にしたものです。著者には、『立法学』(第4版、2020年、法律文化社)という専門書もあります。

愛子内親王殿下、国立公文書館「夢みる光源氏」展へ

愛子内親王殿下が初の単独公務として、国立公文書館「夢みる光源氏」展を視察されました。先日このホームページで紹介した展示です。

・・・星さん(国立公文書館調査員)によると愛子さまは、窺原抄の前では「湖月抄(先行研究)との関係はどうなのですか」と質問。星さんは「実はまだ研究段階なんです」と答えた。「更級日記」に関する史料では愛子さまが「ほかにも夢が出てくるところがありましたね」と話し、星さんは「そういえばそうだったなと思い出しました」と記者団に振り返った。・・・朝日新聞「愛子さまの鋭い質問にドキリ、初の単独公務 「夢みる光源氏」を視察

愛子さまは、日本古典文学が専攻でしたよね。
広く公文書館を知ってもらう、よい機会です。このような企画を仕掛ける関係者がいるのですね。

法人税優遇、適用企業は非公開

4月19日の朝日新聞1面に「法人税優遇、減収2.3兆円 22年度試算、適用企業は非公開」が載っていました。

・・・特定の企業や個人の税負担を優遇する「租税特別措置」(租特)による法人税の減収額が、2022年度は2兆3015億円にのぼり、現行の制度になった11年度以降で最高となったことが財務省の試算でわかった。どの企業に適用されたのかなどの情報開示が乏しく、政策効果の検証が難しい。「隠れ補助金」とも呼ばれる巨額の減税が続いている。
財務省は毎年、租特によってどれぐらい減収したかを試算して国会に報告している。4月に提出された最新の資料によると、22年度の所得税なども含めた全体の減収額は8兆6975億円となり、9年連続で8兆円を上回った。減収が10億円未満の項目や、データ不足で推計が困難なものは含まれていないため、実際の減収額は多くなる可能性がある。

法人税では、企業の研究開発費の一部を法人税から差し引く「研究開発減税」の合計額が7636億円で、前年度より17・0%増、従業員に支払う給与を増やした分の一部を減税する「賃上げ減税」は5150億円で、前年度(2430億円)から倍増した。この二つは「メガ減税」(財務省幹部)と呼ばれ、法人税の減収額約2兆3千億円の半分強を占める。
問題は、国が守秘義務の観点から、どの企業がどれくらい減税されているのかなどを公開しておらず、どれくらい政策効果があったのかを検証しにくいことだ。
ドイツとスイスの政策シンクタンクが昨年、租特を含む税支出の情報公開の透明度をまとめた「世界の税支出の透明性指数」(GTETI)によると、日本の順位は104カ国・地域中94位に沈む。1位は韓国で、主要7カ国(G7)では、カナダ(2位)、ドイツ(4位)、フランス(5位)、米国(6位)、イタリア(7位)、英国(27位)と比べて際立って低い水準だ。政策減税に伴う減収額の計算方法や、政策効果が示されていない点が厳しい評価につながった・・・

国民の税金が何に使われているか(本来納めるべき税金を安くしているか)は、国民に知る権利があるでしょう。また、政策がどのように実現されているかを検証するためにも、どこに使われているかは公開すべきです。対象となっている企業も、後ろめたいことをしているわけではありませんから。