カテゴリー別アーカイブ: 経済

経済

便益と隠れた費用

4月6日の朝日新聞オピニオン欄、安田陽さんの「再生エネの出力抑制、長い目で見ると得」から。本論ではないか所を紹介します。

・・・そもそも、なぜ再エネを入れるのでしょうか。それを考えるうえで、どうしても使いたい言葉が二つあります。「便益」と「隠れた費用」です。便益は費用と対になる言葉で、国民全体、地球市民全体が享受できるメリットのことです。特定企業の利益とは違います。隠れた費用は、化石燃料による大気汚染や地球温暖化、原発の事故対策コストなど、これまで十分考慮されてこなかった費用です。

これまで安いとされてきた石炭火力発電や原発に世界的にブレーキがかかっているのは、隠れた費用が本当は大きいという認識が広がったからです。隠れた費用の少ない再エネが、多い既存電源に取って代われば、社会的便益が大きい。だから各国は導入を促す政策をとっているのですが、日本ではそうした数字に基づく議論が乏しく、好き嫌いによるいがみ合いになってしまいがちです・・・

優位に立つ地理的条件?

世界史の新常識』(2019年、文春新書)が面白かったです。18人の碩学が、それぞれのテーマごとに解説した文章を集めたものです。
・古代ギリシアはペルシア帝国に操られていた
・ローマ帝国を滅ぼした「難民」と「格差」
・明を揺るがした日本の火縄銃
・産業革命がイギリス料理をまずくした
など、「へえ」と思うような内容、肩の凝らない話が並んでいます。

ところで、P131に、戦国時代に日本でなぜ鉄砲が急速に普及したかが、解説されています。
その理由の1つに、
火山国である日本では、火薬の原料になる硫黄が豊富に産出したことと、
同じく原料になる硝石は、日本では産出しないが、交易を通じて安定的に輸入できたことが、挙げられています。

???
面白いですね。豊富な原料とない原料。それがともに、普及を支えるのです。
「資源が豊かなこと」が産業発達の要素と思いますが、そうでもありません。戦後日本は、石油、鉄鉱石をはじめ資源が乏しい中で、工業発展に成功しました。そのような自然条件でなく、人間の意欲と努力が産業を興すことが、よくわかります。

インスタントラーメン、イノベーションの時代

3月26日の朝日新聞オピニオン欄「すぐおいしい即席麺60年」、西口敏宏・武蔵大学客員教授の発言から。

・・・インスタントラーメンは、大成功したイノベーションの一つです。即席麺を作る加工技術の発明よりも「安くて簡単ですぐ食べられる」という、それまで気づかれていなかった広大なマーケットを開発した意味が大きいと思います。世界への広がりやその速さは、生み出した安藤百福さんが思っていた以上だったのではないでしょうか。
日本でこのようなイノベーションが出てきたのは、戦後すぐから1960年代初めにかけてです。軍国主義や全体主義で押さえつけられてきた様々な能力が、産業だけでなく、文芸や映画などの芸術でも一気に花開いた時期です。国内外で市場が急拡大していたので、発明がニーズに合えば、ものすごくもうかる時代でもありました。
日本発では、インスタントラーメンのほか、トヨタ生産方式があります。参加者の意欲を引き出して作業を絶えず見直す「カイゼン」は、今も自動車産業だけでなく、サービス業や、特に英米圏での政府の仕事の仕方にも影響を与え、人類の歴史に残る貢献をしていると思います。

日本は長く欧米を追う立場でした。実際に見たり、触れたりできる具体的な課題を解決する能力にたけているため、特に製造業で追うことに向いていました。80年代後半から90年代に追いつき追い越そうというときに、満足してしまいました。目標を見失ったと言うべきかも知れません。生き残るためには「追いつき型」から脱皮し、ビジネスの仕方を根源的に変えなければならなかったのです。
逆に製造業が衰退していったアメリカは、90年代後半から一人勝ちです。起業家が新しい世界の諸資源のつなげ方、使い方を発見しようとITに向かい、イノベーションが束のように出てきました。グーグルやアップルなど、インターネットを使ったビジネスで、今や基幹産業です・・・

林宏昭著『日本の税制と財政』

林宏昭著『日本の税制と財政』(2019年、中央経済社)を紹介します。

大学の財政学の講義(通年)で、半期を税制に充てる際の教科書、として書かれています。
次のような章立てになっています。
1市場の失敗と税、2政府支出と税、3望ましい税とは
4所得課税論、5日本の所得税制、6日本の所得税制の論点
7消費課税論、8日本の消費税
9法人に対する課税、10日本の法人税
11所得再分配と社会保障、12フィスカルポリシーと税制、13地方財政と地方税制

確かに、租税理論や税制の全体をこのようにまとめた本って、なかなかないですね。
専門家向けの詳しい解説や、財政学の中で数章充てられている本は、たくさんあるのですが。

日本的経営(大企業、終身雇用)が阻むイノベーション

3月18日の日経新聞経済教室、リー・ブランステッター、カーネギーメロン大学教授の「イノベーションを阻むもの 戦後システムの名残一掃を」から。
・・・「日本企業はなぜもっとイノベーションを創出できないのか」という疑問は、過去20年間に次第に深刻度を増しながら繰り返し問われてきた。
戦後間もない頃の日本のイノベーション創出システムは見事な成果を挙げた。当時の日本企業は技術導入とイノベーション創出の両方に能力を発揮し、欧米企業との生産性格差を驚異的なペースで縮めた。だが1990年代半ばごろから、日本の全要素生産性は米国と比べて大幅に後退し始める(図参照)。国内総生産(GDP)比でみた日本の研究開発投資は韓国を除く先進国を上回る。それなのになぜ生産性は落ち込んだのか。
本稿では日本の過去の輝かしい実績も現在の苦境も原因は一つであることを示す。戦後期には日本企業の経営慣行と政府の政策が一体となりイノベーションを生み出すシステムを作り上げた。ただ先進技術に追いつこうとする時期には良かったが、画期的なイノベーションのゼロからの創出には適していなかった・・・

・・・翻って日本の戦後期のイノベーション創出システムはどうだろうか。例えば終身雇用制度は、大企業の男性正社員に盤石の雇用安定性を保障する。だがそれは、最も優秀な人材が地位を確立した大企業に就職し、定年までとどまる強力な誘因を形成する。この制度の下で、日本のイノベーションには既存の大企業が有利になるバイアス(ゆがみ)がかかることになった。
バイアスを助長したのが戦後日本の金融規制だ。株式・債券市場の発展が妨げられたことが銀行に有利に働き、メインバンク制が形成された。戦後間もない時期にはVCのような資金の出し手が存在しなかったため、既成価値を破壊するようなスタートアップはほとんど育たなかった・・・