カテゴリーアーカイブ:行政機構

一律削減と部門削減

2025年9月3日   岡本全勝

役所にあっても企業にあっても、経費削減は永遠の課題です。組織の責任者は、費用を抑えるために、職員数や事務費、事業費を削減します。

本来は、無駄を削減すること、必要性の薄れた事業や部門を縮小廃止することです。責任者が自ら取り組めば、どこを削減するか合理的な判断ができるでしょう。そして、その結果に責任を持つことができます。
しかし多くの場合は、部下にそれを委ねます。命じられた部下は無駄を対象としようとしますが、それぞれに担当職員や関係者がいて、彼らはそう簡単には自らやっていることを無駄とは認めません。すると、個別事業や部門を削減するのではなく、「みんな平等に痛みを分かち合うことにしよう」となります。

その結果は、無駄の削減や不要な事業を判断して廃止するのではなく、全部門で一律の「縮小」になってしまいます。当初の目的とは違ったものになります。ある事業や部門を廃止すれば効果は明らかです。しかし、一律に削減すると、予算額は減っても、各担当の業務は減らないのです。
さらに職員たちは、通常業務のほかに、この「削減作業」に時間を取られます。新しい仕事に取り組む余裕もなくなり、組織に活力がなくなります。こちらの影響は数値化できないのですが、この悪影響は大きいでしょう。

他方で、必要なところに資源を投入することも、されません。
その判断ができる責任者が指揮を執らず、部下や組織に任せると、このようなことが起きます。役所に限らず企業でも「官僚制の欠点」です。

公文書の電子化が進まない霞ヶ関

2025年8月21日   岡本全勝

7月28日の日経新聞「押印廃止でも残る紙文化 公文書電子化阻む霞が関の「仕事の流儀」」から。
・・改ざんや隠蔽などの不祥事をきっかけに政府が打ち出した公文書(行政文書)の電子化が進んでいない。方針を掲げてから7年が経過したが、今なお新規に作成・取得した文書の6割を紙が占める。民間への人材流出が止まらない霞が関にとって非効率さの代名詞とも言える「紙文化」の脱却は喫緊の課題だが、熱は一向に高まらない。

「政府全体の電子化率を引き下げているとの批判を受けかねない極めて深刻な状況にあると認識している」
法務省公文書監理官は2024年11月、同省幹部宛てに電子化の推進を求める通知を出した。通知には部署別の電子化率も記載し、「電子媒体で作成・取得したものを紙決裁しており、電子決裁システムの活用も図られていない」と苦言を呈した・・・

・・・政府が公文書電子化に本格的に乗り出したのは18年だ。南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報隠蔽問題や学校法人「森友学園」を巡る決裁文書改ざん問題が相次ぎ発覚し、公文書管理の適正化の一環として打ち出した。
22年度には公文書の管理に関するガイドラインに「電子媒体による作成・保存等を基本とする」と明記。全省庁共通の新たな文書管理システムの整備も進む。
にもかかわらず、電子化は滞っている。内閣府の公表資料によると、23年度に新たに作成・取得した文書の電子化率は36.2%。保有文書全体では19%にとどまる。
省庁間の格差も大きい。デジタル庁や消費者庁などは保有する公文書の8割以上が電子媒体だが、法務省や厚生労働省は5%を割り込む。23年度に新規作成・取得した公文書で比較してもデジタル庁97.8%、消費者庁89.7%に対し、法務省10.6%、厚労省14.6%と差は歴然だ・・・

次のような指摘もあります。
・・・そもそも日本は国民共有の財産であるはずの公文書の存在を軽視する姿勢が目立つ。9割以上の文書は国立公文書館に移管されず廃棄される・・・

日本の行政の国際化

2025年7月16日   岡本全勝

砂原庸介教授「行政学の国際化」」の続きです。それに触発されて、次のようなことを考えました。

連載している「公共を創る」は、昭和末から令和までの間に、官僚が高い評価から落ちる過程を、一官僚の目から考えているものです。一言で言うと、「追いつき形の行政が大成功だった。ところが、目的を達成して、次の目標を見つけていない」ということです。
そこでは、歴史的(時間の経過、社会の変化)に説明していますが、国際的な視点は十分には書けていません。私にそれだけの知見がないからです。
先進国は、お手本がない状態で、社会の課題を解決してきました。日本の行政は、その「態度」や「仕組み」を輸入しなかったのです。そして、先進国と「同じ土俵」に乗りませんでした。

それは、日本の行政学にも当てはまるでしょう。先進国の行政や行政理論を輸入したのですが、国際的な行政学(学界)には参加しなかったようです。輸入が主な仕事だったので、輸出をしませんでした。昨年秋に、日本の行政を英語で紹介する『Public Administration in Japan 』が発刊されましたが、1983年以来のことだそうです。
また、輸入に偏ったことで、日本の行政と行政機構の批判的分析もおろそかになったようです。砂原教授の「ブラック霞ヶ関」問題も、行政学者による取り上げは少ないようです。

国際協力機構(JICA)の依頼で、発展途上国政府幹部に日本の発展を話す機会が増えてきました。「なんで私が?」と思いましたが、適当な学者も、官僚も、書物もありません。ここでも指摘できるのは、日本の行政は先進国を見ていて、後発国を見ていなかったのです。日本の発展を教えることで、もっと後発国に貢献できたと思うのですが。
「日本の行政と官僚は世界一」なんてことを自慢していて、官僚も学者も「夜郎自大」に陥っていたのですね。

砂原庸介教授「行政学の国際化」

2025年7月14日   岡本全勝

季刊『行政管理研究』2025年6月号に、砂原庸介・神戸大学教授の「日本の行政は他国の行政に学べるか―あるいは行政学の国際化」が載っています。私が常々思っていたことが、鮮明に書かれていました。霞ヶ関の官僚や行政学者には、ぜひ読んでもらいたい論考です。
少し紹介します。私の関心からなので、本論と外れているところもあるので、ご了承ください。

・・・翻って、現在の日本官僚制を見ると、喫緊の問題の象徴は「ブラック霞が関」という言葉であろう。政治主導のもとで官僚制は自律性を失い、政治的な調整に奔走して疲弊する状況である。批判されてきた権威性は薄れ、よく言えば民主的なコントロールが強まる一方で、グローバル化が進んで複雑さを増す社会状況に対応するための専門性が十分でないと考えられる。世界中で進んでいるデジタル化、とりわけ大量のデータを利用したAIの意思決定への活用、といった点でも、残念ながら後れを取っていると評価される。

誤解を恐れずに強い言葉を用いるなら、現状の日本官僚制の位置づけは戦後直後に近いところがあると考えるべきなのかもしれない。時代の変化の応じた組織の見直しや、個人のモチベーション・スキルの管理は行われず、デジタル技術を用いた効率化も十分とは言えない。公共サービスの水準が高いとすれば、個々の職員の過度な業務負担に依存しており、それが「ブラック」であるとして職業としての魅力が失われている。他国の良いやり方を見習いながら、組織の能力を上げて、効率的な行政を実施するための改革への要請が強まっていると考えられる・・・

・・・言うまでもなく、この問題は日本の行政学(者)にとっても他人事ではない。日本の行政が独自路線を歩むのと同じく、日本の行政学の研究蓄積も、世界的な行政学の文脈からは切り離されている。近年でこそ、日本で教育を受けてきた行政学研究者が英文トップジャーナルで論文を刊行することも出てきたが、国際的な存在感という点では、以前からアメリカ行政学の強い影響下にある韓国が有するそれとは比べるべくもない。他国の行政(学)の蓄積が、日本の行政学の中にも十分に受容されていないのだ。
それぞれの国に、それぞれ独自の行政や行政学があることには大きな意義がある。しかし、日本でも特権的なエリートが高い責任感を持って国家を運営するというスタイルは維持できず、いまや行政への民主的なコントロールは強すぎるくらいである。その中で、行政の改善を図っていくためには、多くの人を納得させるような、客観的なデータに基づいた根拠が求められる。そのような改善の経験を他国と共有し、自国の行政から得られた知見を他国に発信することは、行政の責任に含まれると言っても良いのではないだろうか。

行政学(者)もその責任を分有していることは否めないだろう。行政の活動を測定するためのデータをどのように収集するか、といったところから行政への関わることなしには遂行が難しい研究も少なくない。国際的な議論の文脈に接続しながら、日本官僚制の組織をどのように改善していくか――象徴的には「ブラック霞が関」にどう取り組むか――は、行政だけの課題だけでなく、行政学にも問われている課題なのである・・・

戦後日本の産業政策

2025年6月18日   岡本全勝

国際協力機構(JICA)で、発展途上国政府幹部相手に、日本の発展の成功をお話ししています。私の担当は行政の役割ですが、国土計画や産業政策は必須なので、それぞれの専門家にお願いしています。

意外と、それらの全体を説明した本や論考はないのです。それも、外国の方に説明する際に使えるものです。行政の役割を私が担当するくらいに、専門家もいません。
日本は、西欧先進国を向いていて、アジアやアフリカの後発国を向いていなかったことが、こんなところにも現れているようです。

産業政策については、JICAに良い論考がありました。
和田正武執筆「日本における戦後産業復興、発展の中での産業政策の役割」(国際協力機構 緒方貞子平和開発研究所)
次のような本もあります。大野健一著「途上国ニッポンの歩み: 江戸から平成までの経済発展」(2005年、有斐閣)